第18話 レナのバイト〜メイドと未来視
──学院の帰り道、陽が傾きかけた石畳の裏路地をレナは歩いていた。
エリックとギルドに行くより前に、自力でバイト先を探し続けていた。そして、ようやくバイト先を見つけたのだった。
「……うん。行ける、行ける。たぶん、私でも!」
レナは拳をぎゅっと握りしめ、掲示板の前で深くうなずいた。
──あともう少しでレオンの誕生日だ。
「即金・青魔石2個・日払い」
「制服貸与・未経験歓迎・まかないあり♪」
そんな魅力的すぎる張り紙を見たら、もう行くしかない。
◆メイド喫茶・黒猫亭
「失礼しますっ!あの、アルバイトの……!」
カランコロン、とベルの音が鳴る。レナは深呼吸しながら店のドアを開けた。
「──あらぁ、かわい〜い。いらっしゃいませ、ご主人様♪ ……じゃなくて、新人ちゃんね」
迎えてくれたのは、猫耳カチューシャ+黒ミニスカ+編みタイツの先輩店員。うん。なんか……思ってたのと違う。
「あの、ここって……喫茶店じゃ、ないんですか?」
「喫茶店よぉ? ただ、ちょーっとだけ“おもてなし”が入るだけ。プレイ接客ってやつね♡」
「ぷ、プレイ……?」
(聞いたことない単語!)
「安心して、簡単よ。お客さんに『ご主人様、萌え萌えキュン♡』って言ってくれればOK!ね?」
(無理かもしれない)
そう思いながらも渋々と着替える。
「……着替えました」
制服支給から五分後、魔術学院の制服とは全く違う、白黒フリフリのミニ丈メイド服にレナは着替えていた。胸元に赤いリボンがあり、腰の後ろで大きなリボン結び。たしかに、“ちょっと”かわいいかもしれない。そう思った矢先に。
「──お前、何してる?」
バタン、と、扉が開いた。レナが顔を上げると、見慣れた“青い瞳”と目が合った。
「……レ、レオン?」
「バイトって言ってたな。……青魔石2個、即金。あの店の看板、どう考えてもヤバいと思って調べたら──案の定だ」
「な、なんで来たの……?」
彼は無言で近づいた。
「寒いだろ」
そっと上着を肩にかけた。
(……なんだこの服。いや、可愛いだろ。でも“誰かに見られる”のがムカつく)
「こいつ、うちの妹なんで。今すぐ辞めさせてもらう」
「え、えっ!? え、家族なの!?」
「ええ、保護者です」
(※いろんな意味で間違ってる)
即退職した帰り道、レナはしょんぼりしながら口をとがらせる。
「……せっかく、レオンの誕生日プレゼント代、稼ごうと思ったのに」
レオンはしばらく黙っていたが切り出した。
「……金なら、俺が出す」
「それじゃ意味ないじゃん!」
「じゃあ、何でもいい。お前が“俺のために選んだもの”なら、それで」
バイト代は手に入らなかったが、メイド服姿は、レオンの記憶にしっかりと刻み込まれたのだった。
***
──その翌日。
懲りずにバイトを探していたレナは、またも掲示板の前で足を止める。学院の帰り道、レナは掲示板の一角に貼られた紙に目を止めた。
【神秘の館〈ルナ・ミラージュ〉】
占い補佐スタッフ募集中!
時給1200リル+運命の導き付き✨
初心者歓迎!未来を覗いてみませんか?
「……時給は少し低めだけど、なんか素敵かも……?」
昨日、“メイド喫茶騒動”でレオンに半ギレで回収されたレナだったが、彼の誕生日プレゼント資金をどうしても自分の力で稼ぎたくて──また懲りずにバイト探しをしていた。
(だって……レオンの誕生日、近いし……プレゼントくらい、自分で……!)
レナは薄暗い裏路地にある占いの館の扉を──開けてしまった。
◆神秘の館〈ルナ・ミラージュ〉
中は薄紫の布に覆われ、霧のような香が漂う幻想空間。
「いらっしゃい」と出迎えたのは、きらびやかなローブを纏った中年の女占い師だった。
「補佐? あら、かわいらしい子ね。ふふ、少しだけ試してみましょうか。……貴女の未来、覗いてごらんなさいな。貴女に関係する人達が見えるかもしれないわよ」
「……わかりました」
(……でも、未来ってそんな簡単に見えるもの?)
疑いつつも、レナは水晶に手をかざす。
一瞬、ひやりとした感触が走る──
──誰かと、指輪を交わしている。
でも、顔が見えない。
ただ、相手の手には、魔力のようなものがまとわりついていて──ひどく冷たく感じた。
──死屍累々の戦場。
魔力の暴走。赤い光。血だまり。
黒いコートの誰かが、虚ろな目で魔術を展開していた。
──山のように積まれた、書類の山。
ペンを動かし続ける青年の姿。顔は見えない。
時折通信石で誰かと話している。机の隅には美しい赤魔石が置かれていた。
──巨大な魔法陣を描く青年。
結界の構築。異常な程整った構文。だがその背は、誰にも触れられぬ孤独に包まれていた。
霧が深まる中、
水晶の中に、輪郭のはっきりしない“誰か”が映り込む。
整った顔立ち。
静かな瞳。
だがその瞳には、どこまでも深く、冷たい闇があった。
「……やっと、見つけた」
「──!!」
レナが反射的に水晶から手を離した瞬間。
\ バリンッ! /
水晶の破片が音を立てて床に散った。
占い師は数秒間、硬直していた。口を半開きにしたまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……えっ、あ、え? 水晶……割れ……?」
その声は、さっきまでの妖しげな雰囲気とはまるで違っていた。完全に素の動揺である。
「ご、ごめんなさいっ……! でも、勝手に……なんか、すごい人が……!」
レナはしどろもどろに言い訳を重ねるが、占い師は深刻そうに唸ったかと思えば──急に笑顔に戻る。
「……あなた、“神域クラス”の未来を持ってるわね。出禁で♡」
両手の指でしっかりとバツ印を作りながら、にこやかに宣告される。
(え、そんな軽く!? 出禁って……!?)
レナは反論する気力もなく、そのままふらふらと店を出た。薄暗い裏路地。どこかまだ漂う霧の香り。喧騒のない帰り道を、レナは小さくため息をつきながら歩いた。
「レオンの誕生日プレゼント代……まだ稼げてないのに……。なんで私の未来、毎回ホラーなの……?」
──彼女はまだ知らない。
あの“水晶に映った男”こそが、彼女の運命を大きく変えていく存在であることを。




