第1話 魔術学院での出会いと始まり
魔術学院。
世界中から選ばれた“才ある子供たち”が集まる、中立機関にして最高峰の魔術教育機関。
魔術、剣技、理論構築、実戦対応力――あらゆる能力が数値化され、その成績によって、S〜Eまでの階級に分けられる。
貴族だろうと庶民だろうと関係ない。
ここでは、魔力と実力こそが“身分”だ。
そして、Eクラス。最下層。
魔力量不足、制御不能、適性なし、問題児、あるいは入学初期の新入生。
この学院では、誰もが一度はここから始めなければならないのが決まりとなっている。
そんなEクラスに、今年もまた新しい生徒が加わった。
その中に、一人だけ異様な雰囲気を纏った少年がいた。
***
その少年が学院に現れたのは、春の終わり。
初夏の風が吹きはじめた、ある晴れた日だった。
名前は、レオン・ヴァレント。
無造作に下ろした金色の短髪に、青く澄んだ瞳。
黒い制服すら、仕立て服のように着こなしていた。
初日から、その整った容姿と存在感で、周囲の注目を集めることになった。
態度は悪くない。
講師には礼儀正しく、生徒にも柔らかな笑みを見せる。
……だが、その笑顔の奥は空っぽのように見えた。
「……感じは悪くないけど、怖いよな」
「なんつーか、背筋がゾッとする。何考えてるのか分かんねぇ……」
同じEクラスの生徒たちは、そう言って彼に近づこうとしなかった。
不思議と“関わりたくない”という感情が湧くのだ。
まるで本能が、彼を避けているかのように。
「魔法実技は、二人一組だ。相手がいない奴は、今のうちに探しておけよ!」
担当講師の声が教室に響く。
それは“攻防訓練”と呼ばれる、魔力を使った基礎応用実習。
魔術、回避、防御、反応――全てを見られるため、上のクラスでは成績を大きく左右する重要な授業でもある。
だが、Eクラスにとっては、場合によっては命に関わる危険な授業でもあった。
ざわめきの中、友人同士や相性の良い者同士が自然にペアを組み始めていく。
成績の低い者は避けられ、やがて“余る”。
その中で、一人、ぽつんと立ち尽くす少女がいた。
レナ・ファリス。13歳。
小柄な体格に、やや印象の薄い整った顔立ち。
赤いロングヘアに、ブラウンの瞳。
魔力評価は最底辺。
実習では毎回失敗続き。
当然、話しかけてくる人もいない。
彼女は“誰とも目を合わせないこと”で、自分を守っていた。
そのとき。
目の前に、誰かの影が落ちる。
「相手、まだいないのか?」
レナが顔を上げると、そこにいたのは――あの少年。
レオン・ヴァレント。
彼は、静かに、そして柔らかく微笑んでいた。
けれどその笑みは、どこか冷たかった。
氷の中に閉じ込められたような、感情のない笑顔。
レナは一瞬、言葉を詰まらせたが、やがて小さく頷く。
「……うん。誰も、まだ」
「なら、俺が相手になる。構わないか?」
その声に、まわりの生徒たちがざわめいた。
「あいつ、レナと組むのかよ?」
「成績、下がるのに……」
だが、レオンは一切意に介していない。
ただまっすぐに、レナを見つめていた。
どこか、興味深そうに。
レナの中に、わずかに恐れが浮かぶ。
けれどそれ以上に、心のどこかで確信していた。
――この人も、自分と同じ“匂い”がする。
孤独の匂い。
居場所のない者が纏う、言葉にならない、静かな痛み。
「……ありがとう。迷惑じゃなければ」
「迷惑なわけがない。俺は誰でも構わないからな」
レオンはそう言って、背筋を伸ばし、レナの隣に並ぶ。
それが、ふたりの最初の繋がりだった。
誰にも知られず、誰にも気づかれず――
だが、確かにそこからすべてが始まった。
後に世界を揺るがすことになる、運命の契約が。