第12話 魔術用品店にて
「それが一般魔術の基礎だ」
実技室の床には複数の魔法陣が描かれ、白魔石の残滓が散らばっていた。レオンは無駄のない動きで、魔術の構成と解体を示してみせる。
「実戦には程遠いが、魔術師として覚えておくべき事柄だ。……次は体術だな」
「……ちょっと待って。もう無理……」
レナがぺたんと床に座り込んだ。
「もう疲れたのかよ。そんなんでよく学院入試に合格したな」
「いやいや、めっちゃハードだよ!?これ!授業より全然つらいんですけど!」
膝に手をついて、息を切らすレナ。額にはうっすら汗。それでも、どこか嬉しそうに見えるのは気のせいか。
「授業なんて生温すぎて役に立たない。これくらいやらないと、身につかないぞ。自分の魔力で逃げることも考えろ」
「そ、そりゃ……分かってるけど……! 体力がっ……!」
レオンはちらりと彼女を見て、小さく息を吐いた。
「……今日はもうここまでだ。帰るか」
「やったー! 帰れる!」
レナは勢いよく立ち上がると、ぱたぱたと服の埃を払いながら言った。
「そうだ、帰りに魔術用品店に寄っていい?もう少し魔石を買い足したいから。それにね、新作の筆記型魔術板が入荷する日なんだって!」
「……また、あんなガラクタを?」
「ガラクタじゃないよ!?ちゃんとした教材だよ!……多分!」
夕暮れの中、二人の足音が廊下に響いていく。
以前のレオンなら、こんな放課後の時間に意味など感じなかったはずだった。だが、今日という日は──ほんの少しだけ、心に残った。
***
学院のすぐ近く、学生たち御用達の魔術用品店。
壁一面に魔術書や触媒瓶が並び、天井からはルーンのランプが灯る。
明るく活気のある店内で、レナとレオンは並んで棚を眺めていた。
「お客さん、何かお探しですか〜?」
レジから顔を出した店員が、元気に声をかけてくる。
「白魔石と、青魔石を探してるんですが……」
レナが言うと、店員はすぐに頷いた。
「ああ、白魔石ね! 学生さんかな? 手前の棚に山ほどあるよ。
青魔石はその奥のガラス棚ね。でもちょっと高いよ〜?
魔力量の補助なら、こっちの緑魔石でもいいかも。お財布にも優しいし」
レナは言われるままに奥の棚に向かい、青魔石の値札を見て──
一瞬で顔色が蒼白になった。
「……う、うん……じゃあ、白魔石で……」
情けなく笑いながらそう言う。
「最初はそれで十分ですよ〜」
店員は悪びれずに笑った。
「お金を貯めて、魔石の扱いに慣れてきたら、ぜひ青魔石にも挑戦してみてくださいね!」
その横で、レオンがふと、別の棚を指差した。
「なあ、こっちのガラスケースに入ってるやつは?」
「ああ〜、お目が高い。それ、希少な赤魔石ですよ〜。ちっちゃいけど、本物です。青魔石とは比較にならない程魔力の塊なんですよ〜。宝石みたいでしょ。」
店員がやけに誇らしげに説明を始めた。
ガラスの中には、3センチほどの結晶。
燃えるような赤──ではなく、どこかくすんだ、赤黒い色をしていた。
「赤ってより黒くないか?」
レオンが眉をひそめる。
「実は赤魔石って、亡くなった年代によって色が変わるんですよ。これ、かなり古いタイプですね。100年位前かな?」
店員は嬉々として続けた。
「今は亡きファウレス家ってご存知です?あの一族の血から作られた赤魔石なんです。……あ、もちろんご遺体から合法に精製されてますからね?アロイス家しか赤魔石の加工は出来ないんですよ〜。最近は赤魔石の素材もなかなか手に入らないって言われてるんですけどね。」
レナはそのガラスケースを見つめていた。
(…素材としてしか、見られていないんだ)
そう思いながらも、何も言わず、何も反応しない。
ただ、いつもの笑顔だけが消えていた。
レオンは赤魔石を見つめるレナの横顔を、ふと横目で見た。
そこに宿る静かな沈黙が、妙に引っかかった。
……けれど、すぐに何も言わず、目を逸らした。
「ちなみに、このサイズでも家一軒分くらいの値段しますよ〜。魔力増幅のアイテムの中でも最高峰ですからね」
店員は冗談めかして笑う。
「へえ……」
レオンは赤魔石を見下ろしたまま、興味なさそうに呟いた。
そのとき──
「今度、新しい赤魔石が入荷する予定なんですよ!」
店員が明るく言った。
「年代が新しいほど、魔力も強いし、色もすごく綺麗なんですって。
入荷されたら、ぜひ見に来てくださいね!」
その言葉に、レナの肩がわずかに震えた。
「……“新しい”……ですか」
声がかすかに掠れていた。
「どうした?」
レオンがちらりとレナの様子を伺う。
「う、ううん! なんでもないよ。値段にちょっとびっくりしちゃって!」
レナは慌てて笑って見せた。
「……あとは筆記型魔術板だけ見て、白魔石を買って帰ろっかな」
背中に、まだあの赤い石の視線を感じるような気がした。
(新しい赤魔石──)
レナは胸に手を当てる。
明るい照明の下で、売り物として並ぶ赤魔石。
その中に、もしかつての“誰かの命”があったとしたら。
──いつか、自分もあの中に並ぶのだろうか。




