表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Fated Oath ―誓約の果て―  作者: りんごあめ
第一章 絡まる運命 ─ Entwined Fates
11/71

第9話 倉庫への誘い

※この話には一部に残酷な描写を含みます。苦手な方はご注意ください。

 放課後、学院の門前。


「ねえ、レナちゃん」


 アッシュが手を振りながら近づいてくる。柔らかい笑顔。いつもの、誰にでも好かれる優しい声だった。


「今日、放課後空いてる? ちょっとだけ寄り道しない?」


「……寄り道?」


「最近、街に新しい古書店ができたらしくてさ。魔術書も多いらしいんだ。君、興味あるかと思って」


「あ……うん、本屋か。うん……」


 言い淀みながらも、レナは頷いた。


(ただの本屋だし、行ってみようかな……)


 ほんの少し、気を緩めたつもりだった。


 けれど、その一瞬が、地獄の扉になることを、レナはまだ知らなかった。



 ***



 校舎の陰から、レオンはアッシュの背中を無言で見つめていた。


 2人のやりとりは、声こそ聞こえなかったが、表情と雰囲気で大まかな内容は察せた。


(……また誘ってやがる)


 アッシュの笑みには、どこか嘘があった。

 整いすぎた表情。柔らかすぎる物腰。すべてが“人間くささ”を持たない。


(本屋、ね……)


 その瞬間、レオンの足は自然と動き出していた。


 何かが起こる気がした。直感が警告していた。


 レオンは人気のない通りに入り、静かに尾行の体勢に入った。


 距離を保ち、足音も影も消すように。


 ──その日の夕方、レオンの瞳に映るのは“古書店”ではなく、荒れた倉庫の扉と、どこまでも冷たい沈黙だった。



 ***




 古書店に行くはずだった。


 なのに、辿り着いたのは街の外れの廃倉庫だった。


「……ここ、本屋じゃないよね」


 レナは足を止めて、隣を歩くアッシュを見上げた。


 だが彼は笑顔を崩さずに、扉を軽く押し開ける。


「大丈夫。ちょっと寄り道。ね、君も古いものが好きでしょ?」


 その笑顔には、いつもと同じ優しさが宿っていた。


 倉庫の扉が軋む音を立てて開かれ、レナは一歩足を踏み入れた。


 その瞬間──


「……っ、なに、これ……」


 鼻をつくのは、鉄と腐臭の入り混じった臭気。

 暗がりに慣れた目に映るのは、異様な“展示”。


 天井から吊られた無数の女性の亡骸。

 逆さ吊りにされたその体からは、血が垂れ、乾いていた。


 誰一人として目を閉じていない。

 瞳は見開かれたまま、無念と苦痛の色を残していた。


「……うそ……」


 背筋が凍る。手が震える。

 呼吸が浅くなり、心臓が喉の奥で暴れ出す。


「……なんで……なんで、こんなことを……?」


 絞り出すようなレナの声。


 その隣で、アッシュが穏やかな声で囁いた。


「なんでって……君、本当にわからないの?」


 彼は首をかしげながら、ゆっくりと振り返る。


 その目は、凍った湖のように冷たく。

 口元には、愛しげな笑みが浮かんでいた。


「単なる快楽だよ。それ以外に、理由なんてある?」


「…………」


 レナの視界が揺れる。

 手のひらに、冷たい汗が滲む。


「君も、すぐに――この女たちと一緒になるからさ」


 そう言って、アッシュは一歩、レナに近づいた。


 そして、恍惚とした目で囁く。


「怖がる顔も、震える声も……可愛いね、レナちゃん」


 その瞬間、レナは理解した。


 この男は、人間ではない。

 感情を演じ、表情を模倣する――化け物だ。


 倉庫の扉は閉ざされた。

 外には誰もいない。


(誰か……誰か……助けて――)


 けれど、叫びは声にならなかった。


 誰も知らない場所で、誰も知らない悪意が、牙を剥こうとしていた。



 ***



 レナは息を切らしながら、血と鉄の匂いに満ちた倉庫の通路を駆け抜けた。

 天井から吊るされた遺体の間を縫うようにして逃げ惑う。その度に遺体が揺れる。苦悶した表情がちらりと見える。現実のものと思えない程だった。レナにはゾッとする余裕はなかった。逃げなければ、同じ運命を辿る。


「ねえ、動かないでよ。もっと綺麗にしたいだけなんだよ。君は“作品”なんだから」


 背後から、どこまでも楽しげな声が響いた。

 アッシュが、余裕の足取りで距離を詰めてくる。彼の顔には、微笑が浮かんだままだ。


「学院にいた猫、覚えてる? 白くて、よく懐いてたやつ。

 あれもさ、作品の一部にしてあげたんだよ?君がよく可愛がってたのを見てたから」


 レナは振り返る。震える声が、喉の奥から漏れた。


「……あなたが……やったの? 酷い……」


「そうだよ。そろそろ体力なくなってきたんじゃない?女の子は脆いからね」


 レナは肩で荒く息をしながら、血走った目で倉庫の奥を睨む。

 手足は鉛のように重く、もう、どこにも逃げ場はなかった。


(……ここで、終わり……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
レナちゃん…ほいほいついてっちゃダメだよー! そして、優男が案外殺りまくっていてゾッとした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ