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【第二部完結】Fated Oath ─誓約の果て─  作者: りんごあめ
第三部 壊す者 ― The Game of Judgment
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第100話 助けた者


 旧校舎の渡り廊下の影に寄りかかりながら、オルフェはその光景を腕を組んだまま眺めていた。

 レナが引きずられ、暴力を受けている。ただ耐えている。

 

(──なぜ、使わない)

 

 血の魔術を使えば、こんな連中一瞬だ。

 なのに、彼女は動かない。

 オルフェは首を傾げた。

 

 思っていたより、レナの行動は”人間”だった。

 戦わない。声を上げない。強さを使わず、普通の少女のように痛みに耐えている。


 興味があった。

 この矛盾を持った少女が、次にどう動くのか。


 紫電が弾けるたび、レナの身体が後退する。

 相手の制御が雑だ、とオルフェは即座に判断した。


(馬鹿げてる。あの研究施設を破壊するほどの魔法を撃った君が……こんな安い挑発で震えている?なぜ反撃しない? なぜ判断がここまで遅い?)


 今度は軌道が違った。側頭部。

 

「……制御が甘いね」

 

 声と同時に、空気が一層、張り詰めた。

 オルフェの指先が静かに動く。見えない結界が、飛んできた魔術をその場で縫い止め——霧散させた。


 白銀の髪を揺らしながら影から歩み出たオルフェを見て、上級生たちは蒼白になる。


「S、Sクラス……? なんで……!」


「その魔術は授業範囲外。抵抗できない相手に使うのは“実技違反”だ。……理解できる程度の頭はあるはずだが?」


 オルフェは微笑んだまま、指を鳴らす。

 その瞬間、空気が沈み込むほど重くなった。


「ひっ──!! ご、ごめんなさい!!」


 転がるように逃げ去っていく背中を、オルフェは見送りもしなかった。


オルフェは呼吸の乱れたレナの前へと歩み寄る。

 

「……怪我は?」


「ない、と思う」

 

「思う、では困る。見せろ」

 

 レナが差し出した手首を、オルフェは指先で軽く触れて確かめた。

 

「……問題ないな」

 

 そう言って、手を離す。沈黙が落ちた。

 レナはオルフェの横顔をそっと見る。

 

「……オルフェ、ずっと、見てたよね」


「ああ、ずっと見てたよ。君が判断するまでの時間を、測っていた。血を使うか、逃げるか、それとも別の選択肢を取るか」

 

「……実験みたいに言わないでよ」

 

「実験だよ」


 レナは目を伏せる。

 その隙間から覗くオルフェの瞳は、まるで実験素材を見る学者の光だ。


「追い詰められれば、君は戦うと思っていたよ。血を流して、ここにいる全員を消し飛ばすのかと。でも君は……躊躇した。理解できない」


「……誰かを傷つけたくないから。で、でも本当に危なければ使うよ」


「判断が遅い。あれは頭部に直撃していた。君、本当に戦い慣れてないね」


 そう言って、くるりと背を向ける。

 去るでもなく、歩幅をゆっくり合わせるように歩き出す。


「学院に戻るなら送ろう。足がふらついてる。これ以上君が壊れると困るんだ」


「……困る?」


「素材として、ね」


 冗談にも優しさにも聞こえない。

 けれど、そこには確かな“興味”が残っていた。


 レナは複雑な顔で頷いた。


 

 ***

 


 放課後の職員室。その奥。

 外界から切り離されたような薄い光が差すだけの面談室には、しんとした空気が沈み込んでいた。


 灰色の壁。

 冷たく光る長机。

 そこに──三人の上級生が並べられた椅子に座らされていた。


 さっきまで旧校舎裏で見せていた強気は影もない。

 肩は小刻みに震え、指先は膝の上で固まったまま。

 視線は床から一度も上がらない。


 対面にいる二人の教員は、無表情に書類をめくり続けていた。

 カリ、と紙の端が擦れる音が、妙に響く。


「……魔術の無断行使。暴力行為。複数生徒への加害行為。

 どれ一つとして軽いものではない」


 粛々と告げられる言葉は、誰の感情も乗っていない。

 ただ“事務的に”罪状だけが積み上げられていく。


「さらに、Sクラスの生徒が介入して収束させた。

 ……これは、君たちにとって幸運だったな」


 一人の教員が淡々と告げた瞬間、三人の上級生の喉が同時に鳴った。

 視線だけで──圧力が刺さっていたからだ。


 教員の視線が僅かに横へ滑る。


 そこには、レナの隣に立っているオルフェがいた。


 彼は席にも座らず、ただ壁にもたれながら腕を組み、三人の上級生を見下ろしていた。


 その目には、情けも慈悲もなかった。


「……な、なんで来てるんですか、Sクラスの方……」


 怯えた声に、オルフェは小さく首を傾け、微笑みと呼ぶには冷たすぎる曲線を浮かべた。


「報告者として。当然だろう?」


 その声は澄んでいるのに、底は黒い。


「次に同じことをしたら、“学院の処分”じゃ済まないかもね」


 面談室の空気が、凍りつく。


 上級生の少女たちは声も出せずに顔を伏せ、誰かが小さく嗚咽を漏らした。


 

***



 翌日の昼休み。

 Sクラスの教室では窓際でジークが椅子の背にもたれ、隣のエルマーに声をかけた。

 

「昨日の話、聞いたか。Eクラスの子が裏手で絡まれてたって。オルフェが止めたらしい」

 

 エルマーが眉を上げる。

 

「オルフェが? あいつが他人のために動くとか、珍しいな」

 

「有り得ねえよな」

 

 ジークが苦笑する。

 

「あとさ、教務局に正式に上がったみたいだ。オルフェが自分で報告したって」

 

「マジかよ。あいつ、そういうことする奴だっけ?」

 

「しないだろ。だから余計に気になる」

 

 マリアンが爪を磨きながら、聞くともなしに口を挟んだ。

 

「オルフェが気にする相手、ねえ」

 

 教室の隅で、レオンは黙って座っていた。

 窓の外を見ている。表情は読めない。

 

 ジークの話が耳に入った瞬間から、指先だけが少しずつ動いていた。机の端を、爪が削るように辿っている。

 

 Eクラスの子。

 名前は出ていない。

 出ていなくても、分かった。

 胸の奥で、何かが軋んだ。

 

 レオンが立ち上がった動きは静かだったのに、教室の空気が一瞬で変わった。


 壁に立てかけてあった学院支給の模擬剣を、無言で取る。そのまま、オルフェの席に向かって歩いた。オルフェの席に視線を向けると、本人は机で淡々と何かを書いていた。


 学院支給の模擬剣が振り下ろされた。

 机が、縦に割れ、床へ崩れ落ちる。


 教室が一瞬で静まり返った。


 レオンは剣を肩に担ぎ、オルフェを見下ろした。


「……レナを、お前が助けた?」


 冷たく、静かに沈んだ声。


 オルフェはペンを持ったまま淡々と答えた。


「何かいけなかった?」


「彼女を守れなかったのは俺の落ち度だ。

 だが──お前の手を借りた事実が癪なんだよ」


「だったら何? 俺は君の代わりに助けただけだ。

 事実、彼女は致命傷もなく帰っていただろう?」


 レオンの喉が小さく鳴った。


「……あいつに触れるな」


 オルフェは一拍だけ沈黙し、そして笑った。


「今度またあの子が狙われたら……

 今度は君が間に合うといいね、レオン」


 数秒の沈黙。教室の誰も息をしていなかった。

 レオンは剣を下ろし、背を向けた。

 足音だけが教室を横切り、扉が閉まった。

 残されたSクラスの教室に、静寂が沈んだ。

 

 割れた机。散乱した書類。

 そして、微笑みを崩さないオルフェ。

 

 ジークが深く息を吐いた。

 

「……あいつ、本当に危ねえなあ。あれがAクラスまで優等生だったって? 今まで、猫被りにも程があるだろ」

 

 エルマーが黙って頷いていた。

 

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