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【第二部完結】Fated Oath ─誓約の果て─  作者: りんごあめ
第三部 壊す者 ― The Game of Judgment
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第99話 標的

 昼休みの終わり、サラは違和感を抱えたまま廊下を歩いていた。

 

 レナの様子がおかしい。

 朝から何度も呼びかけても、笑顔がどこか引きつっている。

 引き出しに手を入れた時の、あの表情が目に焼き付いて離れなかった。

 

(……なに、これ?)

 

 Eクラスの空気自体が、いつもと違った。

 教室の一角でひそひそと囁く声。わざとらしくレナを避ける仕草。廊下でぶつかっていく女子たち。

 

 気づいたら足はエリックの机まで向かっていた。

 

「エリック、ちょっといい?」

「ん……どうした?」

 

 他に聞こえないよう声を潜める。

 

「レナ、いじめられてるよね? 引き出しの針とか、教科書とか……あれ、普通じゃない」

 

 エリックは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 そして深く息を吐く。

 

「……また始まったのか」

「先生に言った方が――」

「無理だよ」

 

 きっぱりした声だった。

 

「元々、レナは魔力量が少なくてEクラスで浮いてた。俺がEクラスに来てから、多少はいじめも収まってたみたいだけど」

「……じゃあ、どうしてまた?」

 

 エリックは眉間を押さえながら苦笑した。

 

「原因はレオンとオルフェだよ。考えてみろ。Sクラスの奴らが、わざわざEクラスの一人に絡んでくる。しかもレオンは荷物まで持つ。オルフェは廊下から観察してる。俺もEクラスにいる」

 

「……あっ」

 

「目立つんだよ。嫉妬とか妬みとか、くだらない理由で人は簡単に悪意を見せる。レナ本人は何も悪くなくても。しかも相手がレオンだ。上のクラスの女子が名前を囁く程度には、目に付く」

 

「レオンに言った方がよくない?」

 

 エリックは苦い顔をした。

 

「レナから言われてる。レオンには言うなって。あいつが知ったら……全員片っ端から殺しかねない」

 

 冗談じゃなかった。

 言葉の奥にある重さを、サラも肌で感じた。

 

「……どうすればいいの」

「俺たちが気づけた分だけマシだ。見張って守るしかない」


 

 ***


 

 その日の休み時間、レナは廊下の角で立ち止まっていた。

 ちょうどそこは、Sクラス棟へ続く通路の近くだった。

 

「レオン待ちでしょ」

 

 背後から、聞こえよがしな声がした。

 だが、レナは振り返らなかった。

 

「ねえ、レナちゃん」

 

 前から声がした。

 三人の上級生が、半円を描くように立っていた。

 知らない顔だった。だが、その目は明らかに敵意を向けていた。

 

「ちょっと、いい?」

 

 逃げる間もなかった。

 腕を掴まれ、廊下の流れから引き剥がされる。抵抗しようとしたが、三人分の力は思ったより強かった。

 連れてこられたのは旧校舎の裏。

 午後の陽が届かない、人目につかない場所だった。

 

「最近、目立ってるみたいね」

 

 一人が腕を組んで言った。

 声は穏やかだった。

 

「Sクラスのレオン様に荷物持たせてるって、本当?」

「……違います」

「へえ、違うんだ」

 

 笑い声が上がった。

 誰もレナの言うことは信じていない。

 

「下のクラスのくせに、どんな手使ってんの? 可愛がられてていいご身分よね」


 顔が熱くなる。怒りなのか羞恥なのか、分からなかった。

 

「……何も、していません」

「そう言うよね」

 

 一人が背後に回り込んだ気配がした。

 振り返ろうとした瞬間、背中を強く押された。

 

「きゃっ──」

 

 地面に倒れ込む。手のひらが石畳を打ち、鋭い痛みが走った。

 じわりと滲む血。泥の臭いが鼻を刺した。

 

「いい子ぶってるから、嫌われるんだよ」

 

 立ち上がろうとした時、髪を掴まれた。

 引っ張られて、顔が上を向く。

 

「Eクラスのくせに」

 

 三人の足音が、ゆっくりと自分を取り囲んでいた。

 地面に手をついたまま、レナは荒い息を呑んだ。

 上級生の少女が、苛立ちを隠しもしない声でレナの肩を押した。

 

「ねぇ、聞いてる?」

「黙ってんじゃないわよ」

 

 次の瞬間、指先に灯った魔力がぱちりと弾ける。

 空気が細く震えた。嫌な気配。

 

(……この魔術、魔力量。Bクラス……?)

 

「ちょっとビビらせればいいだけでしょ」

「だよねー。先生もどうせ、見てないし」

 

 軽い調子で遊んでいる声だった。

 だが、その指先に編まれているものは、遊びの出力ではなかった。

 

(……これ、制御が雑だ)

 

 それが問題だった。

 本人たちは「かすらせる」つもりでいる。

 でも精度が伴っていない。

 外れれば、どこに当たるか分からない。

 紫電が頬をかすめた。

 髪の先が焦げ、焦げ臭さが鼻を刺した。

 

「っ!」

 

 反射的に身を引いた瞬間、地面が閃光で抉れた。

 石畳が弾け、破片が足元を叩く。

 頬ではなく、首に当たっていたら。

 地面ではなく、目に当たっていたら。

 

 本気で殺す気じゃない。

 それが余計に危ない。

 

(血を……使う? でも、ほんの少しでも痕跡が残れば――)

 

 考えている間に、再び魔術が編まれる気配がした。

 

(……まずい。速い──!)


 その瞬間、不意に別の視線を感じた。

 

 冷たいのに、妙に静かで、こちらを測るような気配。

 上級生たちのものとは違う。

 最近ずっと背中に張りついていた、あの得体の知れない視線に似ていた。


 けれど振り返る余裕はなかった。

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