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番外編 学院のバレンタイン

 挿絵(By みてみん)


 教室の前。

 エリックは両腕いっぱいの小箱と紙袋に埋もれていた。


「これ全部俺にだって! 嬉しい! ……俺、生きててよかった!」


「うるさい、声でかい」


 隣でサラが呆れた顔をする。

 だがエリックは気にしない。目がキラキラしている。


「見ろよサラ! 人間関係の成果だぞ! 誠実に生きてきた結果だ!」


「それ、誠実っていうより無害の成果じゃない?」


 そこへ、レナが小さな包みを抱えてやって来た。

 リボンは丁寧で、包装紙は控えめ。


「エリック……あの、これ。いつも助けてくれるから」


「えっ……レナから!? 俺、今日が人生のピークかもしれない」


「明日以降ピークから落ちるってこと?」


 サラが即ツッコミを入れる。


 エリックは両手で大事そうに受け取った。

 その瞬間。


 廊下の空気が、すっと冷えた。


 振り返ると、そこにレオンが立っていた。

 無表情。いつもの無表情。


 片手には、チョコの入った紙袋。

 明らかに女子生徒が無理やり押し付けた感じの、盛り盛りの袋。


「……」


 サラが一拍だけレオンを見て、すっと半歩引いた。

 

「あっ、じゃ、私は行くわ。あんたたちに巻き込まれたくない」

 

「待てサラ!? 見捨てるな!」

 

「生存本能よ。健闘を祈る」

 

 そう言い残して、サラは廊下の角へ消えた。

 エリックは笑顔を貼りつけたまま、レオンに向き直す。


「レオン。お前も、すごい袋だな」


「要らない。お前にやる」


 レオンは袋を掲げるように持ち上げた。


「こんなに俺も食べれないって!」


 エリックが慌てて止める。


 レオンの視線が、ふいにレナへ向いた。

 言葉より先に、確認するみたいに。


「あ、えっと……レオンのも、あるよ」


「……あるのか」


「うん。さっきエリックにも渡したんだ」


 その言い方が、まずかった。


 レオンの視線が、もう一度だけエリックに滑る。

 エリックの手の中の、レナチョコへ。


「……さっき、エリックに?」


「う、うん……エリックに——」


 次の瞬間。


 レオンの指先が、腰の剣の柄に触れた。


 空気が凍る。


「待て待て待て待て待て!!」


 エリックが両手を上げて前に出た。

 レオンの目が真剣だ。


「バレンタインに殺されてたまるか!!」


「お前、レナからチョコもらっただろう」


 レナは慌ててレオンの袖を引いた。


「ち、違うの! エリックにはいつもお世話になってるから!」


「俺には」


「レオンにはもっとお世話になってるし、感謝を込めて大きいやつ作ったから!」


 レオンの手が、剣から離れかける。

 だがまだ冷えたまま。


「今。渡せ」


 そこへ、通りすがりの影がひとつ。


 オルフェだった。

 白衣のポケットと腕に、やたら小箱が刺さっている。

 本人は無表情で、甘い香りだけが周囲に漂う。


「……騒がしいね」


「助けてくれ、オルフェ! レオンがバレンタインに俺を殺しそうなんだ!」


 エリックが叫ぶ。


「君たちは異国の文化が好きだね。面白い」


「面白がるな!!お前も大量にもらってるだろ」


 レナはハッとして、オルフェを見た。


「あっ……!」


 オルフェは、少しだけ首を傾げた。

 期待していないふりをしているのに、微妙に目が待っている。


「……あっ、じゃなくて?」


 レナは目を泳がせる。


「ご、ごめんオルフェ……チョコ……用意、してなくて……!」


 その瞬間。


 オルフェの紫の瞳が、ほんの一瞬だけ曇った。


「……そう」


 たった一言。

 その“そう”が、やけに静かで、やけに刺さる。


 オルフェは瞬きを一つ遅らせ、視線をほんの僅かに落とした。

 それから何もなかったみたいに、口元だけを整える。


 エリックはレナの耳元に顔を寄せ、囁いた。


「やばい、今のオルフェ、普通に傷ついてないか?」


 レナは慌てて手を伸ばす。


「明日! 明日ちゃんと——」


「必ずくれるならいい」


 オルフェはそう言い、少し間を置いてから、ぽつりと付け足した。


「……チョコレートがないのなら、君の血でもいいよ」


 廊下の音が、死んだ。


 今度は別の理由で。


 レオンが、完全に剣を抜きかけた。


「おい」


 低い声。

 温度がない。


「誰の血の話をしてる」


 オルフェはレオンを見て、涼しい顔で返す。


「レナの」


 レオンの殺気が、真っ直ぐ刺さる。


 エリックが、間に割って入った。

 涙目で。


「やめろォ!! 今日は!! バレンタインだ!! 血じゃない! チョコだろ!」


 レナは青ざめて、両手をぶんぶん振る。


「そ、そうだよ! 血はだめ! だめだよ!」


 オルフェは小さくため息をつき、肩をすくめた。


「冗談だよ。……半分」


「半分でも嫌だ!!」


 エリックはレオンの剣を両手で押し戻しながら必死に笑う。


「ほらレオン、落ち着け! レナのチョコ、お前が一番大きいんだってよ! 今日の勝者はお前だ!」


「……当然だ」


 レナは慌てて鞄をゴソゴソし、出てきた可愛い包みをレオンへ差し出した。


「はいっ! レオンの! ほんとに、ちゃんとあるから!」


 レオンはそれを受け取り、包みを一瞥しただけで、剣から手を離した。


 レオンは小さく言う。


「……もっと早く渡してくれ」


「ごめん……」


 そのやりとりをオルフェは冷めた目で見ている。


「明日、チョコの代わりに、君の血を渡してくれてもいいよ。冗だ──」


 オルフェが言い終える前に、レオンの殺気が走った。


 エリックがその場にへたり込んだ。


「コイツらのせいでバレンタインが命懸けだよ……」




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