第23話 またね、アル
翌日。
みゆは空港のベンチに、そっと腰を下ろした。
昨日の出来事が嘘みたいだった。
けれど、あの瞳も、あの声も、手紙の重みも──すべて、現実だった。
ガラス越しに広がる滑走路には、ゆっくりと陽が傾きはじめている。
窓の外には春の光が薄く降りて、機体の影を長く引いていた。
バッグから、白い封筒を取り出す。
少し角が折れていて、持ち主の迷いと時間を吸い込んでいるようだった。
——君に渡したいものがある。
さっきアルがそう言って、差し出してくれたもの。
その手は、まっすぐだった。
みゆは、封筒を開く。
カサ、と紙が揺れる音が、耳の奥に淡く残った。
便箋には、アルの筆跡が整然と並んでいる。
「王位継承の権利をセレモニーにて正式に辞し、私の財産はすべて国民へと還元する。そしてこれより先の人生は、この国に身を捧げて尽くす――それが、私の覚悟であり、選んだ道です」
光がにじむ紙の上に、文字の影が揺れる。
「会おう。今度は、王子じゃなくて」
その一文だけ、少しだけ筆圧が強い。
想いが、そこに残っているようだった。
画面が、ゆっくりとみゆの表情に寄る。
まばたきのあと、そっと笑みが浮かぶ。
風が吹く。窓の外の旗が揺れて、飛行機のシルエットがじわりと動いた。
みゆは手紙を丁寧に畳み、胸に抱きしめ、空を見上げた。
その青のむこうに、光があった。
きっと、アルも同じ空を見ている。
ーーまたね、アル。
その心の声が、春の空に溶けていった。