第22話 会いたかった
中庭には、やわらかな日差しが落ちていた。
手入れの行き届いた庭石、低く咲いた白い草花。
木々の隙間から光がこぼれ、風が静かに葉を揺らしている。
ふたりは並んで、石のベンチに腰を下ろしていた。
何も言えずにいた時間が、すこしだけ過ぎる。その沈黙は、不思議と苦しくなかった。
「……わたし、ばかでした」
みゆが口を開いた。
「会えないって、わかってたのに……どうしても、言葉が届かないまま帰るのが……いやで」
「気持ち、伝わりました。でも、危なかったです」
アルは困ったように笑った。
「……ほんとうに、びっくりした。
でも、あなたを見つけて、すこし安心しました」
「見つけてくれて……ありがとうございます」
「……ありがとう、言いたいのは、こっちです」
アルの目が、ふっと細められる。
その表情は、遠い日、ラウンジの窓辺で浮かべた笑顔と重なっていた。
「みゆ」
アルのその声に、何かが、みゆの胸でほどけた。
「……はい」
一言だけで、涙があふれそうになった。
「こんなふうに、また君に会えるなんて。
……会いたかった」
その言葉とともに、アルはみゆをそっと抱きしめた。
あたたかく、やわらかく、でも確かに強く。
それは、言葉では言い尽くせないほどの時間を超えた、 静かで、長くて、やさしい抱擁だった。
風が吹いた。
花壇の花々がふわりと揺れ、ほのかに香る。
ただ、そこにいるだけで、もう十分だった。
しばらくして、アルがゆっくりと口を開いた。
「……ほんとうは、君にすぐ連絡したかった」
みゆは、はっと顔を上げる。
アルは、言葉を探すように視線を伏せた。
肩がわずかに震えているのは、風のせいではなかった。
そして——かすれた声で、ぽつりと吐き出すように言った。
「でも、自分の立場や、国のことや……全部に、けじめをつけてからじゃないと、君に会う資格なんてないって、ずっとそう思ってた」
「……わたしは、信じてた。あなたが生きていてくれるって」
みゆは、アルの手に自分の手をそっと重ねる。
「そして、いつか、会える日が来るって」
アルは一瞬だけ目を伏せた。
そのまま、何かを噛みしめるように唇を引き結ぶ。
「君は……ロゼみたいに強いね。君の光は、決して消せない」
やがて、まぶたの奥に静かに光がにじんだ。
それが涙なのだと、みゆはすぐにわかった。
やがて、ゆっくりとポケットに手を差し入れ、白い封筒を取り出す。
「本当は、ずっと前に渡したかったんだ」
封筒の端には、少しだけ折れ目がついている。
きっと、何度も出そうとして、しまい直されたのだろう。
「また……来てくれたら、そのときにって。でも、渡せる保証なんて、どこにもなかったのにね」
みゆは黙って、そっと受け取った。
沈黙のなか、手紙の重みだけが確かだった。
「君が『光』でいてくれたから、わたしはここまで来られたんだ」
みゆの喉がつまった。
言葉にしようとしても、うまく出てこなかった。だから、代わりに、目で答えた。
——わたしも。
ふたりの間に、風が吹いた。
その風の中で、みゆは小さくつぶやいた。
「Nolivianne. Alban」
——わたしの光、アル。
その言葉が、まっすぐに胸に届いた。
外の空は、今日も変わらず、どこまでも青い。
遠くで鳴る鐘の音が、
ふたりの未来をそっと祝福するように、空へと消えていった。