第11話 もう、決めたことです
エルヴェーニュ公国。
石畳の広場を見下ろす窓。
その先に続く通りは、いつもより静かだった。だが、それは穏やかな静けさではない。
アルは、城の一室からその景色を見つめていた。
デモは、まだ終わっていない。王室に向けられた怒りと失望は、日ごとに色を変え、形を変え、それでも確実に——積もっている。
「殿下。次の会見は明朝八時に——」
側近の声が背後から聞こえる。アルは、短くうなずいただけだった。
壁には、今朝の新聞が貼られていた。
《若き王子に問われる『未来』》
視線をそらし、胸元に手をあてる。ジャケットの内ポケットから取り出したのは、折りたたまれた一通の手紙。
——みゆの、字だった。
何度も読み返し、指先が紙のぬくもりを覚えてしまうほど。今もそれは、彼にとって唯一の「外」とつながる扉だった。
そっと開き、目を通す。優しい日本語の一文一文が、どこまでも真っすぐに、アルの心に触れてくる。
『わたしも、あなたに救われていました』
「……ありがとう」
誰にも届かない声で、ふっと吐き出すように呟いた。
王宮の廊下に、衛兵の足音が遠く響いている。
国は、揺れている。貧富の差が広がり、王室の贅沢は責められ、民の暮らしの声がようやく外へと噴き出した。
これまでの自分なら、沈黙の中で耐えていたかもしれない。だが今は、違う。みゆの言葉が、彼の心に火を灯した。
自分にしかできないことがある。この手で、扉を開けなければならない。
アルは、手紙を胸に戻し、振り返る。
「……会見では、財務庁の調査報告を公表します。王室支出の透明化と、改革案の骨子も。可能な限り、記者からの質問も受ける」
沈黙した側近が、目を見開いた。
「……お言葉ですが、それは——」
「もう、決めたことです」
アルはまっすぐ前を見据えた。その眼差しに、もう迷いはなかった。