表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

第11話 もう、決めたことです

 エルヴェーニュ公国。

 石畳の広場を見下ろす窓。


 その先に続く通りは、いつもより静かだった。だが、それは穏やかな静けさではない。


 アルは、城の一室からその景色を見つめていた。


 デモは、まだ終わっていない。王室に向けられた怒りと失望は、日ごとに色を変え、形を変え、それでも確実に——積もっている。


「殿下。次の会見は明朝八時に——」

 側近の声が背後から聞こえる。アルは、短くうなずいただけだった。


 壁には、今朝の新聞が貼られていた。

 《若き王子に問われる『未来』》


 視線をそらし、胸元に手をあてる。ジャケットの内ポケットから取り出したのは、折りたたまれた一通の手紙。


 ——みゆの、字だった。


 何度も読み返し、指先が紙のぬくもりを覚えてしまうほど。今もそれは、彼にとって唯一の「外」とつながる扉だった。


 そっと開き、目を通す。優しい日本語の一文一文が、どこまでも真っすぐに、アルの心に触れてくる。


『わたしも、あなたに救われていました』


「……ありがとう」


 誰にも届かない声で、ふっと吐き出すように呟いた。


 王宮の廊下に、衛兵の足音が遠く響いている。


 国は、揺れている。貧富の差が広がり、王室の贅沢は責められ、民の暮らしの声がようやく外へと噴き出した。


 これまでの自分なら、沈黙の中で耐えていたかもしれない。だが今は、違う。みゆの言葉が、彼の心に火を灯した。


 自分にしかできないことがある。この手で、扉を開けなければならない。


 アルは、手紙を胸に戻し、振り返る。


「……会見では、財務庁の調査報告を公表します。王室支出の透明化と、改革案の骨子も。可能な限り、記者からの質問も受ける」


 沈黙した側近が、目を見開いた。


「……お言葉ですが、それは——」


「もう、決めたことです」

 アルはまっすぐ前を見据えた。その眼差しに、もう迷いはなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ