1. 始まりは猫から
ある日の夕方、下校時刻。
ただの高校生である俺、聖川桂はのんびりと通学路を歩いていた。
既に日は落ちているが地面のコンクリートはじわじわと熱を放射し続けており、まだ夏本番ではないというのに俺の額には汗がにじんでいた。
その汗をぬぐいながら家までの道のりを歩く際中、本来の通学路である大通りから逸れ住宅街へと歩みを進める。
そのまま各御家庭の夕飯のいい匂いが漂う住宅街を歩けば、某青狸アニメに出てくるような空地へとたどり着いた。
空地の草むらをガザガザと掻き分け、目的のソレに俺は目をやる。
突然だが俺は動物全般が好きだ。
動物なら基本なんでも好きだし、ハダカデバネズミだって俺からしたら立派なキモカワ動物だと思える。
どれだけ疲れていても動物と触れ合うだけで疲れなんて吹き飛ぶし、明日の憂鬱なバイトだって前向きに取り組むことが出来る。
そして俺が動物の事を心から愛していることに動物側も気づいてくれるのか、俺は嬉しいことに動物に好かれやすい体質でもあるのだ。
目の前に広がる楽園――俺が今までに仲良くなってきた野良猫たちを眺め、恍惚の息を吐く。
今日は学校で抜き打ちの小テストがあったり委員会の仕事が合ったりで疲弊していた俺は、ほぼ無意識のうちに野良猫が集うこの場所へ癒しを求め向かっていたのだ。
なんて麗しきネコちゃんたちの楽園……俺は各々気ままに過ごしている野良猫たちをしゃがみ込んで一匹一匹眺めていた。
黒猫で黄緑色の瞳の子はいつもこの空地に居る。
あのぶちはいつ見ても気持ちよさそうに眠っている。
錆柄のあの子は俺を見ると必ず足もとに擦り寄ってくれる。
そして真っ白な毛並みの――
四匹目の野良猫に俺は目を奪われた。
野良猫とは思えない真っ白で整えられた美しい毛並みを持つ白猫。
スラっとした体形とその佇まいは芸術品のようであった。
まるで神の遣いみたいだ。
白猫を見つめながらぼんやり考えていると、澄んだ青空のような瞳と目が合った。
否、射貫かれたと言った方が正しいだろうか。
瞬間体が動かなくなり、あの白猫から目が離せない。
しかし嫌な拘束感は無く寧ろどこか安堵するような温かさを帯びていた。
ただ白猫を見つめるしかできない俺をよそに、白猫はまるで人間のように口角を上へと上げ、口を開いた。
「――やっと見つけたぞ」
俺の喉からは間抜けな疑問符が零れ落ちた。
今、猫が喋ったか……?
そう疑問を持った次の瞬間白猫の背後、虚空から強い光を放つ鏡のようなものが現れた。
驚いて腰を抜かすと共に鏡からあり得ない程の突風が吹き荒れる。
周囲の草むらは耳が痛くなるほど大きな音をかき鳴らし、土煙が辺りに舞い、周囲に居た野良猫たちも突風を避けるようにバラバラに散っていく。
そんな中、俺と白猫だけがこの突風に吹き飛ばされずその場に残っていた。
なんだ、なんなんだ一体!
見覚えのない美しい白猫が居ると思ったらいきなり何をしているんだ。
あの鏡みたいなのはなんだ、あの白猫はなんだ、なんでさっき喋ってたんだ!?
多くの疑問が俺の頭を埋め尽くすも、あまりに現実離れしすぎている目の前の光景に言葉が出ない。
それなのに白猫は依然として口角を上げたまま言葉を続けた。
「待っていたぞ、お前のような人間を……!」
そう白猫が発すると同時に俺の視界は白で塗りつぶされた。
一瞬世界中が真っ白にでもなったかと思うほどに強い光を直接浴びて、思わず目を強く瞑り衝撃に備えた。
しかし、いくら待てど俺の想像する衝撃は全くやって来ない。
それどころか先程まで鳴っていた草の音も、全身で感じていた突風も止んでいる。
もう何が何だか俺にはさっぱりわからないが、混乱している脳はとにかく出来事に対しての答えを求めていた。
一体この数秒間に何が起きたのかを確かめたい……その一心で俺は恐る恐る閉じた瞳を開いた。
「…………いや、なに、ここ」
真っ先に目に飛び込んでくるは天まで昇るほどの大樹。
青空の元、雄々しい幹と葉を携えた大樹がそこに立っていた。
手に触れる草の感触は空地の乾いた草なんかとは比べ物にならないくらい柔らかく、照り付ける日差しは夏の刺さるようなものではない。
住宅のコンクリート塀に囲まれた空間に居たはずが、何故か今は沢山の木々に囲まれた空間に居る。
少なくとも日本とは思えない光景を前にあんぐりと口を開けていると、目の前をトコトコと影が横切る。
「き、君……あの、しろね…こ……」
俺が必死で声を絞り出すのとは反対に、白猫は流暢な日本語で再び俺に語り掛けた。
「ようこそ、聖人サマ。アイノアスに導かれし神の子よ」
嗚呼、本当に意味が分からない。
この話だけで一時間かかってて未来が不安。
居る界隈的に心理描写書くの苦手です。