第三話 廃墟☆彡ワンダーランドへようこそ!
翌日、僕は鬱之さんと一緒に廃墟☆彡ワンダーランドに来ていた。
「ここは全然人が居ないことで有名なんですよ」
開園時間まで待っていると、鬱之さんが得意げにそんなことを言った。ここが作られたときは結構人が来ていたが、10年目になると廃墟マニアくらいしか来なくなり、181年目の今では「人が来ないテーマパーク」としてネットで度々話題になっているのだそう。どこかで聞いたことがある話だな……。
「廃墟って静かで不気味な雰囲気が良いと思ってるんだけど、人が多いと醍醐味を味わえなくない?」
「廃墟☆彡ワンダーランドにはレイヤー機能があるんですよ。最大100レイヤーがあって客ごとに1レイヤー、2レイヤーと順番に案内しているらしいです」
「へぇ、そうなんだ」
確かにその方法なら人に会うことは滅多にないから楽しめるだろうな。レイヤーはイラストの描き方の本で読んだことがあるからふんわりとイメージできた。そういえば、デジタル機器を使って絵を描くこともしたかったな。ということをふと思い出した。
いろいろ雑談をしていたら開園時間になったようだ。ファンファーレと共にシャッターが上がる。チケット売り場でチケットを買い、台風の目みたいなゲートにくぐる。
くぐった先では廃墟ビルが並んでいた。退廃的な美しさという言葉はこういう時に使うのだろう。しかし、だいぶ広い。このテーマパークは大まかに3つのエリアに分かれていて、ここはビル街エリアなんだけど……このエリアがテーマパークの大部分を占めているんじゃないかってくらい広い。否まぁ、ここの広さが判らないしこの国は常識が通じないから全然そんなことない可能性あるけど……。
「黄泉の国のテーマパークは基本的にロシア並みの広さを誇りますからね。1日で全部回ることは絶対にできません。ワンダーランド株式会社が運営しているところだと……あ、あった」
鬱之さんは前を指さす。指の先を見ると駐車場があり、廃車が所狭しと並んでいた。古びた看板には「移動にお使いください」「廃車ですが、使えます」「サポート機能搭載! ガキでも使える!」と書いてあった。というか今、ロシア並みの広さがあるって言った? どこにそんな土地が……。
「車以外にバイクも選べますよ」
「バイクあるの!?」
彼女とどれに乗るか話し合った結果、白色のオープンカーに乗って移動することになった。バイクに興味はあったけど乗り方が判らないし、初めての場所で乗る勇気が無かったのだ。運転は免許を持っていてここに何回も来たことがある鬱之さんに任せた。次来るときは運転してみたいな……。
「どこに行きたいですか?」
「廃遊園地エリアが気になるかも」
「判った」
鬱之さんから借りたヘアピンを付け、シートベルトをしっかりとする。それを確認した彼女は運転を開始した。カーナビの機械音声が遊園地までの道を案内する。僕は廃墟となった街をドライブするという初めての経験に胸を躍らせながら、崩れた街をしっかりと目に焼き付けていた。
瓦礫を避けながら走っていると、影が僕たちを覆った。それと同時に車が止まる。なんだろう? と上を見るとそこには灰色の毛布が空一面に広がっていた。鬱之さんはどことなく嬉しそうに僕のほうを見た。
「饕餮だよ永夢さん! めったに見られないレアキャラ!」
「トウテツ? ……って、確か中国神話の」
「そう、それ! 饕餮はここのマスコットキャラであり清掃員! 増えすぎた魔獣を掃除するために飼われたんだ!」
「そんなお掃除ロボットみたいな扱いなの?」
と言うか饕餮ってそんな妖怪だったっけ。何でも食い尽くすとかは聞いたことあるけど……魔物を食べるってこと? 共食いに入らないのだろうか。
「饕餮はありとあらゆるものを食い尽くす。だから饕餮が黄泉の国に来た時住民を食べないように契約を結んだんだ。このエリアにあるものしか食べちゃいけません、って内容で」
「え、じゃあ僕たち食べられちゃわない?」
「チケットがあるから大丈夫。逆に言えばチケットを持っていないと食われますね」
「怖!」
「安心して、チケットを落としたとしてもチケットがついてきますから」
「どうやって!?」
食べられるっていうのも怖いけど、チケットがついてくるって何? 移動手段が気になりすぎる。恐怖より驚愕と好奇心が勝っちゃってるよ。正直今すぐ捨ててみたい。でも鬱之さんを巻き込むことになるからまだ理性が勝っている。独りだったら確実にやってただろうな。
饕餮はのんびりと移動をしている。僕らにはまるで興味を持っていないようだ。鬱之さんはスマホで饕餮を撮っている。めちゃくちゃ撮ってる。連写の音が永遠に続くんじゃないかってくらい。饕餮が見えなくなると彼女はスマホをしまい、運転を再開した。
・
遊園地エリアではアトラクションで遊べるらしい。見た目は古びていて事故が心配だが、ゲートの近くにある看板には「古びていますが遊べます」「181年間無事故! 安心して乗りたまえ☆彡」「ボッチで寂しい? そんなあなたに必見! 遊ぶ友人をレンタルいたしましょう! 値段は1クルミ! とってもお得! 店はこちら→」と書かれている。レンタル友人……まぁ、確かに遊園地で遊ぶなら二人以上で遊びたい。
ゲートをくぐると赤錆びた乗り物が出迎えてくれた。お金を入れたら動くものだ。熊とパンダ、猫と馬の乗り物がそれぞれ2個ずつある。
「遊んでいきますか?」
「いや、今日は立ち入り禁止エリアを目的に来たから……アトラクションはまた今度かなぁ」
「そっか、そういえばイベント中だったね」
イベント用マップを見ながら立ち入り禁止エリアまで向かう。木々で生い茂った場所を抜けると、ミラーハウスがぽつねんと存在していた。このミラーハウスは「グループがミラーハウスに入った途端離れ離れになった」という現象が起こり、特に事故らしい事故はなかったそうだが「廃墟☆彡ワンダーランドでは無事故を謳いたい」という運営の方針で撤去されたそう。
僕たちはミラーハウスに「せーの」で入った。入った途端めまいがしたからぎゅっと目を瞑り治るのを待つ。めまいが治り目を開けると、鏡で囲まれた場所に立っていた。
入ってから一歩も動いていないにも関わらず、気づけば鏡に囲まれていた。「離れ離れになった」っていうのはこのことか、とぼんやり思いながら目の前の鏡を見る。
灰色の髪をした子供がこちらを見ている。赤い瞳が太陽の光のようで、眩しくなって目を逸らした。逸らした先でも子供がこちらを見ていて、僕が見ていると気づいたとたん、子供は笑う。無邪気な笑顔をこちらに向けている。これ、鏡じゃなかったっけ。鏡写しの僕が笑っている。僕と違う表情を浮かべている……。
『ね、ね。永夢。初めましてだね、初めまして。会えてうれしい、うれしいな』
喋った。鏡写しの僕が喋った。親し気な笑顔を浮かべている。一体何なんだろう、これは。
『驚いた? 驚いちゃった? 僕は永夢、朔間永夢だよ。君と一緒、一緒だね』
「君は何者なの?」
『君の友達、架空の友達。君の世界のすべて、夢の世界の集合体。僕は君に会えなかった、会えなかったんだ。だから来た、ここに来た』
架空の友達。夢の世界の集合体。
イマジナリーフレンド。この言葉が頭に浮かぶ。幼少期に存在し、成長すれば消える存在。彼がそうなのか?
『君が居なくて寂しい、寂しいよ。ねぇ永夢、永夢。なんで来てくれなかったの? なんで来なかった? 君の理想の世界は僕たちだろう? 僕たちだよな?』
「何を……」
何を言っているんだろう。困惑している僕に、架空の友達はドンドンと鏡を叩いた。
『なんで。なんでなんでなんで。こっちに来なかった。ずっと一緒に居るって言ったくせに! 約束したのに! 嘘つき! 嘘つき!』
友達は声を荒げ鏡を叩き続ける。目から赤い液体_おそらく血が流れだした。目の前の友達は泣き叫びながら呪詛を唱えている。約束。ずっと一緒に居る_だめだ。何も思い出せない。夢日記を書いてはいたけれど、読み直すことなんて滅多になかったから……こんなことになるんだったら、毎日読み返したほうが良かったかもしれない。
何がなんだか判らないけれど、今言うべきことを言うために鏡に触れた。
「約束を破って、ごめん」
僕は約束を覚えていない。けど彼はこんなに悲しんで、僕を恨んでいる。謝罪をしたところで彼の気持ちが収まるわけではないから、これはただの自己満足でしかないけど……でも、ちゃんと謝らないと、仲直りができない。夢の世界は僕の心の拠り所だった。夢の世界の集合体である彼と仲違いなんてしたくない。
『罪悪感を感じているの? じゃあ今からでもこっちに来てよ。ねぇ。今からでも僕は歓迎するよ。来てよ。ねぇ、来て』
彼は口を吊り上げこちらに手を伸ばした。手は鏡と言う壁をすり抜けこちらへと向かう。僕はその手を取ろうとして_。
「やめろ」
日焼けた手が僕の腕をつかむ。隣を見るとタイヤンさんがそこに居た。金色の瞳を輝かせ鏡を睨んでいる。彼は顔を醜く歪め、タイヤンさんを睨んだ。
『あぁ、邪魔が来た! 嘘吐きの犬っころ! 人を殺した悪人め! 善人になろうとしているのか? あぁ、あぁ! 気持ち悪い! 偽善者! お前は誰も救うことができないのに! 邪魔をするな!』
「黙れよ。俺はただ仕事をしているだけだ」
タイヤンさんは作業着のポケットから瓶を取り出すと、鏡に向かって投げた。ビンは鏡をすり抜け彼の額に当たる。瞬間、炎が身体を包んだ。甲高い悲鳴が耳を貫く。数秒後、彼は塵となって消えた。鏡には何も映らない。静寂がこの空間を包み込む。何を言えばいいのか迷っていると、タイヤンさんは「出口まで連れてってやる」と言い歩き出した。
「あの、さっきのって……」
「このミラーハウスが撤去された原因だ。あいつはここに入った客を騙して鏡の世界に連れて行ってしまう。被害がある魔物を駆逐したからこのイベントを開催したんだが……漏れがあったらしい。すまねぇ」
「じゃあ、鏡に映ってたのは……」
僕とは無関係な、悪質な魔物だったってことなのか。喋っていたことは出鱈目だったのかな? ……でも、僕の記憶を知らないと言えないことを言っていた。
「あいつは目標の記憶を見る。そこから相手を釣るための言葉を選んでいるんだ。アンタが何を言われたのか知らんが……あんまり真に受けるなよ」
彼はそう言うけれど、どうしても気になってしまう。僕はあの子たちに約束をしたのだろうか。ずっと一緒に居る、なんて不可能な約束を……。
悩んでいると、出口についた。鬱之さんは身体を左右に揺らしながら髪の毛を弄っている。彼女は僕たちに気が付くとすぐにこちらへと走ってきた。
「永夢さん大丈夫だった!?」
「う、うん……鬱之さんのほうは?」
「私は大丈夫。ミラーハウスに入った途端永夢さんが居なくなっちゃってビックリした! タイヤンが居なかったら心配で潰れちゃうかと……!」
……そんなに心配させちゃったのか。申し訳ないな。
涙を流している鬱之さんを落ち着かせていると、無線機で連絡を取っていたタイヤンさんが戻ってきた。彼が言うには上司から防衛のため一緒に行動しろと言われたらしい。それを聴いた途端、鬱之さんは嬉しそうな表情を浮かべた。
「え、タイヤンとも回れるの? 嬉しい! 百年ぶりじゃない?」
「一緒に行動するとはいえ俺は仕事中だ。アトラクションには乗れねぇからな……なんで捨てられた犬みてぇな顔してんだよ!?」
「だ、だって……タイヤンとは全然遊べないし……」
鬱之さんは彼の言ったように捨てられた子犬のような顔をしている。そう言えば、この人たちって知り合いだったっけ。……なんというか、この二人ってもしかしてだけど_。
ミラーハウスから離れて、今はゲート近くにあるゲームセンターに来ていた。タイヤンさんと一緒に遊べることが嬉しいのだろう、鬱之さんは幸せオーラを出しながら僕たちの前を歩いていた。
「ねぇ、タイヤンさん」
「ん、何だ?」
「鬱之さんのこと好き?」
そう言うとタイヤンさんは「な”っ」とだみ声を出すと咳ばらいをした。そしてそのまま張り付けたような笑みを浮かべて「どうしてそう思ったんだ?」と言った。
「否だって、隠せてないし……」
「そ、そんな判りやすいか? 俺……」
「だいぶ……うん、判りやすいかも」
完璧に隠せていたと思っていたのだろう、彼は明らかにショックを受けた顔をした。
「あいつには絶対言うなよ。良いか? 絶対に言うなよ?」
「え、ど、どうして……相思相愛だと思うんだけど……」
別にばらすつもりはなかったけれど、そこまで必死になると気になってしまう。絶対相思相愛だと思うんだけどな……。
「あいつが俺を好きなんだとしたら、それは幼馴染だからだ。もし幼馴染じゃなかったら知人にすらならなかっただろうな」
彼はそう吐き捨てると「ぜっっっったいに言うなよ!」と念を押し向こうで僕たちを見ている鬱之さんのところまで歩いていった。
お読みいただいてありがとうございます。
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どうぞ、よろしくお願いします!
挿絵は中島様に描いていただきました! 素敵なイラストを描いてくださりありがとうございます!