第二十九話 喫茶【book day】
「こんなところで会うなんて奇遇っすね!」
アワネちゃんは満面の笑みを浮かべる。彼女は様々な大きさの紙袋を六個も持っており、かなりの大荷物だった。
「お二人はこれからどちらへ向かわれるんすか? もしよかったらワタシも同行してもよろしいでしょうか!」
「私は構わないわよ。永夢は?」
「僕ももちろん構わないよ」
「やった! ありがとうございまーす!」
こんな感じでアワネちゃんが仲間に加わった。
「アワネってこの街に詳しいの?」
「うーん、割と知ってるっすよ。地元の人には負けますけどね!」
「じゃあおすすめのカフェとかってある? 休憩しようと思って」
「ああ! それならおすすめのお店があるっすよ! ついてきてください!」
アワネちゃんについていくと、路地裏にひっそりとたたずむ喫茶店に案内された。book dayという店名のようで、ガラス越しに中を覗くと壁一面が本棚になっていた。外から見る限り席の数は少なそうだ。
「このカフェでは店長さん直々におすすめの本を紹介してもらうことができるんすよ! それ以外にも、気に入った本があれば五クルミ以上注文すると持ち帰ることが出来たり、作業コースを注文すると閉店まで作業することが可能なんです。ワタシも気分転換したいときにここに来るんすよ~!」
アワネちゃんの説明を聴きながら店内に入ると、穏やかな曲調のクラシック音楽が流れていた。天井には豪華なシャンデリアがぶら下がっている。カウンターには店長らしき男性が食器を洗っていた。
「いらっしゃい、羽尾さん。今日はお友達も一緒なんだね?」
「そうっすよ! お二方が休憩に最適な喫茶店をご所望だったのでここに連れてきました!」
「それは嬉しいね。姉弟さんはここに来るのは初めてでしょ? 何か気になることがあったら遠慮なく聞いてほしいな」
「ありがとうございます」
僕たちはカウンター席に並んで座った。メニュー表を見ると下のほうに「好きなジャンルか、どういう本を読みたいのかを仰ってくださったら店長がおすすめの小説を選びます」と書かれている。確かにざっと見て二百冊はある中から好みの本を探すのは骨が折れそうだ。
「……姉弟さんは魔術商店で何か買い物を?」
「え?」
マスターのその問いかけに、僕たちは両目を見開いた。どうして魔術商店に行ったのか判るのだろうか。紗夢さんが持ってる紙袋は市販のもので店名は書かれていないけれど……。
「あぁすみません急に。嗅ぎなれたにおいがしたので、つい」
「嗅ぎなれた……」
においを嗅いでみるがコーヒーの匂いが強くてよく判らなかった。
「一般人向けに売っている肉を一通り買ったのよ」
「どういうものが売ってたんすか?」
アワネちゃんが興味深そうに紗夢さんを見つめた。彼女は指を折りながら肉の名前を羅列していく。それを聴いてるアワネちゃんの眼がキラキラと輝き始めた。食べたいと思っている顔だな、これ。
「ドラゴンに妖精、それに悪魔!? めちゃくちゃ気になるじゃないっすか! 食べるときはぜひ呼んでください~!」
「アンタならそういう反応してくれると思ったわ」
「ん? でもワタシには何のにおいもしないっすけど……よく判ったっすね、マスターさん」
「まぁね。ぼくは魔術商店にいろんな肉を提供してるし、何より鼻が良いから」
マスターは自慢げに鼻を指さした。コーヒーの香りが強い中で真空パックに詰められた肉のにおいが判るって、鼻が良いで片づけていいものなのだろうか?
「はい、カフェオレ三つにサンドイッチ」
「サンドイッチは頼んでいないはずだけど……」
「魔術商店の店長とは知り合いでね。彼女の店で買い物してくれたから、おまけ。みんなで食べて」
「あ、ありがとうございます……」
大皿に並べられたサンドイッチはどれも美味しかった。美味しかったけど、だいぶ多い。たぶん六人前はある。紗夢さんは一人前で満足したようで、残りは僕たちで食べることになった。
「そうだ、お二人とも。どうせならマスターさんにおすすめの本を紹介してもらいません?」
たまごサンドを食べながら、アワネちゃんが提案する。確かに、次いつここに来るか判らないしどうせならおすすめの本を紹介してほしいな。
「良いよ。じゃあ羽尾さんから聞いていこうかな。どういう物語が好きなの?」
「んー、どうせなら読んだことのない作品が良いっすね~。……冒険譚とかどうでしょう? 主人公が世界中のダンジョンに挑戦する! みたいな」
「ん~、そうだねぇ。それだったらこれかな」
そう言ってマスターは虚空を指さす。何をしているのだろうと眺めていたら、どこからかふよふよと本が飛んできてマスターの手に収まった。それは赤い表紙の分厚い本だ。魔術商店の魔導書と表紙がそっくりだな。
「著名な作家が書いた冒険譚でね。戦闘シーンが派手で心理描写が丁寧に描かれてる。インパクトのある台詞やシーンも多いから羽尾さんの好みに合ってると思う」
「ありがとうございます~! これお借りしてもいいっすか?」
「良いよ。時期はどれくらいにする? 最大四十九日までいけるよ」
「三十日でお願いします!」
手続きを終え、僕の番になった。というか、ここって貸出OKなんだな……。
「十回以上来た人にだけ行っているサービスなんだ。さすがに持ち逃げされるのは困るしね」
「そうなんですね」
「それじゃあ、弟さんの好きな物語を聴こうかな」
「えぇと、そうですね……ファンタジー小説でしょうか。主人公が旅に出て、色んな人との出会いを経て成長するような物語が好きで結構読んでます」
「じゃあこれかな。どうぞ」
マスターに渡されたのは水色の表紙の本だった。これもアワネちゃんのものと同様に分厚い。ページ数を見ると六百ページくらいある。だいぶ読み応えがありそうだな。
「大衆向けに作られた作品だね。世界観が作り込まれているんだけど、キャラクターのさり気ないセリフで世界観を表現しているから説明感がないんだ。文体も大衆向けなだけあってするする読めると思うよ」
彼の説明を聞いてから冒頭の部分を軽く読む。端的に言うと、とても読みやすくて自分好みそうな内容だった。
「面白そうなので購入しても良いですか?」
「もちろん! 五クルミ以上だから……クリームソーダを注文することをおすすめするよ。アイスなしもできるけど、どうする?」
「アイスありでお願いします」
「承ったよ。ありがとうね」
マスターは手際よくクリームソーダを提供すると紗夢さんの方を見た。
「お姉さんはどうする?」
「ん〜……そうね。あまり小説は読まないから、児童向けのホラー小説にしようかしら」
「どれくらいホラー耐性がある? それによって変わるけれど」
「どういえばいいかしら……洒落にならないほど怖い話の有名どころは一通り読めるくらい……?」
「結構あるってことだね。じゃあこれはどうかな」
マスターが選んだのは黒い表紙の文庫本だった。僕たちのと比べるとだいぶ短い。
「ホラー作家が児童向けに書いた作品だよ。シリーズ物でこれはその一巻目。日常パートや主人公とヒロインの掛け合いはギャグテイストなんだけど、ホラー描写がしっかりしていてホラー好きも満足すると思う」
「ありがとうございます。……2人とも、これを読み終えるまでここに滞在してもいい?」
紗夢さんがおずおずとした様子で僕たちを見る。
「もちろん問題ないっすよ!」
「僕も問題ないよ」
僕たちの返事に紗夢さんは嬉しそうに表情を綻ばせる。
彼女が小説を読み終わる頃にはもう夜になっており、そのまま現地解散となった。
翌日、レジに立っていると紗夢さんがたくさんの本を抱えてレジに来た。昨日読んでいた本の続きだろう。
「ありがとうございました」
今日は客が来ない日なのだろう。彼女を最後に客が来ることがなく、そのまま退勤時間となった。
「お疲れ様です」
「おぅおつかれ。……あ、そうだ永夢くん。良かったらこれやるよ」
リブロさんはそう言ってエプロンのポケットから紙切れを取り出した。見てみるとフリーマーケットの無料チケットのようで、20枚くらいある。
「今週の日曜日にやるフリマのチケットなんだけどよ。知り合いにばらまいてくれってお願いされたんだが、誘ったみんな全員が予定があって行けないってんで断られてな。余ってんだわ」
「それで僕に。普通のフリーマーケットですか?」
「至って普通のフリーマーケットだよ。形式上は」
「形式上は」
「そのチケットを持ってると無料で1個だけ好きなものを買えるんだ。知り合いを誘うのもよし、独り占めするのもよし。永夢くんの好きなようにしてくれ」
「判りました。ありがとうございます」
チケットをカバンにしまい退勤する。
フリーマーケットの情報について調べると、ひだまりタウンで行われる大規模な蚤の市と書かれていた。探しやすくするためにコーナーで別れているようで、全部で六つのコーナーがあるらしい。その中にオカルトコーナーというものがあった。昨日行った魔術商店のような店が並んでいるのだろうか……。出店するには厳重な審査がされているらしく、危険なものや贋作は売っていないとホームページに書かれていた。要するに、オカルトコーナーには本物しかない、と。
得た情報を片っ端から知り合いに送る。だがほとんどの人は予定があるとかなんとかで断られてしまった。アワネちゃんはものすごく行きたそうにしていたけれど、撮影の予定があるから行けないと悔しそうにしていた。
日曜日は一人で行くことになるのかな、と少し悲しくなっていたところである人から返事が来た。
Elle:チケットが余っているならわたくしと共に行きませんか?
エルさんからだった。正直意外だ。彼女は人がたくさん居るような場所にすすんで行こうとするようなタイプに見えなかったから。
永夢:良いんですか?
永夢:ありがとうございます!
Elle:ふふ、いえ。それでは十時頃に会場入り口でお待ちしております。
永夢:はい!




