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第二十七話 永夢の保護者がやってくる

「え! 永夢クンの保護者の方がもうすぐここに来るんすか!?」


 羽尾さんが驚いたような声を出す。通話中の出来事だった。通話途中に天上院エンマからメールが来て、奈子さんがこの国に移住することが決まったと教えられたのだ。


「そうなんだよね。知り合いを連れてきてもいいって書いてあるけど、どうする?」

「良いんですか!? じゃあタイヤンくんも誘ってピクニックしましょうよ!」

「三途の川で?」

「えぇ! ……あ、永夢クンが良ければですけど」

「楽しそうだし、良いと思う」

「決定っすね! 早速予定を組みましょう!」



 ということがあり、現在僕たちは三途の川の近くにある草原でピクニックをしている。食事は羽尾さんと鬱之さんが、それ以外の準備は僕とタイヤンさんでやったんだけど……五段の重箱が2つもお出しされたときは本当にびっくりした。


「うめぇけど……なんでこんなに作ったんだよ」


 弁当を食べながら、タイヤンさんがぼやく。弁当箱の中身はおにぎりやサンドイッチなど箸や皿が要らない物が中心で、味はめちゃくちゃ美味しい。美味しいんだけどな……量が明らかに多いんだよな……。


「大丈夫っすよ! 憂病チャンなら完食できます!」

「食べれます」


 女子2人がドヤ顔で親指を立てる。タイヤンさんは「確かにアンタなら食いきれそうだな」と納得したように頷いていた。納得するのか……。


「……美味そうやなぁ」


 近くのベンチに座っている天上院さんが独りごつ。修復作業が必要なほど摩耗した魂をこの国へ迎える際は天上院さんが出迎える仕組みになっているのだが、毎回その魂が最も大切だと思っている人物に声をかけているのだという。出迎える場合知人も連れてきてもいいとは書かれていたけど、4人で来るとは思っていなかったのかサングラスがずれるくらい驚いていた。


「天上院さんも何か食べますか?」

「いや、かまへんよ。シンコウちゃんに食育管理されてるからボク」


 食育管理されてるんだこのヒト……。


「そういえば、柏木さんはいつ頃来るんすか?」


 スティック型のチョコ菓子を食べながら羽尾さんは天上院さんに質問する。天上院さんはスーツの内ポケットから懐中時計を取り出して時刻を確認し、「あと30分くらいかなぁ」と言った。


「おもてたよりも時間かかっとるみたいやわ」

「何かトラブルでも?」


 タイヤンさんの言葉に、天上院さんは否定するように首を振った。


「トラブルっちゅうわけではないから安心してや。難しい作業やから時間かかるんよ」

「そうなんすね」


 タイヤンさんは曖昧に頷くとおにぎりを天上院さんに差し出した。受け取っていた。受け取るのか……。

 三途の川の方を見る。水は透き通っていて、向こうには赤い橋がかかっている。橋の隣には、無機質な四角い建物があった。天上院さんの説明ではあの建物にワープ装置的なのがあって、そこから移住者がやってくるらしい。

 現在、あの橋は現世旅行に行く住民が通る場所になっていると黄泉の国公式HPに書かれてあった。現世旅行……お盆以外は申請書を出しても認可されることがほとんどないと聞いているから尻込みしてるけど、いつかしてみたいな。


「そういえば役所のヒトってねこ以外に居るんすか?」


 羽尾さんが興味津々といった様子で天上院さんを見る。それは僕も気になる。黄泉の国のHPに載っている写真にはねこか、天上院さんしか居ないから……彼が度々口にしている"シンコウ"という、人? が誰なのかも気になる。


「人型って意味やったら、居るには居る。けどみぃんな亡者に顔を晒したくない言うてるから表に出るのは基本ボクか、獄卒であるねこだけ」

「じゃあじゃあ! ねこって何匹居るんすか~!?」

「だいたい1億くらいちゃうか? 詳しい数値は書類見ぃへんと判らん」

「1億!? 日本の人口とほぼ同じじゃないすか!」


 羽尾さんが口をあんぐりと開けて驚いた表情になる。鬱之さんやタイヤンさんも同じように目を見開いていた。僕も同様だ。たくさんいることは知っていたけれど、1億も居るとは思っていなかったのだ。精々五千匹とかそこらへんかと……。


「ねこは亡者の数だけ居るにゃ。亡者が増えればねこも増える。減ればねこも減る。我らと亡者はいわば一心同体にゃ」

「うわびっくりした!」


 気づけばねこが隣に座っていた。顔に切り傷のついたねこだった。三途の川で話したねこと同じ個体かな?


「亡者転移の準備ができたにゃ。はよこい」

「はいはい。……あ、せや」


 天上院さんは立ち上がると、僕のほうを見た。


「朔間永夢クンだけやったら見学できるけど、する?」


 僕は……迷ったけれど、見学することに決めた。どういう感じなのか気になるし、何より亡者転移の見学できる機会は今後訪れることはないだろうから、チャンスは今しかない。


「行きます」


 そう言うと、彼は満足そうに笑った。


 橋の隣にある四角の建物の中はオレンジ色の照明で照らされていた。真っ白な壁に囲まれた部屋の中心には真っ赤な鳥居がある。200㎝の人でも余裕で通れそうなくらいの大きさだ。隅には長机があり、上には羽ペンが二本置かれている。

 鳥居の中は真っ黒で、中心に渦が巻かれていた。天上院さんが言うには移住者はこの鳥居をくぐってやってくるらしい。鳥居と空間を繋ぐことは難しいようで、ベテランでも30分はかかるらしい。繋ぐ方法は聞いたけれど教えてくれなかった。そりゃそうか。

 僕は鳥居を凝視する。汚れ1つないそれはどこか神聖さを感じさせた。ここから、奈子さんがやってくるのだ。そう思うとわくわくすると同時に、どんなことを話せばいいんだろうと不安になる。ふと足元を見た。生前と違って普通に歩けることができるこの脚を、奈子さんは喜んでくれるだろうか?


「……あ、そろそろやって」


 そんなことを考えていると、天上院さんが声を出した。鳥居のほうを見ると、中央の渦が高速で回転を始める。だんだん光が強くなり、眩しくて目を閉じた。

 やがて光が納まり目を開けると、眼鏡をかけた女性が立っていた。不安げに周囲を見ている。


「あ……」


 奈子さんは僕に気づくと、喜びと後悔が混ざったような表情を浮かべた。彼女の眼を見る。……正直、なんて声を掛けたら良いのか判らなかった。

 両者の間に沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは天上院さんだった。


「ほな! 後処理があるんでさっさと出てってもらおかな!」


 明るい声でそう言うと、彼は僕の手首をつかんで外へと連れだした。続いて奈子さんも外へ連れだされる。彼女はポカンとした表情で僕の顔を見つめていた。やがて、両の瞳から涙がぼろぼろとこぼれた。


「ごめん、なさい。ごめんなさい、永夢。ごめんなさい」


 謝りながら、彼女は僕を抱きしめる。強く、強く。少し、痛いくらいに。


 ……どうして謝っているの。


 目を見張り彼女を見る。奈子さんは泣き止む様子もなく謝罪を繰り返していた。……驚いたけど、たぶん、後悔しているのだろう。彼女がしたことは無理心中だ。僕は現世に未練とか無かったから気にしていなかったけど……彼女の行いは恨まれてもしょうがないものだ。それなら、僕の気持ちを伝えなきゃ。


「そんなに謝らないでよ、奈子さん」


 奈子さんを抱きしめる。彼女はびくりと肩を震わせた。


「気が付いたらここに居たことはビックリしたけど……僕、別に貴女のことを恨んでないよ。」

「……そうなの?」

「うん。ほら僕、普通に歩くことができてるでしょ? この世界に来て、普通の人のような生活ができるようになったんだよ。だから恨んでない。……あでも、事前に相談はしてほしかったとは思ってるよ!」

「そ、それは……ごめんなさい」


 奈子さんはゆっくりと僕から離れる。眼が真っ赤に腫れていた。


「それよりさ、奈子さんに友達を紹介したいんだ」


 彼女の手を取り歩き出す。三人の下に行くとどうやら腕相撲をしているようで、タイヤンさんと羽尾さんが良い勝負をしていた。


「くっ、そ、お前っ力強すぎんだろ!」

「はっははは! これでも鍛えてるっすから!」

「……えっと」


 声をかけようかどうか悩んでいると、タイヤンさんが僕たちに気づいたようで一瞬力を緩める。その一瞬の隙を見逃さなかった羽尾さんが勢いよく倒したことで勝敗が決した。タイヤンさんは右手を抑え唸っている。どんだけ力強いんだ、羽尾さん……。


「おっ永夢クン、そちらの方が柏木さんっすか?」

「う、うん。そうだよ」

「おぉ! 初めまして、柏木さん! ワタシは羽尾アワネと申します!」

「は、初めまして。……力、強いんですね」

「えへへ、それほどでも! 配信するには体力も必要っすからね!」


 そう言って羽尾さんは照れくさそうに頭を掻いた。


「そうだ、連絡先交換しましょうよ! あっでもまだスマホ持ってないっすよね……先にワタシの連絡先を教えますね!」


 そう言って羽尾さんは付箋に電話番号を記して奈子さんに渡した。フレンドリーな彼女の態度に当惑しているのだろう、奈子さんは羽尾さんと付箋を交互に見た後、付箋を受け取っていた。

 タイヤンさんたちとも挨拶をし、僕たちは天上院さんが来るまで雑談をすることにした。


「なんで腕相撲してたの?」


 開口一番、僕は疑問を口にした。タイヤンさんと羽尾さんが顔を見合わせる。羽尾さんはとぼけるように肩をすくめ、タイヤンさんは苦々し気に俯いた。


「……こいつが急に俺の右手を掴んで、腕相撲をやろうって言いだしたんだ」

「前々からタイヤンくんとはやってみたいって思ってたんすよね! でもなかなか機会がなくて、するなら今! と」

「するなら今! じゃねぇんだよ。せめて一言言ってから手を握れ、ビビるだろ」

「タイヤンくんなら断らないと思ってたんですけど、保険って大事じゃないですか!」

「……」

「そ、それより! 柏木さんは好きな食べ物とかありますか?」


 鬱之さんが空気を入れ替えるようにポンと手を叩く。羽尾さんを睨んでいたタイヤンさんは鼻を鳴らして奈子さんのほうを見た。


「好きな食べ物、ですか……しいて言うなら簡単に食べられるものですかね。おにぎりとか」

「おにぎり! 良いですね。私もおにぎり好きです」

「奈子さんよくコンビニのおにぎり食べてたよね」

「ワタシもコンビニおにぎりはお手軽で好きっすね!」

「あんま食べたことねぇな……」

「タイヤンは自炊してるもんね」


 その後も、他愛のない話をして盛り上がった。最初は緊張していた奈子さんも落ち着いてきたみたいで、穏やかな笑みを浮かべていた。


「奈子さんは雨が好きなんすね。だったらケイウ街がおすすめっすよ! 1週間のうち五日は雨の日っすからね、ケイウ街は。永夢クンの住んでいるゲッコウシティとも近いっすよ!」

「そんな街があるんですか? ……なんというか、この国って結構なんでもありなんですね」

「確かに。物ならなんでも小さくできるのとか、最初聞いたときびっくりしたかも」

「まぁこの国に存在するのはみぃんな霊体やからな。君らもやろうと思えば小さくできんで」

「うわびっくりした!」


 後ろから声がしたので振り向くと天上院さんが立っていた。疲れているのか元からか、少し顔が青ざめていた。


「準備できたから呼びに来たんやけど、ずいぶん盛り上がっとんなぁ」

「天上院さんは晴れの日と雨の日だったらどっちが好きですか?」

「晴れやな」


 彼はそう言うと奈子さんに立つよう促した。僕らは彼女が手続きを終えるまで待つつもりだったのだけれど、かなり時間がかかるからと帰宅を促された。どれだけかかるか聞いてみると、夜までかかる場合があると言われた。


「そんなにかかるんですね」

「人によってまちまちやけどな」

「同行は可能なんすか?」

「空想世界からの移住者の場合同行は禁止されてるんよ」

「なんでだ?」

「諸事情」


 唇に指をあてて笑う天上院さんに、これ以上追及しても無駄だと思ったのだろう。皆何も言わなくなった。


「もう質問はないんやな? ほな行こうか、柏木殿」

「……少しだけ時間を貰っても良いですか? すぐ終わりますので」

「一分くらいなら」


 奈子さんは僕を見る。どうしたのだろうと思っていたら、彼女は破顔して口を開いた。


「自分が言うことではないのかもしれないけれど……貴方が幸せそうで良かった」


 そう言い残し、彼女は天上院さんと役所へ向かった。

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