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第二十六話 この気持ちは

 次の生に行くためには、生前の後悔を解消する必要がある。でも、黄泉の国の管理者は生前の後悔が何なのか教えてくれないから私たち死者は自分の後悔がどういうものなのか考察しなきゃいけない。


 私_鬱之憂病(うつのゆうや)の未練は、タイヤン(かつての幼馴染)に想いを伝えることが出来ないまま死んでしまったこと。


 真っ暗な部屋の中、私は布団の中で思考する。私はタイヤンに恋慕していた。過去形なのは、こうしてこの国で数百年を過ごした結果、この感情は本当に恋慕なのか疑問に思ったから。

 当時の私は十二歳。自分の感情に疎い子供だった。自分一人じゃこの気持ちを理解できないと思ったから姉さんに相談して、返って来た答えが恋慕という感情だった。姉さんのことは大好きだったし聡明な人だと思っていたから、姉さんが言うんだったらそうなのだろうとその言葉を信じた。

 でも、ここで色んな人と出会って、色んな物語を知って……この気持ちは恋慕ではないのかもしれないと思うようになってきたんだ。確かにタイヤンのことが好きだけど、独り占めしたいとか……キスや、それ以上のことをしたいとは思わないから。

 姉さんがこの気持ちを恋慕だと断定したのは、彼女が恋愛脳だったからなんだろう。相談した一週間後に駆け落ちした人だ。私にも本当に愛する人と結ばれてほしいと思っていても可笑しくはない。……まぁ姉さんは、無残に殺されてしまったのだけれど。

 膝を抱えて目を瞑る。頭が疲れてきた。このまま寝てしまおうかと思った矢先_。

 ポコンと、スマホが鳴った。ファンくんからだ。……どうやって私のアカウントを知ったんだろう?


 ファン:やっほ。今から会えない?


 アカウント乗っ取られてる? それとも詐欺?

 真っ先に思い浮かんだのがそれだった。だって私とファンくんはアドレス交換なんてしていないし、彼は私を嫌っているから突発的に会おうだなんて思わないはずだ。


 鬱之憂病:誰ですか?


 迷いに迷った末、送ったのがこの一文だ。すぐにファンくんから返事が来る。


 ファン:本人だよ!(;^ω^)

 ファン:アカウントはタイヤンから教えてもらったんだ(`・ω・´)

 ファン:あいつの幼馴染である君とは一度話し合ったほうが良いって思ってさ。

 ファン:ある用事でクラヤミタウンに来てるからついでに君と話そっかな~って。


 という文と共に、お願いをする三毛猫のスタンプが送られてきた。……アカウント乗っ取りや詐欺ではなさそう?

 一度話し合ったほうが良いと言っているけれどたぶん、彼は心配してるんだろうな。良家の子女であった私をこのままタイヤンと交流させていいのか。タイヤンの話だと彼、富裕層は全員ロクデナシだと思っているらしいから。

 ……それだったら会うべきだ。

 待ち合わせ場所を決めてすぐに外出準備を始める。髪を梳いて、白のブラウスに藍色のロングスカートを着る。ここ数年ずっとこの服を着ているのだけれど、そのせいか少しだけよれてきた気がする。この国にあるものは基本的に物持ちが良いけれど、それでも長時間使い続けると劣化していくのが難点だな。

 最終確認を終えて家を出る。この時間帯は明るいからか、外に出ている人が多い。待ち合わせ場所はクラヤミタウンの郊外にある小さな公園だ。人が全然居ない場所だから、話し合いにはもってこいだと思ったんだ。家からも近いしね。

 公園につくと、白髪の男性がベンチに座っていた。ファンくんだ。寒いのかな、湯気が立っている缶コーヒーを両手で持ってる。


「お待たせしました」


 そう言って近づくと、彼は相好を崩し手を振った。人懐っこい笑顔だけれど、どこか冷たい印象を抱いてしまうのは瞳のせいなのかな。


「久しぶりだね憂病ちゃん。クリスマスぶりだっけ? 何も変わってないね」

「そうでしょうか?」

「うん。停滞してる感じがする」


 へらへら笑いながら、彼はコーヒーを口に含む。悪意を感じる物言いだ。……いや、まぁ。図星なんだけど……。


「立ってるのも疲れるでしょ。隣座っていいよ」

「あ、はい。失礼します」


 隣に座ると、ファンくんは何も言わず私を見つめる。品定めされてるみたいで少し落ち着かない。


「……あの。それで、話し合いって……」

「ああ、そうだったそうだった。俺はさ、タイヤンには幸せになってもらいたいわけよ」


 ポンと手を叩き、ファンくんは話を始める。私も同じ気持ちだったけど、声には出さなかった。


「具体的に言えば、自分の気持ちを押し殺してほしくない」


 そう言って彼は私を見る。


「だから君からタイヤンに気持ちを伝えてほしいんだよ。君、どうせタイヤンのこと好きだろ?」

「どっ、すうっ」


 声が詰まる。熱が顔に集まるのを感じて両手で頬っぺたを覆った。確かに私はタイヤンのことが好きだけど、こうして面と向かって言われることはほとんどなかったから変な反応しちゃった……。でも、と私はファンくんを見る。


「わた、私は確かにタイヤンのことが好きです。でも、その……あの、えっと」


 口が回らない。吐き出す言葉が見つからないというのもあるけれど、私の今の気持ちを口に出したら失望されるんじゃないかと思ってしまって怖いのだ。でも、言わないと。


「……この気持ちは、恋慕ではないように、思うんです」

「恋慕じゃない? 本当に?」


 驚きで目を丸くするファンくん。私の言葉がそれほど意外だったのだろうか。顎に手を添え「ふーん、ほーん。恋慕じゃないねぇ……」とブツブツ呟いている。


「まぁ自分の感情なんてよくわからなくても不思議じゃないか。じゃあ、質問なんだけどさ。君はタイヤンの刑期が終わるまで待つことはできる?」

「できます」


 即答だった。私のこの感情が恋慕なのかどうか怪しいけれど、彼を1人にさせたくないという想いが本物であることだけは判っているから。

 私の即答に一瞬虚を突かれたファンくんだったけど、すぐに笑顔を浮かべる。心の底から嬉しそうにしている彼につられて私も笑みを浮かべた。


「それなら無問題だね! 俺が不安だったのはアイツが独り残されることだったからさ」

「……ファンくんが一緒に居ることはできないの?」

「あー、まぁ俺はすでに居ない人間だし……武者小路ユリアンの未練が解消されたら俺の意思関係なく転生しちゃうからな。むしろこうして君と話しているのは奇跡としか言いようがないんだよ」


 それを聴いて思い出した。確かに彼はすでに転生していて、武者小路ユリアンとして生きてきた。本当はここに居ない存在なのだ。だから余計に不安だったのだろう。またタイヤンを1人にさせるんじゃないか、寂しい思いを二度もさせてしまうのか、と。だから私と話し会いたいと言ってきたんだ。想いを伝えるなら、さっさと伝えろと言いに来るために。


「……そろそろ時間か」


 ファンくんは腕時計をちらりと見てそう呟いた。立ち上がり、私の正面に立つ。


「今後もあいつと仲良くしてくれると助かるよ。俺はほら、頻繁に会うことができないからさ」

「……もちろん、そのつもりです」

 

 力強くうなずく。少なくとも、私がタイヤンを大切な友人だと思っていることだけは確かだ。私の反応に満足したのか、ファンくんは穏やかな笑顔を浮かべる。そのまま一礼すると公園を出て行った。

 私は一人、空を見る。ファンくんとの話し合いは思ってたよりも長かったようで、月の光が薄まっていた。

 目を閉じる。ファンくんと話していて、自分のこの気持ちがなんとなくだけど理解できた。

 私は、タイヤンのことが親友として好きなんだ。

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