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第二十五話 祝福を貰った少女

「おや、そこに居るのは朔間永夢くん! こんなところで会うとは奇遇だね」


 月曜日の昼。本棚に商品を並べていると、ぽんと肩を叩かれる。ビックリして振り向くとそこには馬の耳が生えた美女が立っていた。爽やかな微笑を浮かべている彼女に、僕はどう返事をすればいいか判らなかった。


「奇遇も何も……僕がここで働いてること、知ってますよね?」


 そう言うと茶髪の美女_もといルネさんは「やや!」と声を上げた。口を丸くし、驚いたような表情だ。すぐに元の顔に戻る。


「……まぁワタシも無理のある言葉だと思っていたけどね? 実はね、永夢くんに用があって来たんだ。まだ昼休みになっていないよね?」

「これ並べ終えたら休憩してもいいとは言われてますね」

「僥倖僥倖! じゃあ自転車置き場で待ってるから、終わったらすぐに来てくれたまえ」


 そう言い残してルネさんは去っていった。僕は急いで商品を並べ終えるとリブロさんに報告して自転車置き場へ向かう。看板の前で彼女は慈しむような表情でスマホをいじっていた。誰かと連絡を取っているのだろうか?


「ああ永夢くん、待っていたよ。早速行こうじゃないか」


 僕に気づくとルネさんはパッと明るい表情になる。なんというか、人懐っこい人なのだろうな。


「ついでに昼食でも食べようか。要望が無かったらいつも利用している喫茶店にしたいのだけれど……」

「そこで構いませんよ」

「そう? それじゃあ案内するよ。パスタとコーヒーが美味しいところなんだ」


 案内された喫茶店は僕も良く利用しているところだった。レトロ風味な店内にはそこそこ客が居り、2人がけのテーブルに案内される。


「ああ、ありがとう」


 メニューを持ってきた店員の女の子に、ルネさんは会釈をしてほほ笑む。店員さんは顔を真っ赤にさせながら何度も「あああありがとうございますありがとうございます……!」とペコペコ頭を下げていた。


「聞いて聞いてルネちゃまに微笑まれた! めっちゃくちゃビジュが良い~……!」

「うん、うん。判りましたから、揺らすのはやめてくださいね……」


 カウンターに戻った店員さんは興奮しながらマスターを揺らしている。僕の視線に気づいたマスターは困ったように微笑んだ。大変そうだな……。

 一方ルネさんは、店員さんの反応に満足しているようだ。顎に手を添え、ご満悦そうな笑みを浮かべていた。


「ふふ、ふふふふふ……! ワタシはなんて罪深い女性(ひと)なのだろう。この美貌が誇らしいよ」


 この人、もしかしてナルシストかな?


「それで、僕を呼んだ理由は何ですか?」

「ああそうだったね、そうだった。君には妹に会ってほしいんだよ」


 ルネさんはそう言ってスマホの画面を見せる。そこには金髪の少女の絵があった。歳の頃は十歳だろうか。腰まであるふわふわな髪にお姫様みたいな真っ白なドレスを着ていた。穏やかな笑顔を浮かべ、豪華そうな椅子に座っている。


「生前の絵ですまないね。彼女、写真を撮られるのが嫌いだから」

「この子が、ルネさんの妹……なんですね? どうして会ってほしいんですか?」


 そう問いかけると、彼女は「ああ、えぇとね……」と顔をしかめた。言いづらい理由なのか、それとも言葉を選んでいるのかな? ルネさんはしばらく視線を彷徨わせた後、口を開いた。


「彼女_エルって言うんだけど、ちょっと特殊な子でね。なかなか友達を作ることができないんだ」


 要するに、友達になってほしい、ということだ。

 特殊な子、という言葉が気になったけれど、それを聴く前に料理が届いてしまった。ルネさんも言いづらそうにしているし、それはまた、妹さんと会った時にでも聴けばいいことだ。

 食事を終えた僕たちは、連絡先を交換して別れた。


 ・


 ルネさんの妹さんと会う約束をしてから1週間程度が経った。僕はルネさんと食事をした喫茶店で、彼女達が来るのを待った。


「やぁ永夢くん。待たせたかな」


 数分後、ルネさんがやって来た。後ろには妹さんらしき女性も居る。ふわふわな金色の髪に、赤と黒の瞳が特徴的だ。穏やかな表情からは、何も感じない。人に興味が持てないのだろうか。中世的な赤いドレスは、彼女の浮世離れした雰囲気にあっていた。


「はじめまして、人間。わたくしはエル。《真実の瞳》を持った、エルです」

「あ、は、はじめまして。僕は朔間永夢です。よろしくお願いします」


 人間と言われたことに一瞬虚をつかれたが彼女に続いて自己紹介をする。浮世離れした雰囲気だなとは思ったけれど、なんというか……人外みを感じる、というか。不思議な人だ。


「最初に言っておきましょう。わたくしは、嘘を吐く人間とお友達になりたくないのです。嘘は、気持ち悪い。見ていて気分のいいものではないのですから」


 そう言って、クスリと笑う。

 《真実の瞳》、とエルさんは言ったけれど、彼女は嘘を見抜く瞳を持っている、ということなのだろうか?


「ええ、そうです。わたくしは精霊に愛され、祝福(呪い)としてこの瞳を授かりました。そのせいでわたくしは、死んでしまったのだけれど」

「……そうなんですね」


 嘘を見抜く、というよりは思考が読めると言ったほうが正しいのではないか? と思ったけれど、初対面でそれを言うのは気分を害する可能性があるから、曖昧に頷いた。とりあえず判ったことは、彼女は嘘を吐かれるのも、嘘を吐くのも嫌いなのだと思う。じゃないと初対面で嘘を見抜く瞳を持っている、なんて言わないだろう。


「…………とまぁ、エルに友達が少ない理由はなんとなく察してもらえたかな」


 沈黙しているのに耐えられなかったのか、ルネさんが苦笑を浮かべながらそう言った。

 嘘を吐いても、それを見抜かれる。本性をどれだけ繕っても、彼女にはそれがすぐ判る。だからまぁ、友達……なんなら知り合いにだってなりたくないと、思う人は居るだろう。なんなら僕も本音を視られていると思うと緊張するから会うのにはかなり気力を使いそうだ。


「ふふ、ルネお姉さまは心配性なんです。人間が嘘を吐く限り、わたくしはお友達を欲しません。嘘を吐くお人に会っても、気分が悪くなるだけですもの」


 喋り方は穏やかだけど声色は冷たい。嘘が嫌いだから、自分も嘘を吐く_繕うようなことをしたくないのだろう。常に本音を出している。そう考えると、判りやすくて良い、と思う。


「エルさんのことはなんとなく判ったけれど、ルネさんはどうしてエルさんに友達が出来てほしいって思うんですか?」

「んふふ、良い質問ですね。本心からの疑問。それを隠すようなことをしないというのは、好感ポイント+1点です。……まぁ、問わなくてもわたくしは答えていたでしょうけど」


 満足そうだ。……この人の中で好感度はポイント制なんだな。


「黄泉の国で次の生を授かるには、生前の後悔が解消される必要があることは周知の事実だと思います」

「そうだね。調べればすぐに判ることだ」

「わたくしの生前の後悔とは、未練とは、本当の友人を作りたかった、ということです」


 本当の友人。これまでの言動から察するに、嘘を吐かない、常に本音で喋れる関係を求めているのだろう。


「詳しい説明は長くなるので省きますが、この瞳を授かったことでわたくしは、わたくしの周囲には嘘しか言わない人間しか居なかった、ということに気づきました」


 _それに絶望し、自殺した。


「意識を手放す直前、わたくしは心の中で思います。1人でも本当の友人が居たらな、と」

「そう思ったから、本当の友人が出来たら生前の後悔が無くなって転生できると思った?」

「ええ、ええ。その通りです。察しが良い人ですね、貴方は」


 幾ばくか、声が柔らかくなる。少しだけ心を開いてくれたということだろうか。


「……どうやら永夢くんと会わせて正解だったようだね。これなら本当に、本当の友人になれるかも?」


 ルネさんがホッとしたように息を吐く。エルさんは彼女の方を見て、首を振った。


「それはまだ早計ですわ、ルネお姉さま。たしかに少しだけ。ほんの少しだけ心を許しましたが、絶対に本当の友人になれるかどうかは……今後も関わっていかないことには判りませんわ」

「それもそうだね。永夢くん、どうかエルと連絡先を交換してやってくれないか。エルが好感触を見せるのはこれが初めてなんだ。どうか、どうか今後も付き合ってはくれないか」


 懇願するように、ルネさんは両手を合わせる。連絡先を交換すること、それ自体は問題ないけれど……この人と今後も付き合っていくには、認識を擦り合わせておく必要がある気がする。


「それは良いんですけど、エルさんに質問したいことがあって」

「わたくしの嘘の基準、ですね」

「……はい。それが判らないことには、本当の友人になる前に縁を切られる可能性があるので」

「ええ、ええ。良いですよ。今までこれを質問されたことはありませんでした。気分が良い。ええ、だいぶ、気分が良い」


 微笑んで、彼女は嘘の基準を説明した。

 

 _自分の気持ちに反することを口にしたら、それは嘘になる。

 _たとえ相手を気遣って吐いた言葉でも、自分の気持ちと反していたら、それは嘘。

 _わたくしは1ヶ月に3回まで嘘を吐くのを許します。3回までです。1ヶ月以内に4回目の嘘を吐いたら、縁を切る。


「これが、わたくしが求める《本当の友人》の条件です」

「相手を気遣って吐いた嘘でも、ダメなの?」

「んふふ、ええ。……と言っても、他人に対して嘘を吐くのは問題ではないのです。人間はどうしたって、嘘を吐く生き物ですからね。ただわたくしは、本音を言い合えるご友人が欲しいだけ。……これでもだいぶ譲歩した方なのですよ?」


 眉を下げ、ニヒルな笑みを浮かべるエルさん。……確かに、彼女の言い分だけ見たら1度でも嘘を吐いたら縁を切られそうだと思っていたからな。さすがに嘘ひとつ吐かない関係性を築くのは無理だと思っているんだろう。


「それでは、人間。わたくしはこれで」


 会計を終わらせ、エルさんは優雅にお辞儀をすると駅方面へ歩き出した。

 ルネさんはまだ僕に話したいことがあるようで、近場にある公園のベンチに2人で座った。風は冷たいが陽は暖かく、春が近づいているのを感じる。


「それで、話とは?」

「ああ。えぇと……そうだな。永夢くんはエルを見てどう思った?」


 どこか申し訳なさそうな顔で、ルネさんは額に手を添える。

 どう思った、かぁ……。


「浮世離れした人だなとか、異世界の住民のようにも思えるし、じ……いや、まぁ。大体そんな感じですかね」

「あはは。まぁ、そうだろうね。エルは生物が居ないような山奥で暮らしているし……生物が写っている物、例えば写真とか、動画。それに文章を見てもその人の思考が判ってしまうと愚痴っていたからね」

「そんなに強いんですか?」

「ああ。死んでから、力が強まったそうだ。だから極力人と関わらないように生きてきた。……姉として、情けないよ。本当に」


 愁いを帯びた顔でため息を吐く。そういえば……エルさんは中世的な出で立ちだったけど、この二人はいつの時代の人なのだろうか。ルネさんだけを見ると、近代の人なのかなと思っていたのだけれど。

 気になったけど、それを聴くには関係地がまだ足りないと思ったから言及は控える。ここにエルさんが居たら疑問を隠したことを咎めるのかな。


「……ああ、そうだな。キミにも一応言っておこう。ワタシ自身は、比較的最近の死者だよ。ただ生前から、前世の記憶を持っていた。だから死んですぐにエルに接触した。彼女を守れなかったことが、一番の心残りだったからね」

「教えてくれるんですね?」


 驚きで目を見張る。彼女は「いつも聞かれる質問だったから、いちおう。ね」と照れくさそうに頬を掻いた。


「前世のワタシは妹が居ることすら知らなかった。別の屋敷で暮らしていたからね。人生帳簿を確認して、ようやく知ったくらいだ。……本当に、恥ずかしいよ。今すぐにでも人生をやり直したいくらいだ」


 だから、と彼女は僕の顔を見る。その目は期待に満ちていた。


「タイヤンから話を聴いて思ったんだ。キミならきっと、エルの未練を解消してくれるって!」

「な、何の話を聴いてそう思ってくれたんですか?」


 嬉しいけど、なんだか恥ずかしいな……。


「そりゃあもちろん、嘘を吐くことが苦手そうなところだよ! 隠し事もできなさそうだしね!」


 満面の笑みで断言され、熱が顔に集中する。なんかすっごく情けない理由じゃない? それ。


「ははは! キミには申し訳ないけれど、ワタシは慧眼だったと思ったよ! 何故って? 今まで紹介してきた中で、一番機嫌が良かったからね!」


 はーはっはっは! と彼女は高笑いをする。しばらくそうしていたが、周囲の視線に気づいたルネさんは赤面しながらコホンと咳ばらいをした。


「まぁそんなわけで、キミの負担にならない範囲で彼女と仲良くしてくれると嬉しいよ。それじゃあ話も終わったしワタシも帰路につこう! では、さらば!」


 すっくと立ちあがり笑い声を上げながら去っていくルネさんを見て、僕は短く息を吐く。彼女の期待は嬉しいけれど、なんというか、どっと気力が減った気がする。帰るための気力を回復させるためにぼぉっと空を見ていると、スマホに通知が入った。エルさんからだ。


 Elle:本日はありがとうございました。今後も交友を続けてくださると嬉しいです。

 Elle:そういえば、朔間永夢様は最近死んだ人間ですか?

 Elle:であるなら、今後付き合う上で迷惑をかけることがあるかもしれません。

 Elle:その時は、どうか怒らず、間違いを訂正していただけると幸いです。

 Elle:p.s.メッセージアプリでは文の後にスタンプを送るのが流行りなのだと聞きました。よろしければおすすめのスタンプを教えてください。


 という内容のメッセージと共に、悪役令嬢のようなお嬢様が赤いバラを持ち微笑んでいるスタンプが送られてきた。どことなく、エルさんに似ている。僕は慎重に文を考えながら、彼女に返信をした。

お読みいただいてありがとうございます。

これからもがんばって続きを書いていきますので、ブクマやこの下の星でポイントをつけて応援していただけるととても嬉しいです。

どうぞ、よろしくお願いします!

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