第二十三話 旧友との再開
小学校高学年の頃、ワタシは近くにある林で遊ぶのが好きだった。木の葉の隙間から漏れる光に、新鮮な空気。青々とした木々に囲まれていると、絵本の中の精霊になったみたいで嬉しかったからだ。
「ふんふーん」
雰囲気に没頭できるように、イヤホンで幻想的な音楽を流しながら鼻歌を歌う。この林道を通った先には小さな社があって、そこの掃除をするのがこの林で遊ぶ時のルールだった。
_トントン。
「?」
林道を半分くらい歩いたころ、誰かに肩を叩かれたような気がして振り向く。でも後ろには誰もおらず、不思議だな〜と思いながら前を向いた。
「ッひ」
それを見て、ワタシは恐怖で息が詰まった。目の前には全長2mほどの黒いモヤが立っていたのだ。目であろう場所に真っ赤な眼球が見えて、その目を見た途端ワタシは走り出した。
「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
子供の笑い声が林中に響く。後ろを見ると黒いモヤはワタシを追いかけてきていた。とても早くて、ちょっとでもスピードを落としたらすぐに捕まるだろう。
「ハッ、ハッ、ひキュッ」
走る。あいつに捕まらないように。何となくだけど、あいつに捕まったらどこかへと連れ去られそうだったから。
(助けて……助けて助けて助けて助けて! 誰か、誰でも良いから!)
脳内で祈る。神様でも、仏様でも、人間でも……それこそ、妖怪でも良かった。ワタシを助けてくれる人だったら誰でも。
走っていたら分かれ道に遭遇した。ワタシは迷わず右の道に進んだ。右の道を進めば、社にたどり着くから。
(ッ社だ!)
真っ赤な、血のような色の鳥居をくぐってワタシは境内に入った。小さな社がワタシを出迎える。ここに居ればもう大丈夫だと、根拠もなく思った。
振り向くと、黒いモヤモヤは鳥居の前で立ち尽くしていた。忌々しげにワタシを睨むモヤモヤは、やがて諦めたのか霧散していく。安心して力が抜けたワタシはその場に座り込んだ。心臓がバクバクと脈打ち、冷や汗が止まらない。肝を冷やすとはまさにこのことを表すのだろう。
「…………は、はは……良かった」
その後のことはあまり覚えていない。誰かと話した気がするのだけれど、誰と話したのか、何を話したのか、どうやって帰ったのか、モヤがかかったかのように思い出せないのだ。
・
周囲を見回す。今居るこの場所はあの時、黒いモヤモヤが出た場所と酷似している。もしかしたら黒いモヤモヤが来るかもしれない。そう考えると心臓が凍ったように冷たくなる。
「……どうしよ」
どうやったらみんながいる場所に戻れるだろうか。そもそも、ここは一体どこなのか。
ここで立ち止まっててもしょうがないと、ワタシは歩き出した。疲れたし、あの時と違って急ぐ必要もないから。
廃墟☆彡ワンダーランドの看板が立てられていないかとか、老朽化した建物がないかとかいろいろ探しながら歩いていると、ふと前方に鳥居があるのが見えた。
血のように真っ赤で、鮮明な色をした鳥居。あの社の鳥居とまったく同じものだった。
「お邪魔しまーす……」
鳥居をくぐると、凍えそうなほど冷たい風から、生暖かい、初夏に流れるような風へと変化する。安心感がすごい。
「_あれ、珍しい。お客様が来るなんて」
社のほうからやってきたのは巫女服を着た狐の少女だった。腰まである赤髪に、穏やかな金の瞳。年齢は……12歳くらいかな? 掃除をしていたのだろう、竹箒を持っていた。
「……ん〜? 貴女、どこかで会ったことありますか?」
少女は首をひねりそう問いかけた。ワタシは少女をじっくりと見て、この少女は小学校高学年のときに失踪したクラスメイトと瓜二つなことに気づいた。
「間違ってたら申し訳ないんすけど、もしかしてアナタは狐ヶ崎心春チャンじゃないっすか?」
「え、どうしてぼくのことを……」
「ワタシは羽尾アワネです。アナタと同級生だった」
そういうと少女は首を捻ったあと「ああ!」とぽんと手を叩いた。
「雰囲気が変わってて気づかなかった! ……あ、君がここに居るってことはもう」
「ええ。事故で死んでしまいここに」
「事故で……そっか。それは、悲しいね」
顔を伏せ、心春チャンは声をふるわせる。
……ワタシ自身死んだことをあまり悲しいとは思っていないし、死後の世界をエンジョイしている人が多いから麻痺してたけど、死というものは本来誰かを悲しませるものだということを思い出す。少し、胸が痛くなった。
「そ、それよりもですよ! ここってどこか判りますか? 実は迷いこんでしまって」
「あーそうだったんだ! それなら案内するよ」
心春チャンは懐から黄色の珠を取り出すとワタシに手渡した。
「それを持って、ぼくについてきて」
「これは……」
「それは開拓の珠。行きたい場所までの道を作ってくれるものなんだ」
開拓の珠の効果を言いながら彼女はワタシの手をとり歩き出した。鳥居を抜けた先は川になっていて、清涼な水がさらさらと流れる音が聴いていて心地いい。
「……ねぇ心春チャン」
川に沿って歩いている途中、隣にいる心春チャンに声をかけた。彼女は上を向きワタシの顔を見る。
「んー?」
「心春チャンは、どうして失踪したんですか?」
「あー、それ聞いちゃう?」
彼女はにやにや笑いながらワタシを見る。いたずらっ子がイタズラを考えているときのような笑顔だ。
「なんでだと思う?」
「えー? ……なんだろ。事故とか?」
「ん~、残念! 不正解!」
心春チャンはカラカラと笑う。鈴のような笑い声を聴いていると昔のことを思いだす。心春チャンは誰かにクイズを出すのが好きでよく問題を出されていたから、彼女が出しそうな内容の書物を読み漁っていた時期があったんですよね。
「ぼくね、半妖なんだ」
真剣な表情で告白をする心春チャン。ハンヨウ……半妖か。
「お母さんが妖狐で、お父さんが人間。12歳まで一緒に暮らしてたんだ」
だけど両親が仲違いし、母親と一緒にこの国へやってきたそうだ。心春チャンの捜索届が出されてたんだよと言うと、彼女は驚いて「えー、なんで!?」と手で口を覆った。
「まぁ良いや。それで、一年くらい前にお母さんが死去したから一人で暮らしてるんだ」
「そうなんすね……」
「うん。……それよりさ!」
彼女はキラキラした顔でワタシを見る。
「どうして髪の色が変わってるの? イメチェン? ぼくと同じ色だね! あとさ、アワネちゃんは今何やってるの? 黄泉の国、楽しい? いつ頃この国に来たの? どこに住んでるの!?」
「多い多い多い多い!」
質問をまくしたてられ思わずツッコミを入れる。ワタシは一呼吸置いた後一つ一つ質問に答えることにした。
「配信活動をするためのキャラ付で染めたんすよ。色は……まぁ赤は派手だからって安直な考えからっすね」
「配信活動!? どんなことをやってるの?」
「ゲーム実況だったり、料理配信だったり……あと旅log動画も出したりしてますね。やりたいことをとことんやってる感じっす」
「へ~!」
心春チャンは目を輝かせる。彼女は流行りものよりかは昔のものを好んで見てたタイプだからこんなに嬉しそうに聴いてくれるとは思わなかった。
「楽しそうだけど、そういうのって色んな悩みがあるよね……アワネちゃんもそういう悩みがあるの?」
空を見る。彩度の高い青色が木々の隙間から覗き込んでいる。川のせせらぎも相まって、お盆の日を思い出すなぁ。
「あからさまに視線を逸らさないで!」
怒られてしまった。
「あるにはあるんすよ。でも、ううん……ワタシの悩みは頑張りと運しだいなところあるんすよね」
「運ならぼく、何とかできるかも」
「え”っ! ま、マジっすか?」
「叔母様に頼めば……ワンチャン……!」
彼女は力のない笑みを浮かべてガッツポーズをする。望み薄そうな顔すぎて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「それにしても、遠いねぇ」
心春チャンが前を向いてぼんやりと呟く。長い距離歩いたと思うが、未だに出口らしきものが見えてこない。
「普通だったらそろそろ鳥居が見えてもおかしくないんだけど……アワネちゃんの行きたい場所ってどこ?」
「廃墟☆彡ワンダーランドの廃村エリアっすね」
「あー、もしかして最近できた場所? だからこんなに時間かかってるんだ」
曰く、初めて行く場所はまだルートが定まっていないためルートが定まるまで歩く必要があるらしい。時間はかかりこそすれ絶対に目的地につくから安心して! と彼女は拳を握りそう言った。
「ワンダーランド系列は数があるだけに杜撰なところは杜撰だからなぁ……もしかしたらだいぶ歩かないといけないかも」
「な、なるべく早く戻りたいんすけど……」
「開拓の珠でできた道は時間の進みが止まってるから安心して!」
彼女の言葉でこの話題は終わり、ワタシたちは雑談をしながら河原を歩き続けた。
雑談の中で知ったことだけど、心春チャンが住んでいる場所はご先祖さまが作ったもので、彼女の一族は基本この空間に暮らしているらしい。そしてこの空間で大体の物事が完結するため、外に出ることは滅多にないようだ。だから心春チャンも黄泉の国の現状を知識としてしか知らないと言っていた。
「今までスマホとか要らないかなって思ってたけど、アワネちゃんが配信活動してるならお願いしてみようかなぁ」
「え”っ! わ、ワタシのためにわざわざ……!?」
「だってアワネちゃんがどんなことをしてるのか気になるし! あ、ユーザー名が判らないと見れないんだっけ。教えてほしいな」
「ぃい良いっすよ」
こういう時普段なら嬉々として教えるんっすけど、心春チャンみたいな人がわざわざワタシの配信を見るために環境を整えてくれるのは初めての経験だからだいぶどもってしまう。何すかね、この……喜びと恥ずかしさが混ざったような感情。彼女に至っては昔の自分を知っている人物でもありますし……。
一応ワタシの住所を教え、スマホを買ったときはワタシがいろいろレクチャーすることを伝えると彼女は嬉しそうに笑い頷いた。
いろいろ話をしていたら、周りの景色が一際明るくなる。金色の、人魂のような物体がふよふよと辺りに漂い始めた。これらは皆、ワタシたちと同じ方向に動いている。
「あ、そろそろ出口だね」
「この、人魂みたいなのは何すか?」
「これは……なんだろ? 出口を作る妖精? 皆判ってないんだよね。この珠を作った神様はもう力を失って消滅しちゃったし」
人魂が密集し、高さ五メートル程度の金色の壁が作られる。最後のピースらしい人魂が欠けた場所に入るとまばゆい光が発されたと思ったら金色の鳥居が現れた。鳥居の奥には丸い鏡がぷかぷかと浮いている。鏡には廃村エリアの出入り口に設置されている注意喚起の看板が写っていた。
「この鏡をくぐれば元の場所に帰れるよ」
そう言って、心春チャンはワタシの背中を押す。一歩前に出たワタシは振り返り、彼女を見た。少し悲し気に笑う彼女を見たワタシは口を開いた。
「こうして再会できたんですし、今度どこか遊びに行きましょうよ!」
その言葉を聴いた彼女は目を見開くと、花のような笑顔を浮かべた。
「うんっ。……それじゃあ、また今度!」
「はい、またいつか!」
大きく腕を振り、鏡の中に入る。ぐにゃりと視界が歪み、治ったころにはもう廃村エリアの出入り口に立っていた。
途端、スマホにたくさんの通知音が鳴り始める。慌ててスマホを見ると、永夢クン達からめちゃくちゃメッセージが送られてきていたらしい。慌てて事の経緯と無事なこと、今いる場所を送る。
再開した後、タイヤンくんにどちゃくそ怒られた。
・
心春side
アワネちゃんが無事に帰れたことを確認すると、ぼくは住居である神社に帰った。
神社は静謐としていて、誰も居ない。久しぶりに親戚以外の人に会ったからだろう、少しだけ心寂しい気持ちになる。
「……白狐叔母様、居るんでしょう?」
そう言うと、目の前の景色が歪み、一匹の白狐が現れた。彼女は目を細め、くすくすと笑う。
「あらバレちゃった。どうも隠密の術は苦手ね。すぐに見抜かれちゃうもの」
「アワネちゃんをここに連れてきたのは、貴女ですね?」
「雑談もさせてくれないの? 悲しいわ」
「いいから答えてください」
白狐叔母様の眼をジッと見ると、彼女は観念したように息を吐いた。
「ええそうよ」
「どうして怖がらせるような真似をしたんですか」
「そんなの、面白いからに決まってるじゃない♡」
舌なめずりをする彼女を見て、ぼくはため息を吐く。この人の快楽主義者ぶりはどうも苦手だ。
「あの子はわたくしが暮らしていたお社を丁寧に掃除してくれたの。だからつい、張り切っちゃった」
「……好きな人に嫌がらせをするって、小学男児と一緒じゃないですか」
「わたくしをあんな下級生物と一緒にしないで。わたくしは妖なのよ? 人の恐怖を餌にしているの。この違い、判る?」
「それより、どうしてこのようなことを?」
話を逸らすと、叔母様は不満げな顔を浮かべる。催促すると彼女は渋々と訳を話し始めた。
「貴女のためよ? お姉様の忘れ形見さんが寂しそうにしているから、ご友人さんに会わせてあげたの」
「…………なるほど」
でもそれだったら怖がらせる必要なかったよね?
「嗚呼それと、スマホはわたくしが買ってあげるわ。でも絶対に昼夜逆転とか、やるべきことを疎かにしないこと。これを破ったら没収するわね」
「急にまともなこと言わないでください!」
このヒトほんっっとうに性格がつかめない! 怖いよ!
「……でも、ありがとうございます。スマホもですけど、アワネちゃんと会わせてくれて」
「あら、それならお礼は行動で示してもらおうかしら」
「………………」
思わず顔を顰めた。絶対こき使われる! ぼくには判るんだ、こういう時の白狐叔母様の頼み事は面倒くさいものが多いから!
「わ……かり、ました……」
「ありがと♡ 嗚呼それと……あの子の運はわたくしが細工してあげる」
しぶしぶ承諾すると、白狐叔母様はニヒルな笑顔を浮かべてそう言った。




