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第二十一話 初夢

 初詣から帰ってきた日。この国に来て初めて夢を見た。とても広い花畑で一人、ぽつんと佇んでいる。空は青く澄んでいて、白いアネモネの花が咲き乱れていた。

 ここがどこなのかは知らない。でも、どこか懐かしい。そんな場所。

 とりあえず一歩踏み出そう。そう思って足を動かしたとき。


「永夢!」


 と後ろから名前を呼ぶ声が聴こえた。後ろを見ると、僕とまったく同じ姿をした少年が車いすに座っていた。違うところと言えば、目の色だろうか。この空と同じような、澄んだ青色の瞳をしている。


「久しぶり……いや、初めまして? 俺は(えい)。君の友達だった永だ」


 永と名乗った少年は僕の手を取りほほ笑んだ。その表情は喜びに満ち溢れていて、なんだか僕まで嬉しくなる。


「初めまして。僕は朔間永夢……えっと、君は僕の友達……なの?」


 疑問を解消するためにそう問いかけたのだが、永は悲し気な顔で「そっか。そうだよね」とほほ笑んだ。


「まぁ、覚えていないのも無理はないよ。俺は君が寝ているときにしか会うことができないし……君が死んでから、俺が夢に関する全ての記憶を消したから」

「え」


 目を見開く。記憶を消した、と永は言った。そんなことができるのかという驚きもあるが、どうして彼はそんなことをしたのか。


「理由はちゃんとある。この国では基本的に夢を見ることができないんだ。君は俺……夢の世界のことを愛していた。未練は少なくした方がいい。だから消した」


 すぐに永はその疑問の答えを教えてくれた。


「理由は判ったけれど……ならなんで今は夢を見れているの?」

「それは簡単なことだ。今日は初夢を見る日だから、みんなこの日だけは夢を見るんだ」

「……そうなんだ」

「それより!」


 永がパンと手を叩く。そのまま満面の笑みで


「こうして会えたんだ。たくさん遊ぼう!」


 と言った。


 ・


 僕たちは最初、遊園地に来た。遊園地といっても簡素なもので、ジェットコースターとメリーゴーランド、観覧車にミラーハウスの4つしかない。僕の想像力ではこれくらいしか作れなかった。


「俺ジェットコースターに乗るの初めてなんだよな」


 このジェットコースターのビーグルは合計で6人が乗れる仕様になっていて、永は1番前の座席に乗った。車椅子に乗ってはいるが自分でも歩けることができるようだ。


「ほら、永夢も座りなよ」

「あ、じゃあ……君の隣で」


 僕が乗るとすぐに動き出した。ゆっくりと上へ登っていく。


「うわ〜ドキドキするなぁ……」

「そんなにジェットコースターに乗っていないけど、登ってるこのときが1番緊張するかも」

「わかるな、それ」


 そう話してたら頂上まで来た。

 下りは気を抜いたら重力で吹き飛ばされそうなほど早いし重い。安全バーを掴み、ジェットコースターが終わるのを待つ。


 夢の中だけど、こうして乗って気がついた。僕はジェットコースターが苦手なことを。


「楽しかった!」


 ビーグルから降りると、永は満面の笑みでそう言った。どうやらお気に召したようでもう1回乗ろうとしていたが、このジェットコースターは僕と永が乗らないと動かない仕様らしい。未練がましくジェットコースターを見る永を連れてメリーゴーランドに乗ることにした。


 僕が白馬、永がユニコーンを選ぶ。同時に乗ると、ゆっくりと回りだす。


「なぁ永夢。黄泉の国は楽しいか?」


 半周した頃だろうか。不意に永がそんなことを問いかける。


「楽しいよ。自由だし……何より、一緒に遊ぶ友達ができたから」

「それなら良かったよ。君は……いや、うぅん」

「どうしたの?」


 どもる永に、僕は続きを促す。渋い顔で首をゆらゆら動かしたあと、決心がついたように僕の目を見た。


「君は、今でも柏木奈子のことを愛しているのか?」


 ……何を言うのかと思えば。


「うん。愛しているよ。今までも、これからも、ずっと」

「君を殺した張本人だとしても?」

「僕はむしろ……こう言ったら誤解されるかもだけど、殺してくれて良かったって思ってる」

「どうして」

「あの人は僕を置いて逝くんじゃなくて、連れて逝くことを選んだ。それは、僕のことを深く理解していたことの証明だと思う。僕が生きるのが楽しいってタイプだったら、奈子さんは心中なんて考えなかっただろうね」

「…………願望だろ、ただの」


 永が顔を顰める。確かに願望かもしれない。でも、僕のことを尊重してくれたあの人なら、って思えるんだ。

 

 10歳の頃、無性に悲しくなって泣いてしまうことが多かった。このまま一生誰かに迷惑をかけながら生きていかないことが辛かったからだけど、当時の僕はそれが判らなくて、理由も話せずただ涙を流していた。


『永夢が落ち着くまでここに居るよ』


 僕が泣いていると、奈子さんはそう言って隣に居てくれた。僕が手を握ってと言ったら優しく握ってくれる。泣き止んでとか、どうして泣いてるの? って聞いてこないことも嬉しかった。


「奈子さんは僕のことを愛してくれた。あの人を愛する理由なんて、それで良いんだよ」

「……そうか」


 そんな話をしていると遊具が止まった。僕たちはメリーゴーランドから降りて、今度はミラーハウスに入る。……ミラーハウスにあまりいい思い出がないんだけど、永が入りたいっていうから。


「永夢! すごいなこれ、壁一面君だらけだ!」


 キャッキャと手を叩き喜ぶ永。鏡に永は映っておらず、僕だけが立っていた。


「永は……鏡に映らないんだね?」

「そうらしいな。それより出口を探そう!」


 廃墟☆彡ワンダーランドのミラーハウスとは違い、ここの鏡はピカピカと輝いていて少し眩しいくらいだ。

 出口を探し歩いていると、1面だけ永が映る鏡があった。どうしてこの鏡だけ……。


「ここで永夢は俺を騙る魔物に出会ったんだよな」


 その鏡に触れ、永は笑う。どうして永がそれを知っているのかと疑問に思ったが、よく考えたら彼は夢の産物だ。知っていてもおかしくはないだろう。


「まさか記憶を消した弊害が出るとは思ってなくてガチで焦ったよ。ごめんな、永夢」

「君のせいじゃないよ」


 永は眉を下げて控えめに笑う。


「……いちおう言っておくけど、俺は君のことを嘘つきとか、裏切り者だとか思ってないからな?」

「知ってる。あれは僕に罪悪感を抱かせるために出た言葉だろうし」


 こうして話してみて感じたがむしろ、永は奈子さんのことを裏切り者だと思っているのだろうなと感じる。それはたぶん僕を想ってのことで……だからこそ誤解が溶けてほしいと思った。


 ミラーハウスを出て、次はどうするかを聞く。すると永は頬を掻き笑った。


「最初に居たところに戻らないか? アネモネの花畑に」

「判った」


 白いアネモネ畑を想像する。すると景色が一変して僕たちはアネモネ畑に立っていた。空は変わらず晴天で、少し眩しい。


「永夢はここが好きだった」


 永は僕との思い出を語る。僕は夢の中では元気いっぱいで、色んなところに永を連れて行ったらしい。その中で気に入ったここ_白いアネモネが咲き乱れる草原を初期スポーン位置にしたのだと彼は言った。


「どうしてこの場所にしたのか、気になったから聞いてみたんだ。そしたら……」

 

『白いアネモネの花言葉は希望なんだって。この夢は僕の希望そのものだから、君と出会う場所にピッタリかなって』


「なんて言って、俺に花かんむりを差し出したんだ」


 心底幸せそうに笑う永を見て、心が暖かくなる。僕の発した言葉で誰かを幸せな気持ちにできるのなら、それが良いと思った。


「……永はさ、僕が来るのを待っている間、どんなことをしてたの?」

「いろんな場所を見て回ってたぜ。この世界は朔間永夢の想いや知識によって場所が増えたりしたからな、案内できそうな場所を探して君が来るのを待ってたんだ」

「そうだったんだ」


 永はそのまま思い出話を続けた。川の向こうにある神社へ行くために渡ろうとしたら思いきり滑って川に落ちた話とか、果樹園に行って桃を食べたり、それはもういろいろな話を語っていた。

 楽しんで聴いていると、急に目の前に木製の扉が現れた。困惑していると、永は悲しそうな顔で「ああ」と呟く。


「もう目覚める時間か」

「朝が来たってこと?」

「うん。この扉をくぐると目覚めることができるんだ」

「……くぐらなかったら?」

「くぐらなくてもやがて目覚めるが……とんでもない時間に起きることになる。二日間寝てたとかざらだ」


 永が僕の背を押す。起きろ、ということなのだろう。僕はドアノブに手をかけ永を見る。穏やかな、でも寂しそうな笑顔を浮かべている彼に向けて


「また会おうね」


 と言った。

 永はただ微笑んでそこに居た。後ろ髪をひかれる思いをしながら扉を開き、白い光を放つ場所へと飛び込んだ。


 ・


 ピピピ、というアラームで目が覚める。何か楽しい夢を見ていた気がするが、何も思い出せない。


「……なんだったっけ」


 何か大事なものを忘れてしまった気がするけど……何も思い出せない。

 僕はもやもやとした感情を抱えながら、出かける準備をするためにベッドから出た。

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