第二十話 お正月
1月1日の朝。僕はオオトリ町に来ていた。元日なだけあって人が多い。
僕がここに来た理由は紗夢さんに初詣に行こうと誘われたからだ。まだ紗夢さんと二人きりで遊びに行く覚悟がなくて迷ったが、鬱之さんと羽尾さんも来るらしいから承認した。
「あれ、エイムじゃあないか!」
西門で待っているとそんな明るい声が聞こえた。見ると、タイヤンさんとアーロンさんがそこに居た。タイヤンさんは白のTシャツに黒のジャケット、アーロンさんはタートルネックに青のコートを着ている。
「タイヤン。それにアーロンさんも。あけましておめでとうございます」
「おう。あけましておめでとう」
「俺のこと覚えててくれたのか!? 嬉しいよ!」
アーロンさんが満面の笑みで両手を上げる。嬉しいという意味のポーズ……なのだろう。
「それにしても……タイヤンってプライベートと仕事は分けたいみたいなこと言ってなかったっけ」
「あー、それなぁ……」
タイヤンさんは顰め面でアーロンさんを指さす。
「この前ので知人に迷惑をかけかねないことがわかったからな。必要最低限の交流はするようになったんだよ」
「迷惑をかけたかいがあったよ! こうして出かけることができるようになったからな!」
「そ、そうなんですね」
少しだけ会話をし、2人は参拝に行った。
数分後、紗夢さんたちがやってきたので僕たちも参拝の列に並んだ。
「みんな綺麗だね」
「え? えへへ~、そうっすか?」
羽尾さんはそう言ってくるりと回る。
三人は正月らしく振袖を着ていた。羽尾さんは桃色の振袖に白い花の髪飾り。紗夢さんは白と黒の振袖に赤いリボン、鬱之さんは紺色の振袖に桃色の帯。みんなの雰囲気にぴったりだった。
「せっかくのお正月っすからね、着飾らないと!」
「私はいいって言ったんだけどね……アワネがどうしてもって言うから仕方なく_」
「でも紗夢、振袖選んでるとき一番楽しそうにしてたよね」
「ゆ、憂病!」
紗夢さんが真っ赤な顔で鬱之さんを睨む。鬱之さんは「あはは」と笑い彼女の頬をツンツンとつついた。
「そういえば、紗夢さんとアワネちゃんって交流あったんだね」
「ハロウィンで会ったとき連絡先交換したんすよ! 色んな人と仲良くなるのがワタシの目的でもあるので!」
「後で私がちょくちょく見てた動画投稿者だったことに気づいて少しびっくりしたわ」
「あはぁ。まぁ、ワタシが顔出しするのって稀っすからねぇ」
からからと笑い、羽尾さんは手を叩いた。
「そうだ、お三方ってどんなお願いごとをするんすか? ワタシは登録者10万人達成っすかね! 10万人達成記念の黒盾が欲しいんっすよね〜」
「私は……そうね、家族が幸せに暮らせますようにとかかしら」
「私は平穏無事に暮らせますようにですかね」
「僕もふたりと似たようなものだな」
「お三方の願いもめっちゃ良いっすね!」
僕たちの番になった。お金を入れて鐘を鳴らし2拝2拍手、そして願い事を言う。
_奈子さんが無事にこの国に来れますように。
1拝してすぐに賽銭箱の前から退く。看板に示されている通り左方向へ行くと社務所があった。ここでお守りとかが買える。すでに参拝を終えていた紗夢さんが僕に気づくと軽く手を振った。
「憂病さんたちは?」
「屋台を見に行ったわ」
「なるほど。紗夢さんはここでなにか買うんですか?」
「ん〜、悩んでいるのよね。この来世祈願って書かれてるお守りがあるでしょ? 買ってから1年間、肩身離さず持っていると来世がより良いものになるっていうものなんだけど」
「より良いものに……」
それは、かなり気になるかも。
「紗夢さんはどうして悩んでるの?」
「いや、ちょっと……去年買ったお守り、飼い猫にボロボロにされちゃったから、どうせボロボロにされるんだったら買わないほうが良いかなって……」
「ああ……」
それは確かに、迷うかもしれない。
「んー……うん! やっぱやめとこう! 誤飲しちゃったらまずいから」
決心がついたらしい。紗夢さんは買わずに僕だけお守りを買い、羽尾さんたちが待っている場所に向かった。
・
「お二方~! こっちこっち!」
鸞の石像が設置されている場所まで行くと、僕たちに気づいた羽尾さんが満面の笑みで片腕をぶんぶんと振った。ぴょんぴょことジャンプをしているからか赤い髪がふわふわと上下していて、それが犬の尻尾みたいで可愛い。
「りんご飴専門店の屋台があって、いろんな味を買ったんだ。一緒に食べよう」
近くの休憩所に行き、ビニール袋からカットされたりんご飴が入ったコップを取り出す鬱之さん。プレーンからシナモンや抹茶、カラフルシュガーがかかったものなど、おそらくすべての味を買ったのだろうと思うくらいたくさんあった。
「めちゃくちゃ買ったわね……」
「こんなに食べられるの?」
「余裕ですよもちろん!」
二列に並ばせて、「ささ、どうぞ!」と嬉しそうな顔で両手を広げる鬱之さん。
プレーンを口に含むと、ぱりぱりと飴が砕ける音がした。果汁が口いっぱいに広がり、乾いたのどが潤っていくのを感じる。
「美味しいねこれ」
「SNSで有名なんすよ、この店」
最初、食べきれるのかと心配したのが杞憂だったと思うほどすぐに食べ終えた。
ゴミを捨て、屋台がたくさん並んでいる大通りに行く。元旦なだけあって人がたくさんおり、気を抜くとはぐれてしまいそうだった。
(人が……人が多い……!)
そう思いながら三人についていく。正直ついていくのに必死で屋台を見る余裕なんてなかった。
紗夢さんが僕のほうを見て、手を握った。どうしたのだろうと紗夢さんを見るとほほ笑んだ。
「こうすればはぐれる心配はないでしょ?」
彼女が僕の隣に並ぶ。彼女の手は暖かくて、少しだけ、ほんの少しだけ胸が温かくなった。
「あ、憂病、アワネ! あれやらない?」
紗夢さんは人魂すくいの屋台を指さす。黒いカーテンがかかっていてどんな店なのか想像がつかない。
暖簾をくぐると薄緑色の光が僕たちを出迎えた。客はおらず、水槽の前に黒いローブを着た店員が怪しい笑顔を浮かべながら座っている。照明などはなく、人魂の光がなかったら何も見えないだろう。
水槽は透明で、縦1m、幅は2m程度。中には色とりどりな人魂が泳いでいた。無造作に御札が貼られていて、人魂が外に出ようとすると何かにぶつかっていた。たぶん、人魂を外に出さないための結界だろう。
「やや! ようこそお客さん! よく手前共の屋台に足を運んでくださいましたね!」
店員は僕たちを認識すると大きく口を開けて笑った。歯がサメみたいにギザギザしている。
「この暖簾をくぐったということは手前共の屋台がどのようなものか気になってのことでしょう! では説明をば」
店員は懐からポイを取り出し、床に置いてあった深皿を持った。ポイは金魚すくいと同じものなのだろう。違うところといえば持ち手部分に御札が貼られていることだろうか。
「ルールは簡単! このポイで人魂をすくう、これだけです! ポイが壊れない限りいくらでもやれますよ! すくえた人魂は持ち帰りオーケー! もちろんキャッチアンドリリースも可! その場合はこの箱の中から一つだけ好きなものを貰えます!」
そう言って店員は横にあるダンボール箱を指さした。中には駄菓子がたくさん詰まっている。
「1回1クルミ! やっていきますか?」
ニヒルな笑みを浮かべて店員は4本のポイを見せびらかす。
「やろうかな」
「お、お坊ちゃんはやるようですね! お嬢さん方はどうしますか?」
「ワタシもやるっす! 憂病チャンたちは?」
「私は遠慮しておくよ」
「私は……やろうかしら」
鬱之さんは屋台から出て、羽尾さん、紗夢さん、僕が代金を支払い、ポイと深皿をもらう。
水槽にポイを突っ込む。水がないように見えるのに、水に手を突っ込んだときと同じような重さを感じた。
人魂はポイが来たのを察したのだろう。一気に集まってきた。外に出ようと必死になっているように見える。……なんだか可哀想だな。
近くに居た赤色の人魂の下にポイを移動させ、持ち上げるように上げる。水槽に出る_直前で、するりと人魂が水槽の中に落ちていった。
「おっと……惜しいですね! これにはコツがありまして、ポイにすっぽりとハマっていないとつるりと逃げてしまうんですよ!」
店員は人差し指を唇に当て口角を吊り上げる。
「こうして判定がシビアなのにも理由がありまして……この店を立ち上げた頃あのクソアマ、ん"っん! 最初のお客さんに全部持っていかれまして。難易度高くしないと商売にならないぞってことに気づいたんですよね〜!」
クソアマって言ったなこの人。
「ですが! 1匹も取れない〜って泣いてしまうお客さんが出るのは手前共も本意ではないので……人魂をすくう度に判定が緩くなります! 要するにどう足掻いても人魂が取れる屋台ですね!」
両手を広げ、パンパカパーン! と声を出す店員。
「あっ、すくえたっす」
店員のテンションに困惑していると隣からそんな声が聞こえた。見ると、羽尾さんが黄色の人魂を持っていた。
「おー! すごいですねぇ赤髪のお嬢さん! ポイの様子を見る感じ……1発成功!? こりゃあすごい、100年ぶりに見ました! 嬉しいので駄菓子あげます。どれか好きなのを選んでください!」
店員はニコニコしながらダンボール箱を羽尾さんの前に出した。悩みに悩んだ末、うんまか棒の辛子明太子味を選んでいた。
「さてさてお二人さんは人魂をすくうことができるのか! 10回すくう動作をしたら壊れる仕様になっているんで、しんちょーに!」
そう言われたらなんだかすごく緊張してきた。はたして僕に人魂をすくうことができるのだろうか? ……いや、別に欲しいわけではないんだけど。
「っよし捕ったわ!」
え? と思い紗夢さんの方を見ると、赤と灰色の人魂が皿に入っていた。これには店員も驚いたようで、大きく口を開いたまま静止していた。
「見て永夢! 2匹捕りできたわよ!」
紗夢さんは赤い瞳をランランと輝かせながら僕の方を見る。
「す、すごいね? どうやったの?」
「なんかえいってやったら2匹入ってたわ」
「……ハッ!」
店員が声を出す。
「すごい……難易度調整してから初めて2匹捕りするヒトを見た…………手前共感動! 約1400年以来の感動が脳にキて若干気持ちよさすら感じてます! たいへん嬉しいので駄菓子3つくらいあげます」
2人ともすごいな。……僕も頑張って捕ろう。
そう思って赤色の人魂に狙いを定める。この人魂はのんびりやな性格をしているのか、ポイの上でくつろいでいた。ちょうど真ん中に乗っているから、動かなければこのままいけるはずだ。
「あっ」
あともう少しのところで人魂が動き出し、するりと落ちてしまった。
「あらァ残念! でもあと3回やれば天井入りますよ! ……お、赤髪のお嬢さんは上限まで行ったようですね! どれどれ〜……合計9匹ですね! どうします? 持ち帰りますか?」
「2匹だけ持ち帰ることは可能っすか?」
「構いませんよ! では飼育セットと調理法のパンフレット、あと7つの駄菓子をプレゼントしますね!」
そんな会話を聴きながら、僕は人魂に狙いを定める。4回で人魂をすくうことができた。それは青色の人魂で、深皿に入れようとしたら思いきり頭突きされた。
「うわっ」
ぷよぷよしていて痛くはないけど、かなりびっくりした。
結果としては、羽尾さんが9匹、紗夢さんが7匹、僕が3匹だった。紗夢さんは2回2匹捕りに成功し、店員は咽び泣くほど感動していた。
「いやぁ今日初めてのお客さんがまさか2回も複数捕りに成功するとは! あまりの奇跡に手前共涙が出てきましたよ! それではお客さん方、来年もぜひお越しください!」
笑顔で手を振る店員を背に、僕たちは屋台を出る。羽尾さんが連絡をしていたらしく、大きな袋を持った鬱之さんが暖簾の横に立っていた。
「大荷物ですね?」
鬱之さんが驚きの表情を浮かべる。人魂飼育セットは店員の手作りで小型化できないらしい。だから羽尾さんと僕はでかい紙袋を持っている。紗夢さんは全部駄菓子に替えたから小さい袋だけだ。
「そっちも沢山買ってるじゃない」
「あ、はは。欲しいものはなるべく手に入れたいから、つい……」
大通りを歩きながら、気になる店を見ていく。そんなことをしていたら午後五時になっていた。
「あ、ちょっと待って」
人もまばらになり、そろそろ帰ろうかと西門まで向かっていると、紗夢さんがそう言ってしゃがみ込んだ。見ると下駄の鼻緒が切れたようで、「どうしよう」とつぶやいている。
「紗夢さん、ちょっといいかな」
彼女の前にしゃがみ、ポケットからハンカチを取り出す。五円玉を使えば応急措置できるんだけど、そもそもこの国に五円玉が無いからハンカチを使いスポーツサンダルみたいになるように結んだ。
「一応これで歩くことはできる……はず」
「あ、ありがとう」
紗夢さんは少し顔を赤らめて礼を言う。
途中ゴスゴスと背中を殴られながらバス停まで向かった。