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第十九話 ハイキング

「え、クリスマスの予定っすか?」


 羽尾さんはキョトンとした顔をする。

 今、僕たちは花畑の従業員小屋でお茶を飲んでいた。鬱之さんは仕事が残っているため、今ここに居るのは僕と羽尾さんの二人だけだ。

 

「ワタシはレースゲームをしながら一万ピースのミルクパズルを完成しないと終われない配信をする予定っす!」

「す、すごいね……頑張って」


 無事に終わらせることはできるのかという不安はあるが、彼女はそういった耐久配信は沢山しているので今回もクリアできると判断してのことだろう。たぶん。


「永夢クンはなにか予定あるんすか?」

「24日は特に、何も」


 タイヤンさんを誘ってどこかに遊びに行こうかと思っていたのだけど、すでに予定があったから断られた。だから24日は何も予定がない。正直寂しい。

 少しだけ悲しんでいると、仕事が終わった鬱之さんが入ってきた。


「なんの話をしてるんですか?」

「24日の予定っすよ。憂病チャンはなにか予定あるっすか?」

「24日? うん。あるよ」


 鬱之さんは楽し気に微笑む。これは何かあるな、と思ったらしい羽尾さんが「え〜何するんすか〜?」と彼女の肩に腕を回した。


「タイヤンと一緒に遊びに行くんです。久しぶりなんだ、あの人と一緒に遊ぶの」

「何して遊ぶんすか? やっぱホムパ?」

「ホム……? いえ、ひだまり山に登る予定ですよ」


 彼女の表情は幸せそのもので、よほど楽しみなんだなと判る。


 そんな会話があった夜。スマホにメッセージが届いているのに気づいた。差出人は……ファン。タイヤンさんの友人だ。彼とは連絡先を交換していないけど……たぶんユリアンさんのスマホから登録したんだろうな。


 ファン:ねぇねぇ24日にタイヤンくんが幼馴染ちゃんと出かけるって知ってる?

 朔間永夢:憂病さんのことですか? なら知ってます。

 ファン:うんそう!

 ファン:幼馴染幼馴染!

 ファン:それでさ、ひだまり山に登るらしくて。一緒にストーカーしに行かない?

 ファン:じゃあ24日の朝七時ごろにひだまり山の山の駅に集合ね!


 どうやら僕も行くことになったらしい。まだ何も言っていないのだけど。……まぁ暇だったしいいか。


 24日になった。時刻は六時五十分くらい。山の駅のベンチに座りながらファンさんが来るのを待つ。念のためとダウンジャケットを着てきたのだが、少し暑いくらいだ。脱ごうかな……。


「あっおーい! 早いね朔間(さくま)くん!」


 七時ちょうど、ファンさんが手をブンブン振りながらこちらに駆け寄ってきた。黒いパーカーを羽織り、小さいバックパックを背負いブーツを履いている。薄着だ。ここに来るまで寒かったろうに。


「おはようございますファンさん」

「おはよ! タイヤンたちは……あ、いた。あそこだ」


 ファンさんが指さす方向を見ると、登山装備の2人が立っていた。ズボン姿の鬱之(うつの)さんを見るのは初めてでちょっと新鮮だった。

 2人はハイキングコースから山に入っていく。僕たちは追いかけるようにして中に入った。


 ひだまり山は初心者向きの山で、かつ日が昇っているときは冬でも暖かい。それの影響かハイキングコースには結構人が居た。僕たちはタイヤンさんたちから一定数距離を取りながら登っていく。

 二人の会話は聞き取れないが、とても楽しそうだった。


「……そういえば、ファンさんは憂病さんとは知り合いなんですか?」

「一方的に知ってたって感じかな~。タイヤンとあの子が幼馴染だとは思ってなかったけど」

「そうなんですか?」

「うん。憂病ちゃん……生前はユエって名前なんだけど、俺が住んでた地域の地主の子でさ。けっこーお金持ちなんだよ。あいつがそんな子と交流があったことにびっくりしたし、良い関係になりそうなのにも驚いたよ」

「タイヤンさんはどういう……」

「父親が商人でさ、かなりアコギな商売をしてる人だった。傲慢で横柄。樽みたいな図体で脂ぎった顔に張り付くにやけ面……思い出すだけで胸やけがしてきた」

 

 ファンさんはそう言って口元を手で押さえる。そんなになのか……。

 

「まぁそんな感じでさ。クソみたいな父親に育てられたからあの時のタイヤンはま~じで性格悪くて」

「どうして仲良くなったんですか?」

「あっと、それ聞いちゃう? 俺とアイツが出会ったの、10歳くらいの時でさ。クソ親を持ってる者同士仲良くしようぜってことでいろいろやってたんだよ。…………ま~、うん。いろいろと」


 含みがあるな。何をしていたのだろうか。気になるけど、追及するのはやめておく。


「俺たちみたいな卑しい存在が貴い身分の人間とかかわりがあるわけない。そう思ってたから死後あの子と仲良くしているタイヤンを見たときはだいぶショックだったよ。裏切者だと思ったな」


 彼はそう言って快活な笑顔を浮かべる。声音と表情がかみ合ってないように感じた。


 雑談をしながら歩いていると中間地点に到着した。中間地点は大きな広場になっていて、ベンチや自販機、お手洗いが設置されている。


「あっ見て朔間くん。タイヤンたちが休憩してる」


 ファンさんの指さすほうを見ると、タイヤンさんたちがベンチに座ってお茶を飲んでいる。鬱之さんはタイヤンさんと一緒に居られて嬉しいのか、周囲に花が飛んでいるように見えるほどの笑顔を浮かべていた。

 僕たちは広場の端にあるベンチに座り2人の休憩が終わるまで待つことにした。


「2人とも楽しそうですね」

「そうだね~。何話してるかは聴こえないけど」

「……そういえばタイヤンさんって動物の耳ついてますけど、こっちの会話って聞こえてたりするんですかね?」

「たぶん聴こえてるね! 動物の耳抜きにしても頗る耳が良いしあいつ。……あ、ほら見て。こっちのほう二度見してる」


 促されるままに見るとタイヤンさんが目を見開きこちらを見ていた。そのまま鬱之さんに何かを話すと、こちらのほうへ近づいてきた。


「お前何してんだよ」


 呆れた顔で頭を掻くタイヤンさん。ファンさんは「あっははー」と笑い舌を出した。


「いや~親友殿がデートをするってなったらついていかない? 普通」

「普通じゃないしそもそもデートじゃねぇし。……永夢はなんでここに居るんだ?」

「ファンさんに誘われたので来ました」

「俺が誘いました」

「永夢、こいつに脅されてるんだったら俺に言えよ」


 僕の肩に両手を置き、深刻そうな表情でそういった。


「脅してないよ~! ……それよりタイヤンたちはこれからどうするの?」

「あ? あー、もう少し休憩したら行くけど」

「もうバレちゃったからさ、ついてっていい?」

「……憂病に許可取ったらな」


 彼は渋い顔でそういった。

 鬱之さんから許可をもらい、休憩を終えた僕たちは二列に並んで歩いていた。


「いやぁ、まさか永夢くんが居るとは。驚いたな」

「ごめんねお邪魔しちゃって……」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それに……」


 鬱之さんは後ろを振り向きファンさんの顔を見た。


「ファンくんと初めて話ができたので」

「……あー」


 彼はしかめ面でぼりぼりと頭を掻く。


「いやはや、貴い身分の方がわたくしめのことを知っていてくださるとは思ってもみなかったですねぇ」

「え、えと……」

「お前急にどうしたんだよ」


 鬱之さんが困ったように笑い、タイヤンさんが呆れた顔でそういった。


「気にしないでくださーい。それより後ろを見ながら歩くのは危険ですよお嬢様?」


 そう言うと鬱之さんは慌てて前を向いた。

 ……どうして急にそっけなくなったのだろうか。


「……えと、私何かしちゃったのかな」

「あー……たぶん、あれだ。天邪鬼」

「えー。そんなことあるけど~……別に嫌いではないよ。ただちょっと、俺の魂が金持ちを拒否してるだけで」

「そ、そうなの? 私が嫌い、とかじゃなくて?」

「アンタ自体は気に入ってるよ~。……死にざまとか」

「そ、そっか」


 鬱之さんはホッとしたようにため息を吐いた。最後のつぶやきは聴こえていなかったのだろう。……聴こえてなくて本当によかった。


 いろいろ喋りながら歩いていると、頂上まで着いた。僕たちは昼食を取ると、鬱之さんと僕は現世観測所に向かった。


「ちょっと気になってたんですよね、この機械」


 鬱之さんがワクワクした顔で望遠鏡を覗き込む。彼女がひだまり山にした理由はこの望遠鏡らしい。僕も隣の望遠鏡を覗き込む。場所は、僕が入院してた病院だ。


「……あ」


 思わず声がもれた。病院があった場所が取り潰されている。今は……おそらく、ビルを建てるための工事を行っていた。

 院長が患者を殺した上に、自殺した。潰れたとしてもおかしくはない。……おかしくはない、とは思うが。一生をそこで過ごした身からすると少し寂しく感じる。


 これ以上見るのはやめ、2人が待ってる受付近くの椅子に行く。鬱之さんは楽しんでいるようで、熱心に望遠鏡を覗き込んでいる。


「どうだった~?」


 ファンさんが炭酸ジュースを飲みながらそういう。


「住んでた場所、解体されてました」

「あ~……まぁ住んでる人が居ないと解体されちゃうよね~。俺たちんとこはもう跡形もないだろうな」


 興味なさげにそう言う彼に、タイヤンさんは「だろうな」と相槌をうった。

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