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第十五話 考える

 実の姉に会ってからしばらく。気持ちの整理はまだつかなくて、眠れない日々が続いていた。


「それで、私に相談したいと」

「……うん」


 花畑の従業員用小屋。仕事を終えた鬱之(うつの)さんがお茶を飲み、息を吐いた。


「私が役に立つのか判らないけれど」

憂病(ゆうや)さんは紗夢(さゆめ)さんと友達でしょ? だからなにか聞いてないかなって」


 そう言うと鬱之さんは「うーん」と唸りながら腕を組む。


「紗夢ちゃんは貴方のことが大好きってことは判るけど……君に好かれているとは思ってなさそうだったな」

「と言うと?」

「先に死んじゃったことで君に恨まれているんだと思い込んでる感じがするんだよね」

「それは……」


 言葉に詰まる。僕自身はもうとっくに乗り越えたと思っていたけれど、実際は違った。僕はまだ本当の家族のことを捨てきれていなかった。


「……正直、私が言えることは何も無いと思う。余計なことを言って貴方を苦しませるのは本意ではないし……あでも、自分がどうしたいかを考えればいいと思うよ」

「どうしたいか……」


 考える。

 僕は紗夢さんとどういう関係になりたいのだろうか。


「実際に会ってみるのも良いかも」

「…………それはちょっと、まだ無理かもしれない」

「そ、そうだよね。ごめん……」

「でもありがとう。また、会う覚悟ができたらお願いしてもいいかな?」

「うん、わかった」


 鬱之さんが業務に戻ったので僕も帰宅した。ベッドに寝転がり考える。紗夢さんは僕を弟のように扱うと言っていた。あの時僕が拒否してたら、彼女はどう言うのだろうか。

 思考の迷路に迷ってしまったような感覚だ。脱出することが出来なくてもやもやする。


「考えすぎて頭が痛くなってきた……」


 頭を抱えていると、スマホから軽快な音楽が鳴る。見るとユリアンさんからだった。


「も」『もしもーし! 夏祭り以来だけど、元気?』


 ユリアンさんの声だが、非常にテンションが高い。


『俺、ファンだけど……覚えてる?』

「覚えてますよ。……ファンさんはどうして電話を?」

『俺ユリアンと視界共有してるんだけどさぁ、君、ハロウィンのとき思い詰めてたから気になったんだよね。俺の思い過ごしかもしれんが』

「あー……それは」

『家族のことでしょ? あんなところで再開するなんて普通思わないからなぁ』

「……その、ファンさんはどう思います?」

『俺? 俺は、そうだなぁ。いい姉ちゃんだと思うよ。気は強そうだけど、君を愛してると感じた。俺の家族とは大違い!』ファンさんはそう言ってカラカラと笑う。

「……」

『えっギャグのつもりだったんだけど……ま、まぁいいや。それで朔間(さくま)くんはどうするの?』

「わからないです。考えれば考えるほどるつぼに入っていくような気がして……」

『あはぁ、まぁそうだよね。自分を捨てた、大嫌いな家族が本当は自分のことを愛していた、なんて……俺だったら耐えられないね!』

「そんなあっけらかんと……」

『だからさ、無理に許そうとはしなくていいと思うよ。そもそも一朝一夕(いっちょういっせき)で解決する悩みではないからね、これは』

「……そういうものですかね」

『うん。……あ、それとも俺が結論を決めた方がいい?』


 どうしてそれに至ったのか。


「一応聞いてもいいですか?」

『お姉ちゃんと話してみたらどう? 悩みの種に会って、本音をぶちまければ結論が出るかもしれない』


 本音をぶちまける。……できるだろうか、僕に。そんなことが。


『……やっぱこれダメかな。よくタイヤンから直情的すぎるって言われるんだよねぇ』

「いえ、僕にはなかった考えでした。……1回、そうしてみます」

『えマジ? 自分で言っててなんだけど、だいぶ無理やりな解決方法だと思うよ。……んまぁ、なんか糸口が見えたならいいや! じゃあまた会おうね〜』


 通話が終わった。僕はすぐに鬱之さんに連絡をする。


 ・


 後日。僕は花畑の作業員室に居た。喫茶店でも_と思っていたのだが、鬱之さんから「誰が聞いているかわからない場所でやるより私の職場でした方がいい」と言われたのでこうなった。


「……えぇと」


 目の前には紗夢さんが座っていた。緊張した面持ちで僕を見ている。


「憂病から話は聴いてるわ。……話したいことがあるんでしょ?」

「……僕、迷ってるんです」


 声を絞り出す。めちゃくちゃ緊張しているからか変な汗が止まらない。


「僕はずっと、家族は生きてるものだと思っていました」

「……えぇ」

「死んでいるなんて一度も思ったことなんてなかった。今頃本当の家族は僕を捨てたことすら忘れ幸せに暮らしているんだと、そう想像しては怒りで泣いていた」


 紗夢さんは黙って話を聴いている。


「だからあなたに会ったとき困惑した。本当の家族はみんな死んでいたこともそうだけど……貴女が、僕を残して逝ってしまったことを悔やんでいることを知ったとき」

「今までの考えを否定されたと感じた?」

「……うん。あなたが嫌な人だったら迷わず切り捨てることができた。でも実際は違った。だから、どう……すれば良いのか、判らない」


 胸が苦しくなる。動悸がひどい。気絶してしまいそうだ。


「……ごめんなさい」


 次の言葉を考えていると、彼女はそう言って俯いた。


「正直に言うとね、私、アンタが死んでも絶対に会わないって考えてたの」

「それは、どうして……」

「アンタを苦しめることになるかもしれないから。でも実際に顔を見ると、我慢ができなくて……結果こうして、アンタを苦しめることになってしまった。

 私はアンタを弟として扱うと言っていたけど、訂正するわ。アンタが、永夢が嫌だったら関わらないようにする」

「それは……っ」


 それは、なんか違う、気がする。彼女と疎遠になったらまずい気がするのだ。だからと言って彼女とどういう関係になりたいのかはまだ判らないのだけれど。


「……あの」


 そこで、黙って聴いていた鬱之さんが手を上げる。


「話を聴いていて思ったんですけど、お2人とも家族として接するか否かだけで考えてる気が……」

「「えっ」」


 2人同時に声を出す。


「どういうこと?」紗夢さんがそう問いかける。

「え、えぇと……今すぐに決めなくても、まずは友達として関わるのはどうかなぁって、思ったんだけど……」

「友達として……」

「……思いつかなかったわ、そんなこと」


 紗夢さんと顔を見合わせる。


「それじゃあ、まずは友達から始める……ってことで、良い?」

「……えぇ、そうしましょう」


 連絡先を交換して、僕は帰宅する。ひとまず及第点を見つけられたことに安心したのか、その日は安眠することができた。

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