第十四話 お、お姉ちゃん……!?
「アンタ、どうしてここに居るのよ!」
ツインテールの少女は僕の肩を掴み、怒りの表情でそう言った。困惑していると、彼女はハッと目を見開くと、悲しそうな顔で頭を下げた。
「……ごめんなさい。少し、言葉足らずだったわ。どうしてアンタが黄泉の国に居るのって言いたかったの」
そんなの、死んだからに決まっている。それを言うと、彼女は「そう。そうよね……」と悲し気な顔で俯いた。_この反応、僕の記憶に無いだけで知り合いだったりするのだろうか。
「紗夢ちゃんっ、急に走ってどうしたの?」
ひどく悲しそうな少女に何か言おうかと口を開いた瞬間、知っている人の声が聴こえた。少女の後ろを見ると、白装束を着た鬱之さんが息を切らせてこちらへ来ていた。幽霊の仮装だろうか。額に三角の白い布を付けている。死者が幽霊の仮装を? とは思うけれど、それをツッコむなら僕たちが仮装をしているこの状況からツッコまなきゃいけなくなるから反応するのはやめよう。
鬱之さんは息を整え僕たちを認識すると驚きの表情を見せた。
「あ、あれ? アワネちゃんに永夢くん? こんなところで会うなんて奇遇ですね」
「_え、知り合いなの?」
紗夢と呼ばれた少女は素っ頓狂な声を上げる。
「う、うん。……そういえば、名前は言っていなかったっけ。最近友達になった子が居るって話をしたじゃない? その子だよ」
「……なんで名前を言ってくれなかったの?」
「それは」鬱之さんは頬をかきながら目を泳がせる。「名前を言っていいのか判らなかったから……」
「……それならしょうがないか」
少女はため息を吐いてこちらを見る。その目には慈愛の情が感じられた。
「久しぶり_いえ、貴方にとっては初めましてかしら。私は朔間紗夢。貴方のお姉ちゃんよ」
「_え?」
……お姉ちゃん?
・
ユリアさんの計らいで僕と紗夢さんの二人きりで昼食をとることになった。いろいろ事情はあるだろうし、デリケートな話題を聴かれるのは嫌だろうからと。僕からしたら共通の知り合いである鬱之さんを入れて食事をしたかったけど……まぁ、同じレストランに居るから話が終わったら合流しよう。
「えっと、紗夢さんは僕のお姉ちゃん……何ですか? 本当に」
注文を終えたから早速本題に入る。正直、まだ信じ切れていない。顔だちは確かに似ているとは思うけれど、それも「姉だ」と言われたからそう思うだけかもしれないし、ただの他人の空似である可能性もある。あるいは向こうの勘違いか。
「ええそうよ。でもそれを証明できる証拠はない。だから明日、役所で書類を持ってくるわ」
彼女は手を胸に添え、真剣な表情で肯定した。僕が己の弟だと信じて疑っていない目だ。証拠は確かに見たい。だけど、彼女が本当に僕の姉だとしたら僕が申請しても書類が見れるはずだ。
「いや、そこまでしてもらわなくて結構です。貴女が本当に僕の身内なら、僕にもそれを確認できるだろうから」
「それもそうか。それなら、何か質問したいことは? 私が判ることなら全部教えてあげる」
質問か。そんなの1つしかない。でも彼女が知っているかどうか……いや、でも聞いてみるだけ聞いてみるか。
「貴女はいつ死んだのか、そしてどうして貴方たちは僕を捨てたのかを知りたい」
「私が死んだのは五歳の頃。それと……アンタは私が自分を捨てた後に死んだと思っているようだけど、逆よ。私とお母さんが事故で死んじゃったから、お父さんは幼なじみにアンタを託して自殺したの」
少し悲しそうに紗夢さんはそう言った。彼女が嘘を言っている様子はない。
「託した、ですか」
「……私も、お父さんの選択が正しいことだとは思っていない。だから私が代わりに_」
「謝らなくても良いですよ。あなたがした選択じゃないので。それに、謝られてもかえって迷惑なだけです」
「……そう。そうよね」
彼女は傷ついたかのように顔をしかめたが、すぐに気丈な顔になった。
「他に聞きたいことは?」
「聞きたいこと……母親もここに居るんですか?」
「ここに、というのが黄泉の国って意味なら……ええそうよ。今は何をしているのか判らないけれど」
「そうですか」
紗夢さんは深呼吸をすると、緊張した面持ちで口を開いた。
「まぁアンタからしたら今更なんだって話だと思うけれど、この国では家族としてアンタに接するから、よろしくね」
「……そうですか」
_と、ここまで話したところで料理が来た。僕たちは無言でそれを食べ、レストランを出た。
・
羽尾さんたちと合流し、2人と別れた僕たちはまだ乗っていないアトラクションやショーを楽しんでいた。3時頃、スピーカーから園内放送が流れる。
『16:30に中央広場でハロウィンパーティを行います。参加予定の方は受付にてチケットをご購入してください』
「あ、そろそろっすね。行きましょか」
中央広場までバスで行き、受付でチケットを買う。チケットは3クルミで買うことができた。
立食パーティー式のようで中央には様々な料理が並んでいた。カボチャがメイン食材らしくカボチャを使ったパイやピザ、ケーキやクッキーがあった。
会場にはすでに大勢の客が居て、すでに食事を始めている人や談笑している人、会場の端にあるゲームコーナーで遊んでる人など、皆楽しみながらパーティが開くのを待っていた。
自分が食べれる分をよそって食べていると会場の奥にあるお立ち台に吸血鬼のコスプレをしたツートンカラーの男性が立った。ひだまり山で会った人と同じ人、だろうか。
「今日はハロウィン☆彡ワンダーランドのパーティに参加してくれてありがとう。ボクは天上院エンマ、この国の管理者や」
その名前を聞いた途端会場がざわついた。「本物初めて見た」とか「仕事サボって来たんじゃないだろうな?」とか色々な言葉が飛び交っていた。
「今年のパーティもどうか楽しんで。それじゃ皆、グラスを掲げて……HappyHallowe'en!」
「HappyHallowe'en!」
参加者はそう言って近くの人たちとグラスを合わせた。
天上院エンマがお立ち台から降りる。こっからは参加者は交流したり、ゲームをしたり、食事をしたり自由に行動して良いらしい。僕は受付近くの椅子が並んでいる場所に座って食事をしていた。するとユリアさんが隣に座った。顔が青ざめている。
「大丈夫ですか?」
「ここに居ればなんとか」
彼は紫色の、多分ぶどうジュースを飲むと大きく深呼吸した。
「昼のこと、謝りたいと思ったんです」
「昼?」
ユリアさんのその言葉で思い出した。確か、生前の苦しみがどうたらって内容だったはず。
「あの時、私は踏み込んだ質問をしたのに、望んだ答えが返ってこないからと不躾な態度をとってしまいました」
「ああ……別に謝らなくてもいいよ。気分を害したわけじゃないし」
「それでも言わせてください。申し訳ございませんでした」
「……うん。じゃあ、これでこの話はおしまいってことで良いかな」
「えぇ」
そこで会話が途切れた。僕は皿に残った食べ物を食べている。今食べているのはローストビーフだ。柔らかくて噛みやすく、胡椒がよく効いている。
「……あの、永夢さん」
「どうしたの?」
「貴方は、愛している人がこちらへ来たらどうしますか?」
愛している人……奈子さんは今、魂の治療をしている。治療が治って、こっちに来たら……。
「迷わず抱きしめるかな。そして今までの感謝の言葉を伝えるんだ」
「_なるほど。私は……どうするのでしょうね」
「ユリアさんも、愛する人を置いて逝ったの?」
「えぇ。幼馴染であり、恋人でした。夏の日、私たちは大喧嘩をしたんです」
彼は遠い目をしながら境遇を話し始めた。あの日のことを思い出しているのだろう。
「それで私、絶縁されたんです。二日くらいは彼女に非があると思っていたんですが、冷静になって考えると喧嘩の原因は私にあって……だから彼女に謝るため家に行きました。結果は……ダメでした。彼女はまだ怒っていて、聞く耳を持ってくれませんでした。それでショックを受けながら帰路についていた時、車が来ていることに気づかずに死んでしまったのです」
「……」
「私……私は、迷っているんです。80年後彼女がここに来た時……私は、彼女と会っても良いのか_いえ、会いたいんです。ですが、あの時みたいに拒絶されるのが、怖い」
彼の生前の苦しみはそれなのか。何か気の利いたことを言ったほうが良いのだろうか。でも、迂闊なことは言えない。
「……はは、別に気の利いたことなんて言わなくていいんですよ。これは自分で乗り越えるべきものだから」
「そう、ですか」
「すみません、色々と言ってしまって。あなたと居るとなんだか、赤裸々に語ってしまう」
そう言うと彼は苦笑する。
ユリアさんはしばらくここで休んでいるようなので彼と別れてゲームコーナーに向かう。そこでは羽尾さんが参加者らしき男性と対戦ゲームをしていた。どうやらシューティングゲームで、点数が高い方が勝ち、というルールらしい。
「あ、永夢くん。君はなにかやる?」
話しかけようか迷っていると、大きなジャック・オ・ランタンのぬいぐるみを抱えたユリアンさんがそこに居た。
「ユリアンさん。そのぬいぐるみ……」
「クレーンゲームの景品だよ。兄さんにプレゼントしようかと思って」
他にもいろいろあるよ、と言いながらユリアンさんはカバンをガサゴソと漁る。出てきたのはお菓子が詰まった袋だった。
「これあげる」
「えっ良いんですか?」
「うん。あと3袋あるし」
にこやかな顔でカバンから3つの袋を取り出す。全部の袋にお菓子がみっちりと詰まっていて、正直恐怖した。何したらそんなに手に入るんだ……。
「それで、永夢くんはなにかゲームする? ゲーム代はチケットに含まれてるから無料でいくらでも遊べるよ」
「あーいや、僕は良いかな」
「そう?」
ゲームコーナーを離れた僕は再び会場の隅の椅子に座り食事をしていた。結構歩いたからかお腹が空いてたまらない。
「隣、良い?」
紗夢さんがそう言って隣に座る。聞いた意味……。
「ねぇ永夢。アンタ、ここで暮らしてて楽しい?」
「何さ突然……まぁ、楽しいよ。友達も居るし」
「そう」彼女は微笑む。「それならよかったわ」
「紗夢さんはどうなの?」
「まぁ、楽しく暮らしてるわ。……本当に死んでるのか疑問に思うくらいには」
確かにそうだ。最初ここに来たときは自由に歩けるということが嬉しくてあまり考えていなかったが、黄泉の国と聞いて思い浮かぶものといえば地獄か何もない寂れた場所と思っていたから……現実と何ら変わらないことに今更ながら疑問を抱く。
「……私、私ね。正直、アンタと再会できて嬉しいのよ」
「どうして?」
「正直心残りだったのよ。アンタが幸せに暮らせるかが。永夢が産まれた時さ、本当に嬉しくて……仲良しな姉弟になりたいな、とか。意地悪されてたら守らなくちゃとかさ」
「……でも実際は」
「そう。事故で死んじゃった。本当に悔しくてさ。あの双眼鏡でアンタを見たとき……酷く退屈そうにしてて、苦しくて」
「……」
「でもこの国でアンタが幸せなら、良かった。本当に」
そう言って笑いながら涙を流す紗夢さん。この人は家族思いなのだろう。……本当に、悲しいことに。
僕は本当の家族が死んでるなどと考えたことは無かった。ただ障がい者である僕を疎ましく思い、捨てたのだと……そう思い込むことで家族への未練を捨てた。僕には奈子さんが居るから大丈夫だった。
彼女が本当に僕の姉で、さっきの話が真なら……それは悲しいことだ。心の奥底に深く深く押し込んでいた"本当の家族と幸福に暮らしたかった"という感情が、消えたと思い込んだ感情が湧き上がってくる。
「ああ……くそ、なんで」
小さく声が漏れる。
正直に言えば、こうして本当の家族に会えたことが嬉しい。嬉しいけど、今更会いたくなかった、という気持ちも本当だ。
「永夢?」
紗夢さんが首を傾げる。その目には心配の色がうかんでいた。
「紗夢さん」
「……どうしたの?」
「僕、ちょっと気持ちの整理をつけたいので、帰ります」
「え? あっちょっと」
立ち上がり、会場の外に出る。日はもうとっくに沈んでいて、ほとんどの客がゲートに足を向けている。その中には家族連れもいて、胸が痛む。
レンタル屋で借りた服を返し、バスに乗り込む。
「……勝手に帰っちゃったこと謝らないと」
メッセージアプリで羽尾さんに気分が悪くなったため帰ったことを伝え、謝罪する。返事はすぐに来て、お大事にというスタンプが送られてきた。
翌日、僕は役所で血縁者を調べてみた。結果、紗夢さんは本当に僕の姉で、半年前まで母親である朔間紗雪と一緒に暮らしていたらしい。父親の朔間歩夢は現在魂の修復のため別の世界に居る。
「……」
僕は、どうすればいいのだろうか。
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