第十話 現世を見ることが出来る双眼鏡
黄泉の国には現世を見ることが出来る双眼鏡がある。この双眼鏡はひだまりタウンにある山の頂にあって、1クルミで5分間、任意の場所を見ることが出来る。
僕はその双眼鏡を目当てにひだまりタウンに来ていた。ひだまりタウンは太陽が登る時間が長いためそう呼ばれている。いつでもポカポカと暖かいらしい。
双眼鏡はこの町の中心、ひだまり山のてっぺんにある。頂上まで向かうには登るか、ロープウェイを使うかの2つがある。僕はロープウェイを選んだ。ロープウェイに乗っている間、僕は今日ここに来た理由を思い出していた。
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「現世を見ることが出来る双眼鏡って知ってるか?」
昼下がり。公園のベンチでタイヤンさんと駄弁っていると、ふと彼がそんなことを聞いてきた。
「現世を? 聞いたことないかも」
「二十年くらい前にできたものでな。1クルミで五分間、任意の場所を見ることが出来るんだ」
「へぇ……タイヤンは見たことあるの?」
「否、俺は無い。ただ同僚が良く行っていてな」
タイヤンさんが言うには、最近その双眼鏡に新しい機能が追加されたようだ。個人を追跡することができる機能で、現世に残した家族を心配していた人に好評らしい。
それを聴いたとき、僕はふと、奈子さんのことを思い出した。奈子さんは僕を殺した後、どうなったのか知らないから……その双眼鏡を使えば、奈子さんが今どうしているのかが判るのだろう。
「ほら。お前、最近死んだんだろ? 今どうしているか知りたい人が居るんじゃないかと思ってな」
「……確かに居るよ。ありがとうね教えてくれて」
明日は土曜日、休日だ。思い立ったが吉日とも言うし、明日その双眼鏡がある場所へ行ってみよう。
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紅葉を眺めながら頂上まで着くのを待つ。思えばこの国に来てからもう二カ月が経過している。その間、僕は奈子さんたちのことを考えずに過ごしてきた。過去よりも未来を見ていたかったのもあるけど_もし奈子さんが僕を殺した後幸せに生きていたらと思うと悲しくてしょうがないから、考えないようにしていたのだ。だけど、そろそろ生前のことに清算をつけたい。そのためには奈子さんが今、何をしているのかを知る必要がある。
ロープウェイから降り、駅を出る。頂上は開けていて、売店が何店舗かあり、中心に白い建物があった。入り口の横には「現世観測所」と書かれた看板が立てかけてある。中に入ると受付があり、スーツを着た女性が立っていた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「双眼鏡を使いたいんですけど……」
「承知しました。奥の部屋に入ると係の者が居りますので、そこで説明を受けてください」
1クルミを支払い、木の板を渡された僕は奥の部屋へ入った。北の壁が鏡張りになっていて、その場所に双眼鏡が5つ設置されていた。係の人を探すと、スタッフルームらしき場所からサングラスを付けた男性が出てきた。髪が金色と青色のツートンカラーになっていて、赤が基調の柄シャツにストライプスーツを着ている。どことなく胡散臭い人だ。この人が係の人なのだろうか? と思い声をかけようとすると、男性はにこやかな顔で手を振った。
「あー、ボクはここの職員やないよ。ちっと用事があってここに来ただけや。ここの担当はしばらく席を外してるからそこのベンチで待っとって」
「あ、そうなんですね。教えてくれてありがとうございます」
嘘を吐いてる雰囲気は無かったので感謝の言葉を述べてベンチに座る。すると男性も隣に座った。すごくこちらを見てくる。なんなのだろうか。
「あの、何ですか?」
「キミはなんでここに来たん?」
「え、どうしてって……」
どう答えれば良いのだろうか。隠さず喋るにしても、何故初対面の人にそれを知られなきゃいけないんだって話だし……まぁ、無難なので良いか。
「現世の様子がどうなっているか気になったので」
「へぇ! 珍しい。それだけのために来る亡者ってあんま居らんのよ」
……なんか隠さずに話せって言っているみたいだ。そもそも何故この人はそんなことを知りたいのだろうか?
「別に言いふらしたりせぇへんから、本当の理由言ってみ? 茶化したりもしないよ!」
「なんでそこまで知りたいんですか?」
「仕事柄黄泉の国の住民がどういう理由で施設を利用してるのかが気になるんよ。ね? ええやろ?」
仕事柄_この人は役所の人なのだろうか。なら気になるのも納得だ。……まぁ、それなら言っても良いか。
「家族が今どうしているか知りたいんです。だから来ました」
「へぇ~家族ねぇ! キミも追跡機能を知って来たタイプ? あれねぇ、結構自信作なんよね。本音を言えばもっと宣伝したいんやけど……シンコウちゃんに止められとってなぁ」
「そうなんですね」
「つかそれなら別に担当待たんくても良くない? ボクが教えてあげるからさっさと見ようや! 感想聞きたいし!」
彼はそう言うと僕の手を掴み双眼鏡の前まで引っ張った。そしてそのまま双眼鏡の使い方を説明される。観測したい人や場所を隣にある機械で設定してから双眼鏡を見れば良いらしい。タッチパネルで彼女の名前を検索すると、数名の人が一覧に出てきた。隣に顔写真があり、彼女の写真が出るまでスクロールするが、居ない。どういうことなのだろうと首を傾げていると、隣で見ていた男性が「ああ!」と声を上げた。
「な、なんですか?」
「その子、すでに死んどるよ」
「あ、そうなんですね_え?」
死んでる? 奈子さんが? すごくさらっと言うから流しそうになったけど、今とんでもないことを言わなかった?
「ど、どういう……」
「文字通りの意味やで。朔間歩夢の友人である柏木奈子は朔間永夢を殺した後に自殺した。これは現世を見ることしかできないから一覧に出なかったんだ」
「……じゃあ、この国に奈子さんが居るってことですか?」
「まだ居ない。彼女はここに来た時魂が不安定な状態だったからな。今は修繕中なんだ」
「修繕中……」
ダメだ、奈子さんが死んでいるらしいことがショックで何も理解できない。この人は何を言っているんだ? ……否、もしかしたら僕を揶揄っているだけかもしれない。でも声色は本当っぽいし……。
「ボクが言ってることはすべて真実だぜ? ま、信じることが出来ないのはしょうがない。誰だって愛する人には生きてほしいらしいからね」
肩をすくめて首を振る。
「どうせなら質問に答えてあげよう。ここで会ったのも何かの縁だしな! ……あ、ボクが喋ったってことは他言無用でお願いするぜ? シンコウちゃんに怒られるから」
「奈子さんはどうして死んだんですか?」
「柏木奈子は46歳の夏に病気で死ぬことになっていた。彼女はそれを知ったとき、キミのことが心配だったんだろうな。悩みに悩んだ彼女はキミを殺し自殺することで後悔を無くそうとした」
……そんなことが。だから彼女は僕を殺したのか。
「……じゃあ、奈子さんとはいつ会えるんですか?」
「それは未定としか言いようがないな。個人差があるからね」
「そうですか……」
これ以上この人に聞くことはない。彼もそれを感じ取ったのか、へらへらと笑い「もう聞くことはないカンジ?」と言った。
「それなら双眼鏡の分の金はボクの質問代ということにしよう。それで問題はないな?」
「……まぁ、問題はないです」
「それじゃあこれ謝金ね」
彼は懐から財布を取り出すとそこから札束を取り出し僕に手渡した。謝金? 僕はこの人に何かしただろうか……。
「キミと出会ったことでこの機能についての問題点が見えたからな。それの礼や」
「否、それにしては多くないですか? ……30クルミ!? そこまでもらう道理はないんですけど」
「ボクからすればそれくらい払っても良いほどの収穫やったからな。まぁまぁもらっといてや」
「わ、かりました……」
お金を財布に入れ、施設を出る。想像とは違ったけれど、知りたいことは知れたから良しとしよう。時計を見ると午後2時半をさしている。僕は売店で焼きそばを買った。美味しかった。
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