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第一話 死んじゃった!

 爽やかな風が吹いている。空は晴天で、雲1つなかった。

 草原が、一面に広がっている。

 僕は草原の真ん中で突っ立っている。裸足だからか、足の裏がとても冷たい。僕は空を見つめながら独り言ちた。


「ここ、どこだろう……」


  朔間永夢(さくまえいむ)。これが僕の名前だ。血のつながった家族は居らず、養母が居る。下半身不随で幼い頃からずっと養母の運営する病院で暮らしていた。

 現実に希望が持てない僕は夢の世界に逃げていた。夢でなら、自由に歩くことができるし、空だって飛べる。行きたいと思った場所にも行けるし、夢の世界に居る生物たちと交流もできた。僕にとって夢は現実だったんだ。

 だから今日も、朝食を取った後すぐに寝たんだ。今日はどんな世界を旅するんだろうってわくわくしながら。でも、今日の夢は少し違った。

 まず、起きているときのように意識がはっきりしている。いつもは眠たいときのようにぼんやりとしているのに。

 次に、視界がクリアだ。いつもなら周囲が黒くなっていてぼやけているのに。

 あと、疑問に思うことと言えば触覚があることだ。地面を触ってみたけど、ちょっと湿っていて冷たい。

 ……まぁ、今日の夢はたまたまそうだった可能性はあるけど。


「……とりあえず、探索しよう」


 一歩一歩、踏みしめて歩く。ある程度探索したが、見つけたのは川だけだった。川の向こうには城壁のような白い壁がある。

 渡ろうか、そう思い一歩を踏み出すと__。


「あの、辞めたほうが良いですよ」


 という女の子の声とともに腕を掴まれた。後ろを見ると、紺色の髪をした少女が立っていた。光の少ない赤銅色の瞳が僕を見つめている。


「三途の川を渡るときは、橋の近くにいる案内人に許可を取らないと」

「そ、そうなんだね……って、三途の川?」

「? え、えぇ……三途の川……」


 僕が困惑の表情を浮かべると、女の子も困惑の表情を浮かべる。三途の川……って、あれだよね。あの世とこの世を隔てる川。この川が……?


「だいぶイメージと違うんだけど……」

「私が来た頃は貴方の言う”イメージ”と同じでしたよ。最近経営方針が変わったそうで、死者が夢と希望を持って黄泉の国へ行けるように、と今のようになったそうです」


 夢と希望? 死んでるのに? 否、というか黄泉の国? 三途の川、黄泉の国、つまりここって……。


「ここは黄泉の国です。貴方が死んだかどうかは判らないけれど……ここに居るってことは、そういうことです」


 僕の疑問に答えるように、彼女はそう言った。


 ・


「つまり……僕は死んで、ここに来たってこと?」

「えぇ、おそらくは。川の案内人に聞けば、貴方は完全に死んでいるのか、それとも帰れる可能性が残っているのか判りますよ」


 彼女は僕が理解するまで丁寧に説明をしてくれた。ここはあの世とこの世の狭間で、三途の川を渡れば黄泉の国に行ける。


「なるほど……ありがとう。……ところで、君の名前は?」


 そう言えば、彼女の名前を聞いていなかった。彼女は困った顔で明後日の方向を見ると、僕の顔を見た。


「それは……先に、貴方の名前を知ってからでも良いですか?」

「あ、そ、そうだね。ごめん。僕は朔間永夢です」


 名前を言うと、女の子は僕の名前を復唱する。そして何かを思い出したかのように目を丸めると、僕の手を取った。


「名前を教えてくれてありがとう、朔間さん。私の名前は鬱之憂病(うつのゆうや)と言います。……一つ、質問をしても良い?」

「う、うん。良いよ」


 質問? 急に手を取られたことにも驚いたけど、何を聴かれるのだろう……答えにくい質問じゃなかったら良いな。


「貴方には、お姉さんが居ますか?」


 お姉さん。お姉さん……兄妹が居るか、ってことかな? ううん、すごく微妙な質問が来ちゃったな……答えにくい質問ってわけではないけど、答えやすい質問ってわけでもない。どう言えばいいかな……。


「ごめん、判らないかも……」


 これが僕にとっては無難な答えだった。うん、僕には兄弟がいるかなんて判らない。嘘は言っていないし、彼女は察しが良さそうだからこんなあやふやな答えでも問題はないだろう。多分。

 鬱之さんは嬉しさと当惑が混ざったような顔で感謝の言葉を述べると「それじゃあ、案内人が居る場所まで案内しますね」と言った。


 ・


「朔間永夢は完全に死んだにゃ。もっと早く来ていれば戻れたのににゃ~。ご愁傷様にゃ」


 手足が棒になっている落書きのような猫がそういって笑った。ずいぶん憎たらしい顔で笑うな、この猫。


「渡るならさっさと渡れにゃ。本来なら可愛く格好良く美しいガイドねこが派遣されるにゃが、住民と一緒に居るなら免除するにゃ~。知り合いを作るのが早すぎるにゃ。たらしかにゃ」

「言い方!」

「そんなに怒鳴るなにゃ。さっさと渡れにゃ。今ならまだ役所が空いてるにゃよ~」


 役所。多分、橋の先にある木製の建物のことを指しているのだろう。このままここで屯していても時間の無駄だから橋を渡り役所の中へ入った。


 役所にて、個室に通された僕はダブルベッドで横になっていた。どうしてこんなことになっているのかと言うと、住民登録をするには死因を書く必要があるらしい。でも僕は”死んだ”ことは判っても”どうして死んだのか”が判らない。だからこの死因確認部屋で死因を確認する。

 三途の川に居た猫と同じ見た目の猫がVRゴーグルを僕の頭に装着する。カウントダウンの後、僕の意識は画面へと吸い込まれていった。


「永夢!」


 兎が僕の名前を呼んでいる。兎の頭を撫でていた僕は「どうしたの?」と言った。そのまま二人は他愛のない会話を繰り返す。……これ、僕の夢だ。この日はこの子と遊んでたんだっけ。と他人事のように思っていると、僕は立ち上がり近くに現れた扉の中へと入っていった。現実世界へと帰っていったのだ。そこで視界は暗転し、病室へと変わる。

 灰色の髪をした子供がベッドを動かし起き上がる。長い前髪で表情は見えないが、多分、いつものように死んだ目をしていたんだろうな。他人のように自分を見るなんて新鮮だ。窓を眺めていると、白衣を着た黒髪の女性が入ってきた。僕の養母であり、担当医である柏木奈子(かしわぎなこ)さんだ。


「気分はどう? どこか苦しいところや痛いところは?」

「気分は……いつも通りで、苦しいところとかは無いです」


 そんな感じの質問が何個かあって、僕はそれに1つずつ答えていく。回診が終わり、奈子さんは病室を出た。カメラはそのまま奈子さんを追跡する。

 この映像は僕の死因を映し出すものだ。つまり……奈子さんが僕の死因に関係しているということなのだろう。

 奈子さんは配膳車から僕の分の朝食を手に持った。僕の分の朝食は奈子さんが運ぶことになっているからそこは別に気にならない。奈子さんは人けのない場所で麦茶に何か薬らしきものを入れた。何を入れたんだろうと思っていると”眠るように死ねる薬”という字幕が現れた。つまり、僕の死因は薬殺ってことか。

 場面は変わり、僕が朝食を食べているシーンが映し出される。朝食を食べ終えた僕はそのまま眠りにつき……そこで画面は途切れた。

 

 VRゴーグルが外され、白い天井が視界いっぱいに広がる。先ほどの映像が本当だったら、奈子さんが僕を毒薬で殺したということだ。……どうして奈子さんは僕を殺したんだろう。奈子さんは父親から僕の養母になることを頼まれたのだそうだ。奈子さんと父親の関係性は判らないけど……もしかしたら、僕を疎ましく思っていたのだろうか。だから殺した……理由が何であれ、信じていた大人に殺されたというのはだいぶショックだ。


「さっさとどくにゃ」

「う”っ」


 ショックを受けていると、猫に蹴られてベッドから落ちた。僕の初めてのキスはどうやら床になったようだ。なんてふざけないとだいぶ精神がシンドイかも。

 養母に殺された上手足が棒の猫にベッドから蹴落とされた……。ダブルベッドの真ん中で寝てたのに、筋肉なんてなさそうな棒の脚で蹴り落された……どんだけ力が強いんだ、この猫……。


「うちらからすればショックを受けたなんてクソどうでもいいにゃ。次があるからさっさと部屋を出るにゃ」

「わ、判りました……」


 外に出ると鬱之さんがこちらに駆け寄ってきた。


「死因、判りましたか?」

「うん……」

「それなら良かった。これで住民登録ができますね」

「そうだね……」


 鬱之さんに助けてもらいながら住民登録を済ませ、1000クルミと住民カードを手に入れた僕たちは住宅街へと来ていた。この世界だと通貨単位はクルミらしい。鬱之さんが言うには現実世界と被らないような単語を選んだようだ。


「なんというか、現実世界とあまり変わんないね」


 モンスターを見かけることはあるけれど、建物とかお店は現実にあるのとそう大差ない。写真集で見た憧れの場所を自分の足で回ることができるなんて、生きてた頃は考えられなかったかも。


「そうですね。私は六百年ほどここに居ますけど、下の世界が発展する度にこちらも発展していったんですよ」

「連動してるってことなのかな?」

「そういうことです」


 鬱之さんは頷きながら、机の上に地図を置く。この地図にはどんな町があるのか、その町はどんな特徴があるのかが書かれていた。


「ここから気になる町を選んだらその町に行きましょうか」

「うん。……ところで、どうしてそんなに良くしてくれるの?」


 ふと気になり、鬱之さんに質問をする。僕と鬱之さんは赤の他人で、こんなに親身に手伝ってくれるほど彼女に得があるように見えない。


「私のお友達と貴方の顔立ちが似ているんです。あの子には弟が居て……もしかしたら、貴方とあの子には何かしらの血のつながりがあるんじゃないか、って。根拠も何もないんだけどね?」

「そ……っか。ありがとう、教えてくれて」


 ただの他人の空似だろう。そう思ったけど、言わなかった。理由が何であれ、右も左も判らない状況だと鬱之さんのようにいろいろと教えてくれる人は居たほうが良い。


「あ、この町気になるかも」

「じゃあそこに行きましょうか。不動産屋さんに連絡しますね」


 僕はゲッコウタウンという町にある物件を選んだ。駅から徒歩十分のところにあるマンションで、家賃は1クルミとだいぶ安い。クルミの単位を鬱之さんに聞いたら「1クルミがだいたい千円か1万円くらい……ですかね? たぶん……」と何ともあやふやな答えが返ってきたが、まぁ、だいぶ安いことには変わらない。

 鬱之さんから新生活に最低限必要な物と鬱之さんの住所を教えてもらい、僕と鬱之さんは別れた。


 今日から、この黄泉の国で過ごすことになる。奈子さんに殺されたことはショックだが、それ以上に……自分の足で好きな場所に行ける。それが何よりうれしくて、ここでの生活がどんなものになるか、ただただ楽しみだった。


___

挿絵(By みてみん)

イラストは中島様に描いていただきました。ありがとうございます!

お読みいただいてありがとうございます。

これからもがんばって続きを書いていきますので、ブクマやこの下の星でポイントをつけて応援していただけるととても嬉しいです。

どうぞ、よろしくお願いします!

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