大馬鹿野郎共
「昨夜9時ごろ、穂摘交差点にて、交通事故により、一人の男性が犠牲となりました。軽トラックを運転していた78歳男性がコンビニに侵入し、2人が軽傷、1人が死亡しました。警察の調べに対して…」
またこんなニュースか…毎朝毎朝嫌になってくる。近頃は海外で飛行機がジャックされただの、政治デモが起きただの、暗いニュースばっかりで嫌になってくる。しかも穂摘交差点と言えばウチの近くだ。憂鬱な気持ちで私は会社へと出かけた。警察署前には、交通事故での怪我人や死者を表示した電光掲示板が設置してある。怪我人23人、大怪我4人、死者1人。すぐに立ち去ろうとしたが、すぐに足を止めてしまった。
「オーイ、聞こえるかー? …まぁ、んなわけないか。」
掲示板の方向から、声が聞こえるのだ。空耳かと思ったが、確かに若い男性の声が聞こえてきた。振り返ると、隣に高校生らしき人物が立っていた。
「え?今振り返った?!マジで?アンタ見えんの!?」
少しイラついていた私は
「聞こえてるし見えてるよ!だから何だってんだ!!」
と軽く怒鳴ってしまった。しかし彼は何も気にする様子は無く、電光掲示板の死者の欄を指差し、
「コレ、俺〜」
とヘラヘラしながら私に言った。よく見ると人差し指は電光掲示板に触れておらず、手が板に飲み込まれているようで、彼が幽霊だということの十分すぎる証明だった。
「もしかしてお前、朝のニュースの…?」
「え、もうニュースになってたの!?早いなぁ〜、まだ昨日の夜のことなのに!」
そんなやりとりを続けていたら、地下鉄の発車時刻が迫ってきたので彼と別れ、走って駅へと向かった。その間彼はずっと
「明日も来てくれる?話せるやついなくてヒマなんだ!」
「ちょっとだけど話せて楽しかった!」
「ありがとう!」
と、声が聞こえなくなるまで繰り返した。
それから、私と彼は毎日話した。とはいっても特別な話をするわけでもなく、ステレオタイプな上司の愚痴を吐いたり、彼の生前の話を聞いたりするだけだった。何の変哲もない会話だけれど、確かに楽しい時間で、彼は私の無二の友人となった。
ある日、彼が昼間退屈だろうと思い、読まなくなった漫画を持っていった。
「マジ?コレくれるの?」
彼はひどく喜んで漫画を拾おうとしたが、彼の手は漫画をすり抜け、そのまま地面まで貫通した。
「あ、物とかも触れないのか…」
「クッソ!漫画も読めないとか不便すぎだろこの体!」
「お前の体もう焼かれてんじゃん」
「んまぁそうなんだけどさぁ!」
そんな会話をずっと続けている。くだらないが、とても楽しい時間だった。
しかし、やはり彼と別れて会社に行くことはやはり憂鬱であり、上司はステレオタイプな上に女性社員に手当たり次第に手を出すクズだと評判で、かくいう私自身も仕事の手際が悪く、同僚からは煙たがられていた。酒も飲めないため飲み会にもあまり気が乗らず、婚活もほとんどできていない、負け組と揶揄されるような人生であった。もう、彼と話すこと以外どうでもいい。そんな気持ちが日に日に強くなっていった。
じゃあ、私が生きる意味とは何だ?転職も許されないクソブラックに定年まで居座り、天涯孤独を貫き、そのうち病気が寿命で死ぬ。それならもう今死んでもあまり変わらないのではないか?そんな気持ちが強まってきて、ホームセンターで縄を買ってしまった。それを会社の天井に括り付ける。せめてもの復讐としてオフィスを曰く付きにしてやる、という一心でここを死に場所と決めた。よく性格がねじ曲がっていると言われたが、全く持ってその通りだと思う。縄を首に括り付け、踏み台にしていた椅子を蹴っ飛ばす。さらば現世。どうか何か墓に供えるなら、読みかけの漫画以外にしてくれ。
…死んだか?目を覚ますと私はオフィスの床に座り込んでいた。宙ぶらりんになっている私の体を見るに、しっかり死ねたらしい。しかし行くアテなどどこにも無いので、やはり彼のいる電光掲示板に向かった。
いつもの掲示板だったが、何か彼の様子がおかしい。鬼のような形相でこちらへ走ってくる。
「この大馬鹿野郎がアァァ!!!」
そう叫んだ彼は、私に渾身の右ストレートを放った。芸術的とも言える美しい体重移動は彼の全身の力を100%右腕に伝え、右手に固く握られた拳が私の左の頬を殴り飛ばした。
「会社がクソブラックなくらいで自殺してんじゃねー!早すぎんだよ!ジジイになってからもっぺん来てみろ!!」
その瞬間、置いてきた私の脳の中で、何かがプツン、と切れた。そして、彼の脇腹に蹴りを炸裂させた。
「高校生ごときが調子乗ってんじゃねーよ!会社の面接も経験してねぇような青二才が!!いっちょ前に口出してくるんじゃねぇ!!」
「自殺した馬鹿が吐けるセリフじゃねぇよ!踏ん張れクソったれ!!」
彼のボディブローが私の腹にめり込む。
「あのクソブラックで生きてる意味あんのか!!死人は大人しく黙っとけ!!!」
彼の顔面が私の拳で歪む。
そんな大喧嘩を何分したかもわからない。ただ殴って蹴って、ひたすらにガキみたいな悪口をぶつけた。
「「疲れた!!」」
アスファルトの上に2人で寝転んだ。
「こんなに喧嘩したの小学生以来だわ、もう逆にスッキリした。」
「そりゃ良かったけどさぁ…やっぱ自殺はありえねーよ。1人で抱え込んでも何にもなんねーだろ。 まぁ、今言っても遅いけどな。」
「ハァ、心残りがあるとすれば、あのクソ上司、ぶん殴ってやりたかったな。」
「まぁ、後何十年か待ってりゃこっち来るだろ…」
その時、突如背中からとてつもない力で引っ張られる感覚がした。
「オイオイ待て待て、何コレ聞いてないんだけど!」
「もしかして、意識があっちに戻ってるんじゃね!?」
「んなことあんの?!」
「知らん!とにかく行ってこい!!」
そう言うと彼は私の胸を突き飛ばし、私はすごい勢いでどこかへ吸い込まれていった。
「い、意識戻りました!」
「聞こえますか!大丈夫ですか!!」
目を覚ますと、真っ白い天井と少し老けた医師がそこにいた。どうやら意識を失った後すぐに発見されたおかげで助かったらしい。幸いなことにすぐ退院できた私はすぐさま辞表を書き、クソ上司に叩きつけてやった。曰く付きオフィスにはできなかったが、怒鳴るクソ上司を尻目に帰るのは気分が良かった。
「で、あの上司は殴ってきたのか?」
「マジでやるわけないだろ、社会的に死ぬわ!」
「そうなったら笑えねえな、まぁ、なんとかなるとは思うが。」
「とりあえず、仕事探しかなぁ…」
「転職サイトにでもアクセスしとけば?」
「いや、してるけど一件も連絡来ねーわ…」
「こんな馬鹿採用したがるヤツいるわけねぇか!」
「うるっせえな!お前も大概だろ!」
「まったく、馬鹿しかこの空間にいないみたいだな。」
「それでいいだろ、大馬鹿野郎共の方が、何かとやりやすい。」