森野春子、精霊になる。
「ところで、名前はどうされますか?」
春子が円卓の席に着き死の神とお茶を楽しんでいると、一度は神域から去って再び現れた精霊の神にそう問われた。
「名前...ですか?」
春子は頭に疑問符を浮かべ精霊の神を見る。
「はい。貴方を生み出した私が勝手に付けても良いのならそうしますが」
「生み出した!?あ。いや、でもそうなるの...か?
すみません大声出して。以前の記憶がしっかりあるので新たな器を得た後だという実感が薄くて。」
そんな春子の様子を気にする素振りも見せずに精霊の神は話を続ける。
「まぁ。無理もないでしょう。とはいえ、早く慣れてくださいね。本来であれば精霊は妖精を経てなるものですが貴方はすでに精霊としてその存在が世界に認められた〝個〟なのです。」
「な、なるほど(?)」
「そして精霊として生まれた貴方の正式名称は《精霊の神の娘》となります。」
「それが名ですか!?」
春子はその衝撃的な名に驚きの声をあげる。
「はい。貴方は精霊なので、もし誰かに加護を与えるならば《精霊の神の娘の加護》となります。
しかし、貴方は人であった核を持つので人としてあることもできます。と言っても、まぁ人間のふりという感じになるでしょうが。そしてその場合《精霊の神の娘》と呼ばれるのでは不都合があるのではと思い、名をどうするか聞いたまでです。」
「なるほど...。(確かにそれは不都合な匂いがプンプンするな)」
春子の普段冴えない第六感が働かずともそれは分かった。
「精霊の神様。ご配慮感謝します。私が精霊になったというのは理解しました。そして人間のフリだろうとなんだろうと人であった部分も残しておきたいので名前はこのまま《森野春子》でお願いします。」
そう言うと春子は精霊の神に深く頭を下げた。
「ところで精霊の神様。世界に存在する精霊と妖精は私の〝兄妹〟という認識でいいんですか?」
下げていた頭を上げ、次に春子が何の気なしにそう質問すると、一瞬目を丸くした精霊の神が答える。
「〝きょうだい...。〟仰るものが血縁関係のようなモノならばいません。まぁ同族ではありますが。私が精霊をつくり誕生させたのは今回だけですし。」
「え。他の精霊達は精霊の神様が生み出したのではない!?」
存在している全ての精霊や妖精は精霊の神が誕生させたと思っていた春子は少し声を大きくして尋ねる。
「はい。創造の神が世界を創る際に私は妖精の花の種を落としたにすぎず、あとはその花に妖精が宿り生まれるか、そうでないかは、その世界次第です。そして生まれた後も、その世界によって育てられる。という感じなので。
あと正確には精霊や妖精にはそういった〝きょうだい〟という概念はほぼありません。」
「そうなんだ...。(どうやら前回に続き今回もひとりっ子のようだ。でも何だか_____。)」
「どうかされましたか?」
精霊の神が急に静かになった春子に声を掛ける。
「あ。いえ。なんというか...。
前回の〝生〟では早くに身内を亡くし、それから自身が亡くなるまで一人の生活に慣れた風ではあったんですけど、でもいつも心の何処かで周囲の家族団欒を眺めては寂しいや、羨ましいと感じていたんです。
だから今、ホントに誰も知らない世界に行こうとしているのに、わりと平気な自分がいて驚いているというか...。
まぁ全く寂しくないかと言われると、それも違う気がするんですけど...。」
春子が今ある感情に首を傾げる。
「基本的に精霊や妖精は〝喜び〟や〝怒り〟以外の感情には疎い生き物で、世界に関わっていくことで徐々に感情が育っていきます。
しかし人であった貴方は、シュチュエーションによってどういう感情を持つか記憶として残っている。それが精霊になり感情が疎くなったため違和感を覚えるのでしょう。
ですが貴方もまた、世界に関わっていくことで感情は育っていくはずですよ。」
(そっかぁ。感情が疎く...ホントに人間では無くなったんだな私。)