順調だったはずなのに...。
精霊の地をあとにし自宅に戻った春子はダイニングテーブルの席に着くとキャリーケースから巾着を出し紐を緩める。
そして真っ黒い釉薬でコーティングでもしたかのような見た目をしている玉を8個並べるといつだったかと同じようにコロコロ転がしながら思案する。
「核を持ってると言いはしたが...この場合正確には核になる素材を持ってるってことになるのか?」
正直、呪いの核があればな。と思う。
何故ならそれを祝福の核にしてしまうのが一番簡単でヤな存在を視界に入れずに済むからだ。
しかし神域で呪い人相手に実験していた際、手にした呪いの核はその都度死神に渡してしまったため手元に無い。
春子は〝はぁ〜〟と一つ溜め息をつくと真っ黒い玉を一つ手に取る。
「核を持つ呪い人ならこの玉の中にいるから祝福の核自体はつくれるンだよね〜。まぁこのコーティングを剥がすことになるが。」
そういうと春子はキャリーケースから本を出し魔法陣を描き始める。
死神が回収する呪いの核はビー玉サイズのガラス玉の中に薄ぼんやりした黒い靄が収まっている。
そうなった呪いの核は魔素が殆ど無いことを意味するため、その器の維持に魔素を必要とする呪い人は魔素が足りず再び形成されることはない。
そしてそんな状態になった核は冒険者ギルドに持ち込めば金になる。
だが...手元にあるコレは死神に呪いの核の認定されず回収されなかったため無価値だ。
「でもそれもそうだよね。」
春子はひとりごちる。
というのも回収される呪いの核とそのサイズこそ一致しているがコレは呪い人の器はそのままに外から精霊の呪いで包み内に内に押し込んだだけのモノだからだ。
ならば、その精霊の呪いを解呪し呪い人を復活させいつぞややった圧縮の式を使って消滅させると同時に祝福の核をつくってしまおう。
と春子はペンを走らせる。
「大体さ〜この世界の呪い人相手するよりこの玉に押し込めてる呪い人の方がその器は藁だって知ってるぶん気が楽だよね〜」
〝いや〜無価値だと思って持ってること自体忘れてたけどいい使い道があって良かった〜〟
春子は誰に聞かせるでもなくひとり話を続けながら圧縮した祝福と呪いの式を魔法陣に組み込んで設計すると、祝福の核に自身の魔力を込める際使用する魔法陣も用意しておこうとしてはたと手を止める。
「でも...今回は他に策がないから仕方ないとして。いくら祝福の核が魔力を大量に込めれるからってそうホイホイつくっていいもンじゃないよね。」
そこで春子はテーブルに出した8個の玉のうち2個だけ別にすると残りは巾着に戻した。
「とりあえずコノ2個を祝福の核にして魔力を込めれば今精霊の地に埋めてる核と合わせて使える核が3個あることになるよね。(じゅうぶん〜。じゅうぶん〜。)」
春子は描き上げた魔法陣を本から切り取ると椅子から立ち上がり、庭に出ようとして立ち止まる。
「...なにもこんな夜更けに呪い人を相手する必要ないか。」
〝よし!明日にしよう。〟
秒で切り替えた春子はテーブルに出した物を素早く纏めキャリーケースにしまうと成長期なのに夜更かししてしまったことをとぼやきながら寝室に向かった。
「ッセイ!」
春子はシャベルに足をかけると一心不乱に土を掘る。
早朝、朝日が昇る少し前に起床した春子は庭に出ると昨晩用意した魔法陣を使い予定通り魔力満タンの祝福の核を2個つくった。
そして途中庭の一角にある小屋に寄りシャベルを持ち出して精霊の地へ移動するといつも魔力を流す際、反動受けた体が飛ばないよう支えにしている木のそばまで行きその根元付近を掘りはじめた。
〝パンパン〟
掘った穴に祝福の核を一つ落とし上から土をかぶせシャベルで叩いて押さえつける。
「よし!」
春子は前屈みになっていた姿勢を正すとそのまま木を見上げる。
「結構立派な木なんだよね。(何の木かは知らんが)」
そんな木は根っこも立派で四方に太い根が張っていた。
という事はさぞ栄養を吸収するに違いないと思った春子は
その根の近くに祝福の核を埋めることで魔力を吸収させその葉からも根からも魔力を放出してもらおうと考えた。
(魔力を隅々まで流してね〜)
春子は木に触れながら内心そう呟くと突如風に煽られ咄嗟に木にしがみつき目を固く瞑る。
「.....。」
だが突風はその一度だけですぐに静かになると春子はゆっくり目を開き周囲を見回した。
庭にある扉を隔ててこちら側に広がる精霊の地は特殊な場所のため自然界で発生する現象が起こらない。
それを知っている春子は起こるはずのない突風が発生したことに疑問符を浮かべる。
(何だったんだ??)
まさかだが今の突風がこの地の意思だとするなら〝留守を任された〟っていう返事だったりするのか?
いや。都合よく捉え過ぎか?偶然?たまたま?
結局考えたところでよく分からず春子は〝「まぁいいか。」〟と軽く流すと先程の風で一瞬にして乱れた髪を手櫛でとかす。
それからキャリーケース片手にシャベルを担いだ春子は自宅に戻ろうとして昨晩見た妖精の花を一応見ておくかと思い付く。
「...?」
目当ての妖精の花まで数メートルのところで春子はそれに気付き足を止めると担いでいたシャベルを下ろし傍らに突き刺す。
そして徐にキャリーケースからスコップを取り出し利き手に持ち替えた。
「輝いてる。」
つい今しがた朝露に日が当たっているだけかと目を疑ったが、
妖精の花の前にしゃがみ込んだ春子はその少し膨らんだ蕾がキラキラと七色に輝いているのをまじまじと見つめポツリと声を漏らすと次にはスコップでそこを掘り返し埋めていた祝福の核を手に取り軽く土をはらう。
「おお!」
濁りがなくなり元の輝きを取り戻した祝福の核を見て春子は声を弾ませる。
無事に浄化が済んで母体に宿れたんだ。
春子は妖精の花に視線を戻すとその蕾を優しく撫でた。
「よかったね〜。今度は輪廻の神様にもらってる器で誕生するんだよ〜」
ここにいれば安心してその器をつくることができるだろうし、よかった。よかった。
次に会えるのはいつになるかな。
「楽しみだな〜」
全て順調に事が運び春子は上機嫌で鼻歌を歌いながら妖精の花を〝ちょんちょん〟突つく。
「小娘。アタシを呼び出すとはいい度胸ね。」
しかし次の瞬間そう声がかかるとバランスを崩した春子は慌てて叫ぶ。
「けっ、結界!!」
だがそうして張られた球体の結界内に収まった春子は
そのまま山の斜面を転がり始めた。
「失敗したあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜....。」




