街の異変
「.....?」
コルトルマの街に着いてすぐその違和感はあった。
それは先日来たときには見られなかった光景がそこにあったからで、春子は重装備の冒険者らが行き来する横を通って街に足を踏み入れた。
すると今度はあちらこちらで新聞に目を通す者達がいることに気付くと、丁度そこを通った新聞売りの少年を呼び止め一部購入する。
(どれどれ。何があったのかなぁ〜。)
春子は中央に噴水がある広場まで来ると、周りの者達と同じようにベンチに座って新聞を広げる。
「................は?」
新聞の見出しは〝スタンピード発生〟とあった。
そして内容は、昨夜ゴナン地方にある低級ダンジョンから漏れ出した魔獣によってテテルマ村が壊滅状態。生存者は村に滞在していた冒険者を除きほぼいないとみられ、現在第七部隊が対応にあたっている______。
「ご、ゴナン地方...テテルマ村...ってどこ?」
春子は読んでいた新聞から一旦顔を上げてそう言うと、次には新聞を畳みキャリーケースを引いて足早に歩き出す。
(ダメだ。地図、地図を見なくてはサッパリわからん!とりあえず図書館に行かないと!!)
「(ノークシュア国の)地図は〜...あ、あった!」
図書館に着いた春子は入館料を払って館内に入ると、思ったより本が充実していることに驚いた。
寄贈された本の棚や、貸し出し不可の本棚、閲覧に手続きが必要な本棚、と専門書もあったりで春子は目を輝かせたが、〝今はダメだ〟と自分に言い聞かせ、近くにいた職員に目当ての物を尋ね二階に上がると、教えてもらった右一番奥の棚にそれはあった。
しかし手を伸ばしてもあと少し身長が足りず、周りを見回しそこで見つけた踏み台を持って来るとそれに登ってやっと手に取ることができた。(なんだか屈辱だわ。というか私ってもしかして年齢のわりに背が低いのでは?)
まさかここでそんな事に気付くと思っていなかった春子は若干ショックを受けるも〝(い、今はとにかく地図を見よう)〟と軽く頭を振って切り替え、窓際の空いた席につくと机上に棚から持って来た地図と新聞を広げる。
ノークシュア国は、大陸中央にあるテルサ国からみて北に位置していて春子の住む魔女の森は北のノークシュア国内でさらに〝北〟ほぼ最北端にある。
そんな魔女の森に近い〝コルトルマの街〟も当然最北端にあるわけだが、この辺りは他にもいくつか街がある。
そしてその殆どがラージルード公爵の領地だという話はこの前ハセンが話していた。
(適当に聞いていたからあんまり覚えてないけど。)
因みに先日お邪魔したラージルード公爵の屋敷はトゥルーサという街にあって、コルトルマの隣街らしい。
「ふーん...。」
地図を見ると確かにこの辺り一帯、ラージルード公爵の領地と記載されている。
(広過ぎやしないか?)
でもよく見ると他に二つ〝ラージルード〟とは別の名があるのがわかった。
面積は狭いが、この最北端に領地を持っている者が他にもいるようだ。
そしてこの辺りは〝サンホーク地方〟というらしい。
(で、ゴナン地方はというと...。)
「!」
地図上で滑らせていた指を止める。
「テルサ国にめっちゃ近いじゃん。」
ノークシュア国で春子のいるところが最北端なら、ゴナン地方はその真逆、南に位置し、さらにテテルマ村は中央テルサ国の国境に近かった。
「ここでスタンピードが...。」
新聞では今回のスタンピードは、テテルマ村の近くにあったダンジョンから漏れ出た魔獣が村を襲ったとあった。
そしてそのダンジョンは低級に分類されており、駆け出し冒険者らが挑む登竜門ダンジョンと呼ばれるものだそうで、そのダンジョンに近いテテルマ村にはそれに挑む駆け出しの冒険者が多く宿泊していたようだ。
しかし村は壊滅、村民の生存者は絶望的とされ、助かったのは駆け出しの冒険者だけでその者の証言が掲載されていたが、その場に高ランクの魔獣がいたらしい。
(これって。ここのダンジョンが低級なのは魔素の少ないテルサ国に近いダンジョンだからなのでは?高ランクの魔獣の原因は正確にはわからないが、もしかして魔素が濃くなったからダンジョンのランクが上がった...とか?)
春子は再び地図をなぞりながら思案する。
ゴナン地方のテテルマ村の近くには大きな川がある。
テテルマ村へ行き来するには橋を渡らなければならない。
今回王都から第七部隊が派遣されたとあるが、当然橋を渡るだろう。
そこで魔獣が全て討伐されればいいが、おそらく魔獣はテテルマ村を壊滅状態にした後さらにそのまま進行しているはずで、魔獣は川まで来てそこに橋がなかったらそのまま川を渡るのだろうか?
もし川に沿って進行されると...。
ゴナン地方から反時計回りに〝つつ〜〟っと地図上で川を示す線を指でなぞると、最終的に川はこの街の近くを通って海に流れ出る。
(だから今日は重装備の者が多かったのか...。)
そう春子が考えていると、何やら外が騒々しいのに気付き二階の窓から様子を窺う。
『 !』
『医師の れ』
『あと 神官 ろ!』
二階からだとそこにいる者達がよく見えた。
担架には全身真っ赤に染まった人物が乗せられており、手は〝だらり〟と力なく垂れ下がっている。そしてその者を騎士と思われる人物らが囲い、神官の衣を纏った人物と何か話をすると、そのまま何処かに案内されて行く。
「いいか。お前は急ぎ城に戻ってマルセを連れて来い!そしてお前はセファラムの屋敷に行って特級ポーションがあれば分けてもらって来い!」
街にひとつだけある小さな医院になだれ込むようにして入った騎士らは、担架に寝かされた人物をベッドに移すと一際大柄な騎士が〝お前〟〝お前〟と指示を出し、それを受けた者達は再び外に飛び出して行く。
「兄さん!兄さんッ!くそっ俺のせいで...。」
そして赤髪の男がベッドに横たわる者の手を取り必死にそう声をかけ何か悔しげに声を漏らすと突然立ち上がりそばにいた神官に詰め寄る。
「とにかく回復魔法をかけろ!このままではマルセ医師が来るまでもたない!」
しかしそれに神官は額の汗を何度も拭き、焦った様子を見せながらも〝「そ、それはできませんっっ。」〟と告げると
赤髪の男が神官の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「何故だッ!!」
そこで他の騎士と町医者が〝「やめるんだ」「おやめ下さい」〟と赤髪の男を神官から引き離しにかかり、青褪めた神官を背に庇った町医者が説明する。
「か、噛み傷だけであれば私らでも多少お役に立てることもできたでしょうが、彼は大量の瘴気を浴びている。この状態だと瘴気を抜きながら回復という手順でなければ、回復だけさせますと瘴気を活性化させることになり命の危険が増します。」
「しかし今にも呼吸が____っ。」
先程飛び出して行った騎士が戻るまでは次に打てる手立てがなく、その場に重い空気が流れる。
「バルサン医師が来れば、その人は確実に助かるんですか?」
その声掛けにその場にいる者達が〝ザッ〟と音を立てて振り返り診察室入り口に立つ春子を見た。




