セファラム・ラージルードとマルセローニ・バルハン
「アレは見た目通りの年齢か?」
春子がラージルード公爵の書斎にある転移の扉から帰ると、その場に残った医師のバルハンがそう声を漏らす。
今朝普段通り王宮の医療棟にいたバルハンのもとに、ラージルード公爵家から連絡が入ると、何事かと思って来てみれば何故かそこで〝「必要ない」〟〝「マリエッタは病気ではない」〟と告げられ、そう言ったセファラムは出掛けて行った。
それにバルハンは寝ているマリエッタのベッドまで行くと、その苦し気な表情をみて自身の後ろに立つネネに声を掛けた。
「病気ではないとは?」
するとネネが〝「そ、それがお嬢様の足が...その...。」〟と言い淀みバルハンはマリエッタの足元の布団を捲ってそれを目にした。
爪先から真っ暗に変色した足。
「...確かに病気ではないな(これは呪いだ)」
ではセファラムは魔女の森に向かったのか。
それが分かると、ここでネネが〝サロンに案内する〟というのを断ってバルハンは一度城に戻り資料を探すことにした。
そして午後、再びラージルードの屋敷を訪れマリエッタの部屋へ向かうとそこのソファーに掛けているセファラムと目が合い、次に視線を移すとそこにはまだ成人前と思われる白髪の少女がいた。
(アレが呪いの魔女?子供じゃないか)
そう思うとバルハンは〝マジか〟とセファラムに視線を送れば奴はゆっくり一度瞬きして返した。
そこで〝ならば〟とバルハンは少し様子を探ってみることにし、挑発めいた事を言えばシラけた反応が返ってきた。
「あの時、もう少しムキになると思ったんだがな...。あ〜でも腹の虫を指摘したときには睨まれたか。」
ソファーに腰掛けたバルハンが話をしながら〝クックッ〟と思い出し笑いをしセファラムに声を掛ける。
「あとお前、随分警戒されてたな。」
普段コイツが微笑めば、勘のいい者は顔色を悪くし離れて行き、素直にその笑みを受け取った者は愛想が良くなる。
しかしあの魔女はそのどちらでもなかった。
(まぁ。関わりたくないと顔に出ていたが...。)
「それは貴方もでしょう。」
〝『彼女が貴方に向けた目は不審者を見るそれでしたよ。』〟
とセファラムは話をしながらそこのキャビネットの扉を開けワインボトルとグラスを手にすると一脚バルハンに持たせワインを注ぐ。
そしてセファラムもソファーに腰を下ろすと髪紐を解き、シャツのボタンを2つ3つ開け、グラスに注いだワインを〝グッ〟と一気に呷ると気怠気にソファーに肘をつく。
それにバルハンが揶揄うように声を掛ける。
「何だ。今日はもう猫かぶりはしまいか。」
同い年で幼少期から親交のあるセファラム・ラージルードは昔からその物言いや立ち振る舞いに気を遣い紳士的な姿勢を崩さずにいるがそれはあくまで表向きというのを一部の者しか知らない。
するとその指摘にセファラムは面倒くさそうに〝軽口はやめろ〟と片手を振る。
「にしても呪いの魔女の精霊魔法は他の魔女と比べてえらく様子が違ったがアレは精霊魔法か?」
バルハンは以前ヤーハン国とポロタム国で会った魔女を思い浮かべ、そう問いかける。
(ヤーハン国、ポロタム国の魔女は男と女の魔女で確か植物の魔女と仁愛の魔女...だったか。)
その二人はどちらも精霊魔法を使う際は本を開き何やら詠唱と他に何か手順を踏んでいたように記憶している。
そして普段テルサ国の者が精霊言語を使用し会話している場面に遭遇しても、それは他所の国の者も聞き取れ、さらに学んでいる者だとその内容も理解できる。
しかし今日、呪いの魔女が黒い妖精と向き合っていたとき使用していた言葉(?)は、方言だと言っていたが、そもそも精霊言語に方言があるのか?
でも〝ある〟としなければ理解できなかった説明が付かないのも事実...。
「私は昨日と今日、彼女が使う精霊魔法を見ましたが、普段テルサの者が使っている精霊魔法が、精霊によって人間が使用できるようにした改良版のようなものだとすると、彼女が使う精霊魔法は精霊が使う魔法に近いのではと考えています。」
そう話すセファラムに、バルハンはいつの間にか俯き熟考していた顔を上げ、目を合わせる。
「貴方も見て分かったでしょうが彼女は〝白〟そのものといった見た目をしている。余程強い精霊の加護でもついているのか...。テルサにあれだけの〝白〟を持つ者がいたというのに、これまで一切その情報が漏れず、今も裏で探らせてはいますが有益な情報は上がってきていません。」
するとここで〝フフッ〟とセファラムが笑い声を上げる。
「彼女が方言だと言った、あの不思議な言葉。アレを使うド田舎が一体どこにあるんだか。」
〝ねぇ。〟とおかしそうに話す。
「ところでお前。呪いの魔女に〝セファ〟なんて呼ばせようとしてどういうつもりだ?
大体あそこでラージルードの名が貴族に多いだ何だと言ったが、ンな嘘すぐバレるだろ。」
今日サロンで、その遣り取りを見ていたバルハンが呆れ顔でそう言うと、セファラムはワイングラスを〝くるくる〟と回し興味なさ気に答える。
「呪いの魔女と私の間に親交が〝ある〟と、周囲の者に悟らせるには〝名〟で呼ばせるのが手っ取り早いかと思っただけです。あの見た目にあの力、碌でもない貴族が寄ってくるのは目に見えていますから。」
「何だ。お前自身はその〝碌でもない貴族〟から除外してるのか。」
「当たり前でしょう。いつ私がそんな者になったと?大体今回のマリエッタの件で呪いの魔女には恩義を感じているんです。多少の手助けになるような事はしますよ。」
「ふーん。」
(普段他人に然程興味を持たず、どこまでも無慈悲で残酷になれる人間の口から〝恩義〟という言葉が出てくるとは...。明日世界が終わるンじゃないか?)
バルハンはそこにいる親友を見て、そんな者に興味を持たれた呪いの魔女を若干気の毒に思った。




