腹立つ視線。
「それは何の魔法陣ですか?」
プリンを食べ終わり、春子が精霊の許可についてラージルード公爵に話をしているとハセンは戻って来た。
そのハセンが今しがたラージルード公爵に手渡した封書を次に受け取った春子が中身を確認し、そこで新たにキャリーケースから本を出して魔法陣を描き始めれば、暫くしてペンを置いた春子に向かって質問する。
それに春子が顔を上げ〝「これですか?」〟とハセンと目を合わせ答える。
「コレは...妖精を顕現させる魔法陣です。」
...とは言え。正直器を持っていない核だけの状態のそれに〝妖精〟と断言していいのか微妙なところではあるのだが、そこを説明するのは面倒だと思うと、この場ではそういう事にしておこうと判断する。
そしてこの魔法陣もだが、これから春子がする事を第三者がその目で認識できるように精霊の許可を式にして組み込むと他にも式を追加した。
というのも先程見た黒い妖精の花は少しずつ崩れかけていた。
あれは器のない妖精が呪いを放ったことで自身の核までも呪いで汚れたためだと思われるが
今の状態で普通に顕現させても、形を留める力が残っているのかどうか...場合によってはその瞬間消滅もあり得る。と考えると魔法陣に保護の式も加え、顕現した瞬間に消滅するような事態にはならないようにした。
(大体、こっちはコツコツ妖精を増やそうとしているのに、こんなことで減らされたら溜まったもんじゃない!
アントンだったか...条件付きで助けることにしたが、やはりしれっと呪い殺すか?)
春子の思考が物騒な方向へ傾くと、ここで再びハセンから声を掛けられる。
「ま、魔女様?その、顔が...。」
「顔?(...あ)」
どうやら人様に見せてはいけない人相になっていたらしい。
それに気付くと春子は頬をむぎゅむぎゅ解して、次に誤魔化すわけではないが気になっていたことを尋ねる。
「ところでハセンさん。よくこんなに早くサインをもらって来れましたね。アントン伯爵家(でしたっけ?)の方、ごねたりしなかったんですか?」
今回、呪いを受けた者の他に、関係ないともいえる者のサインまでもらって来るよう言ったので、正直二名のサインをもらうのには時間が掛かるか、もしかすると意識のない者のサイン(血判)だけしかもらえないかもな。と春子は考えていたのだが、ハセンは出掛けてから僅かな時間で二名のサインをもらって帰って来たため驚いた。
それにハセンは、〝「そうですね」〟と言うと、先程あった出来事を振り返って話す。
「確かに、最初アントン伯爵は〝自分は関係ない!〟と言っていましたけど、結局サインせず息子のアボーノ様だけが犠牲になった場合、魔女様の呪いをもらうことはなくとも、アボーノ様のせいでマリエッタお嬢様に何かあれば、セファラム様が動く事になり、その場合アントン伯爵家自体なくなりますから、どちらにせよ生きてはいられないわけで、それなら魔女様の方が自身が亡くなろうと〝アントン伯爵家〟という爵位は残り、家も守られるわけですからマシだ。と判断したようです。」
「なるほど〜(そういうものなのか...。)」
春子は向かいのソファーに腰掛けるラージルード公爵を〝チラリ〟と窺い見ると、こちらを見ていた公爵と目が合い微笑まれる。その瞬間口角がヒクいた春子はそこを手で押えると〝へらり〟と笑みを返す。
「(....私は知っているのだ。)」
前世それなりに歳を重ね、色々な人間と関わり生きてきたから。
ラージルード公爵のような目は死んだままに口角だけを上げて微笑む人間に碌なヤツはいない。
そして貴族というもの皆がこうなら今後関わらない方がいい。
まぁ。そんな事をいうと、前世では沖くんが〝『見た目で判断するのは〜』〟と言っていたが、違ったら違ったで〝よかったね〟というだけの話だし、
そういう沖くんは人(女性)に騙されてばかりだったから説得力が無かった。
そして離れたところのソファーに腰掛けて、こちらを見ているバルサン医師(だったか?)
彼も最初から挑発めいたことを言ったりして〝私〟の反応を見て観察している。
(ったく。何がそんなに珍しいんだか。)
「じゃあ少し離れていて下さいね。」
春子はサロンで描き上げた魔法陣を持って、再び呪いを受けた女性の部屋まで戻って来ると、そこのスタンドテーブルの前に立ってから振り返り、ラージルード公爵、メイド長、バルハン医師、ハセン(は、今回は部屋に入る許可を得たらしい)そしてネネに告げると、彼等は春子から距離をとる。
それが分かるとテーブルに向き直った春子は、そこに置かれた黒い妖精の花が入ったガラスケースを持ち上げて、その下に魔法陣の紙を広げる。
そして脆くなっている黒い妖精の花をガラスケースから慎重に取り出し、そ...っと魔法陣の中央にのせ、最後にガラスケースをひっくり返し〝トントン〟と叩いて妖精の花が崩れて溜まっていたものも陣の上に出すと、軽く腕まくりをし〝消滅させるか〟と気合いを入れて魔力を流す。
(呪いの妖精。
出て来いヤーーーーーー!!!!)
「そういえば魔女様は、ここノークシュアには4日前に来られたと仰っていましたね。」
いつの間にか日も沈み、〝「今晩は泊まられては」〟という申し出を春子が断ると、次にラージルード公爵家にある転移の扉で帰ることを勧められればそれで帰ることにした春子はその扉が公爵の書斎にあるというので移動した。
そして書斎に着くとそこのソファーに掛け転移の扉に貼る魔法陣に自身の家の座標やらを書き込みながらラージルード公爵の質問に〝「はい」〟〝「はい」〟と適当に答える。
「テルサ国の王はお元気ですか?」
「はい。」
「ここ(ノークシュア国)には一人で来られたのですか?」
「はい。」
「森での生活は不便ではありませんか?」
「はい。」
「森での生活ははじめてですか?」
「はい。」
「森の前は何処か違うところにお住いで?」
「はい。」
「それはどちらですか?」
「しん___...。」
そこで春子は一旦テーブルにペンを置くとラージルード公爵を見る。
するとラージルード公爵は薄っすら笑みを浮かべ〝「しん?」〟と繰り返す。...と、その顔に〝イラっ〟とした春子は一際大きな声で告げる。
「〜〜しんっっっじられないくらいのド田舎です!」
「...そうですか。信じられない程のド田舎。では先程、妖精に話し掛けていたときに使用していた言葉はそちらの方言か何かでしょうか?」
「ええ!その通りですッ!!」
そう言うと春子は魔法陣を〝シャ!〟と描き上げ〝「コレでいいですよね!」〟とテーブル挟んで向かいのソファーに座るラージルード公爵に差し出す。
公爵はそれを受け取ると確認し。
春子は平静を装いながら内心〝ドキリ〟とした心臓を落ち着かせる。
(あぶ、あぶなかった...。意識が他に向いている状態で質問してくるとは、ラージルードめ!やはり油断ならんヤツだ!)
...というか自身がテルサ国出身だという事もすっかり忘れていたし、今さらな気もするがテルサ国に行ったことすらない〝私〟は、どんな所か聞かれても答えられない。
なので、テルサ国民だがド田舎出身なのでテルサ国の王都には行ったことがない、知り合いもいない(そんな人間いるのか?って感じだが)という事にしよう。
と、この時あーだこーだと考えているその様子をラージルード公爵が見ていることに春子は気付いていなかった。




