呪われたお嬢様
〝『植物の呪いは決まっていて、巻きつき、締まってゆくのです。』〟
そう以前、精霊の神様が言っていた。
そして、神域で呪い人相手に、その呪いを駆使し実験を繰り返していた者からすれば、そこにある光景は馴染みのあるものだった。
春子は改めて今そこに寝ている女性を見る。
(まるで葉脈だな。)
真っ黒に染まった爪先。
そこから黒く細い線が無数に伸び、体を這うようにして巻きつき、それが膝まで達している。
しかしそれも正確には分からない。
今掛け布団が捲られ、見えているのが膝までなだけで、
精霊の呪いがどこまで進行しているのか...。
そう思うと春子は、掛け布団を丸ごと剥ぎ取り、寝ている女性のネグリジェに手をかけ捲り上げようとすれば
〝「おやめくださいっ!」〟
と瞼を腫らしたメイドが春子と寝ている女性の間に手を広げて割り込んだ。
そして〝フーッ〟と毛を逆立てた猫のように怒っている。
「(えぇ〜....。)」
春子はネグリジェから〝パッ〟と手を放す。
するといつの間にかそこのソファーの席に移動していたラージルード公爵が命じる。
「ネネ。下がりなさい」
「しかし!「ネネっち。下がらないと呪い殺されちゃうよ」
(〝ピクッ〟)
春子は、こめかみを軽く揉むと目の前のメイドから、今、〝呪い殺される〟と発言した者に視線を移す。
その人物は部屋の入り口近くの壁に背を預け凭れるようにして気怠げに立っていた。
「.....。」
黒に近い紫色の髪は襟足が長くウルフぽい。
眼鏡に白衣...か。
(というか何?いつの間にか部屋の人口が増えてんですけど...。)
そうして春子がその人物に気を取られているあいだに、ネネだかネズっちだかいうメイドが剥ぎ取った掛け布団を丁寧に掛け直していた。
(・・・来るんじゃなかった。)
ここで一気に面倒臭くなった春子は〝「帰ります。」〟そう言うと、キャリーケースを引きドアに向かう。
するとそれに慌ててメイド長が春子に駆け寄る。
「呪いの魔女様!お待ちくださいませ!」
しかしそれを無視しドアの前まで来ると、そこに立っている白衣の人物が口を開く。
「〝呪いの〟本当は分からないんじゃないのか?この呪いがどんな呪いなのか。だから帰るんだろ?」
「.....。(その前に、お前は誰やねん。適当にそうですねって言おうかな。あ〜でも今後の見通しくらいは言っておいてあげるか。心構えもできるだろうし?)」
そう考えた春子は振り返ると、この場にいる者達を見て告げる。
「言っておきますが、その呪いは、それで終わりじゃないですよ。黒いものは全身に巻きつき最終的には肌の色は見えなくなります。そして締められ、圧死します。まぁ。(圧縮した呪いではないから...)明日?には死ぬでしょう。...え〜っと。お気の毒さまです。では。」
そうして今度こそ部屋から出ようとして...足が固定され動かなかった。
「....あの、何を?」
春子は視線を下げ自身の足元に目をやると、そこにいる者に問い掛ける。
その者はさっきまで寝ている女性のベッドサイドにいたが、ヘッドスライディングでもしたのか、今、床にうつ伏せになって春子の両足首を掴んでいる。
「〝ヒック〟ずびまでんでじだぁ〜お嬢様をだずげてくだだいぃぃ〝ヒック〟〝ずびっ〟」
それに春子が天を仰いで〝はぁ〜〟っと深い溜め息を吐くと、再び視線を足元に下ろし、顔が酷いことになっているメイドに声を掛ける。
「とりあえず立って下さい。聞きたいことがあります。」
途端、〝シュッ!〟と勢いよく立ち上がったメイドは身に纏っているメイド服の袖で雑に顔を拭くと鼻息を荒くして春子に迫る。
「何でしょう!ネネに何でも聞いて下さい!ネネが全部お答えします!!」
その熱量に若干のウザさを感じた春子だったが〝チャチャッと済ませて、チャチャッと帰ろう〟と、気持ちを切り替えると話を始める。
「え〜っとまず。私が言う精霊という言葉には妖精も含まれる。という事を念頭に話を聞いて下さいね。
今回、彼女が受けた呪いは魔女が祝福をしそれが呪いに変わった。というものではなく、精霊が直に与えた呪いです。」
そう言うとメイド長とネネが〝「え。」〟と声を漏らしたが、春子は無視して話を続ける。
「なのでそれは彼女が精霊に対して何かした、関わっている。という事でなんです。
そして彼女にかけられた呪いは植物の呪いなので、おそらく木や花、草や種、といった植物に宿る精霊が呪いを与えた。と考えられるんですが、最近、彼女が何かの植物を切った、折った、燃やした。という事はなかったですか?」
それにネネが困惑した表情で呟く。
「お嬢様はそんなことは...。」
するとここで〝「あの...呪いの魔女様」〟とメイド長が春子に声を掛けた。
「切った。というのは花束などの花も対象になりますか?」
(花束...。贈り物という可能性もあるのか...。)
そう思うと春子は肯定する。
「そうですね。因みに何か花束を貰ったか、あげたかしましたか?」
「お嬢様がどなたかにお花を差し上げた話は聞いておりませんが...。
しかし間もなくお嬢様の誕生日ですので、花束といった贈り物は、ここひと月で大変多く届いております。」
「ではここ三日の間で花束を受け取りましたか?」
(呪われたのが今朝ならば、ひと月前の花束とかは関係ないはず、昨日かその前か...。)
「はい...。お嬢様への贈り物は別室に保管してありますが、ご覧になられますか?」
その誘いに春子が大きく頷くと、〝「では、ご案内します」〟と言ったメイド長のあとに続いて春子は女性の部屋から出た。
『通常、屋敷へ届けられたお嬢様宛のお荷物は、これから〝ご案内する部屋〟で一度保管し、中身を改めてから、お嬢様へお渡しします。
そしてここひと月の間に届けられた贈り物は、生花以外、お嬢様のお誕生日にお渡しすることになっており、動かしてはおりませんので、その部屋にあるもので全てになります。』
という説明を聞きながら、春子はその部屋に来たのだが、
〝「こちらです」〟と扉が開かれると、そこは花畑だった。
「すご...。」
思わずそう声が漏れる。
部屋はとんでもなく広いはずなのに、贈り物の量が半端なく、狭く感じる。
(個人が誕生日にもらうプレゼントの量でこれギネスじゃない?)
花は花屋よりあるでしょ。というくらい花瓶に生けられ、そこかしこに飾ってある。そして香りが充満しクラクラする。
春子は圧倒されながらもメイド長に尋ねる。
「最近届いた花はどれですか?」
....しかしそれらは普通の花だった。
「?」
(贈り物ではないのかな...。)
春子は部屋の中をぐる〜っと歩き他の花も見て回る。
そして生花以外の贈り物がのったテーブルの前で春子は足を止めた。
「え、なんで...。」
「どうかされましたか?」
メイド長が突然足を止めた春子に声を掛ける。
しかし今の春子はそれに返事する余裕はなかった。
四方がガラスでできた長方形の容器の中に
花が一輪収まっているのが分かる。
そしてその花の色は〝黒〟だが見間違うはずがない。
それは〝妖精の花〟だった。




