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呪いの魔女はわりと毎日忙しい  作者: 護郷いな
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ハセン(後編)

広場を去った彼女のあとを追うと何やら路上でトラブルに巻き込まれ路地に入って行った。


それで我々も路地に入り物陰から様子を窺うと、そこに見知った人物がいて、ハセンは小声で話し掛ける。

『セファラム様。あそこの木箱に座っている人物って、アントン伯爵家の次男坊じゃないですか?あの方たしか騎士団に所属してますよね。ここで何してるんでしょうね。』


しかし主君はそれに答えず、そこにいる者達を見たまま動かない。

そしてそれを気にすることなくハセンはまた話し掛けた。

『セファラム様。助けに入ったほうが良くないですか?』

視線の先では今日ずっと尾行している彼女が、やたら大柄な男に詰め寄られているようだった。それで〝危険ではないか?〟と思ったハセンが主君に尋ねてみたのだが、言ってるそばから状況は悪化し、男が彼女の肩を掴んだ。その瞬間ハセンはその場から飛び出そうとして....足が止まった。


たった今、彼女の肩を掴んだ男の腕が宙を舞い、地面に落ちたのだ。

しかも2本。

そして動きが止まったのはハセンだけではなく、その場にいた者達も皆目を見開いたまま停止し、その一帯が静まり返った。しかしその時間が長く続くことはなく、次の瞬間には男が上げた叫び声で我に返ると、今度は皆が揃って腕を撥ね飛ばした彼女の方を向いた。


しかしその視線に気付いていないのか、彼女は落ちた腕を躊躇うことなく拾い上げると、その手に持った腕と男を交互に見て何か考えている様子を見せた。

そのあと腕を投げ捨てた彼女がアントン伯爵家の次男坊と向き合うと、そこで何か話をしたのか、次男坊は脱兎の如く逃げ出した。


そして一度はその場から立ち去るような様子を見せた彼女だったが、ここで、腕を無くし尻もちをついてそのままでいる男の方を向くと、再び腕を拾って男に近付き、そこで何かをすると、やっとその場からの移動をはじめた。しかしその直後、男は悲鳴を上げ、そのあと動かなくなった。


一部始終を見ていたハセンは隣に立つ主君に問い掛ける。


「な、何ですかアレ。精霊魔法? いや、精霊魔法であんな攻撃は...。」

しかし主君はそれに答えることなく、その場に項垂れ座ったまま動かなくなった男に近付いて行く。


「失礼。その腕少し見せていただいても?」

そう主君が男に声をかけるが、男は何の反応も示さない。

それがわかると男の意志は無視して主君と共に男の腕を見ると、有ろう事か、男の腕は肘から先が左右逆に付けられていた。

それにハセンは思わず〝「うわぁ...。」〟と声を漏らすが、

横に立つ主君は、こんな有り得ないものを見たというのに、顔色ひとつ変えることなく〝「追いますよ。」〟それだけ言うと、彼女が去った方向に向かって歩き出した。


子供の歩幅で進む彼女はまだ遠くまで行っておらず、

すぐに追い付き尾行を続けると、路地から出たあとは大きなトラブルもなく商業ギルドに入って行った。

その後、何故か彼女は最初に行った菓子屋に戻ると、そこで新たに大量の飴を買い込んで、次に向かったところは図書館だった。

しかし休館日で入れず、もう帰るかと思われたが、魔導具店に入り、たいして珍しくもない魔石ランプを熱心に見たあと購入し、その際店主と何か会話をし、店を出たあとは早歩きで転移の扉に向かって行った。


それを見てハセンが呟く。

「......帰りましたね。」





「今日、彼女を見てどう思いました?」

屋敷に帰り、書斎に入ってすぐハセンがお茶の準備をしていると、ソファーに腰を下ろした主君がそう尋ねてきた。


それにハセンはティーセットを持ってテーブルまで移動し、主君の前にお茶を出すと、主君が片手を上下に振って〝座れ〟と指示したため、ハセンは主君の向かいのソファーに腰を下ろし、今日の出来事を思い返しながら話し始める。


「まず、彼女が魔女なのは間違いない、と思います。

あと実際の年齢は知りませんが、まだ子供と言っても問題ないその見た目には驚きました。

そして、精霊魔法...。私は何処かで魔女という存在を軽く考えていました。それは精霊魔法が攻撃には適さない、日常生活でしか役にたたない魔法。そして魔女はテルサ国の研究員でただ祝福が使えるだけの存在。と思っていたから...。」

そこで一旦言葉を切ったハセンは自身の膝の上で組んだ手を見ながら少しの間を置いて再び口を開く。

「でも今日あの男が彼女の肩を掴んだ瞬間、彼女からブワッと濃い魔力が立ち上がった。私はあの時男の腕が撥ね飛ばされたこともたしかに驚いたのですが、一番は彼女のその魔力に驚き足が止まったんです。それはおそらくあの場にいた者達も同じだったと思います。しかしそうは言っても私と違いあの場にいた者はその魔力が見えていなかったかもしれない、でもアレを肌で感じれば威圧を受けたような感覚になったはず。ただそれも一瞬だったので驚いただけで済んだという話で。」

ここでハセンは主君に向かって尋ねる。

「セファラム様。私はあんな厚みや密度を感じるような魔力を初めて見ました。魔女という存在は皆あのような魔力を持ち精霊魔法を使うのでしょうか。そしてそんな話を今まで聞いたことがないのは、この国に300年魔女がいなかったからでしょうか。」


「...それは違うでしょうね。」

主君はそう静かな声色で言うと話しを続ける。

「本来の精霊魔法は今ハセンが言った内容で合ってますし、他の国の魔女が使用する精霊魔法もそれです。

なので、それと違う精霊魔法を使う、彼女が異端で異質といえるでしょう。

彼女の称号は〝呪い〟。呪いは精霊魔法で唯一の攻撃魔法と言ってもいい。しかしそうは言っても、普通は先に祝福を与えていなければならない。でも今日見た感じでは彼女が祝福を与えた様子はなかった。なので呪いの魔女である彼女だけが使える特別な精霊魔法なのだと思います。」


「特、別な...精霊魔法。」


「ええ。何が特別かは今日のあの男。

彼は祝福を受けずして、精霊の呪いの力で腕を切断された。

そしてその後、腕を接合されたが、あれは呪いの力で接合されていて。ようはあの状態でいる間は、あの男は精霊の呪いに罹り続けている。という事なんです。

もし仮に、これが別の魔女が祝福し、それが呪いに変わったものであれば、余程、重い呪いでない限り、〝腕を落とす〟。そこで終わっていたでしょう。なので呪いが継続したまま、あの男のように生きているのは異常____、」


ここで主君が突然話すのを止めると、その意味を察したハセンはソファーから立ち上がりドアに向かう。

(コン、コン、コン)

「どうぞ。」

そう主君が許可したタイミングでハセンがドアを開けると、ラージルード公爵家のお姫様的存在、マリエッタお嬢様が小言を言いながら入室して来た。 

「お兄様!やっぱり帰ってらしたのね!私がお兄様の元へ訪ねて来なければ、お兄様はちっとも会いに来てはくださらない、それはどうかと思いますわよ!」

そしてそう言ったあとマリエッタお嬢様の視線が、お茶を出したハセンの方を向く。

「ハセン。あなたも今日、お兄様と街へ行ったそうね。私の誕生日プレゼントに何か良いものはあったかしら。」


瞬間、男二人は互いの顔を見合わせた。


するとそれに気付いてかマリエッタお嬢様の声が低くなる。

「まさか、忘れてなど、いませんわよね?」


それに主君は、微笑んで〝「心配いりませんよ。ところで何か用があって来たのでは?」〟と肯定とも否定ともとれる返しをし、ついでに話も変える。


「ふん!お兄様と違って、私は用がなくても会いに来ますのよ!...と、言いたいところですが、まぁ。今日は用があって来たのです。」

とマリエッタお嬢様が、一枚のメッセージカードを差し出して見せた。


「このカードに書かれている〝アボーノ・アントン様?〟という方、まったく存じ上げないので、今まで家同士のお付き合いもない方だと思うのですが、何故か今年邸に届けられた誕生日プレゼントの中に、このカードの付いた贈り物があって、もしやお兄様のお知り合いかと」


それを聞いた主君はマリエッタお嬢様からそのカードを受け取ると、少し表裏を確認し〝クシャ〟っと握り潰す。

「彼は騎士団に所属してはいますが、特別、家の繋がりも何もないですし、無視して大丈夫ですよ。」


「....お兄様のお知り合いでもないのでしたら問題ないですわね。聞きに来てよかったですわ。」

それからお茶を一口飲んだあと〝「部屋に戻るわ」〟と言ってソファーから立ち上がりドアの前まで来ると、そこで一旦足を止めてマリエッタお嬢様が振り返った。


「3日後。私、お兄様からの誕生日プレゼント、楽しみにしておりますわね。」




書斎からマリエッタお嬢様が去ったあと、その場が静寂に包まれ、少ししてから主君が言葉少なに告げる。



「ハセン。」



「御意」


この瞬間、明日の朝イチで宝石商を呼ぶことが決まった。



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