死なない呪い
メインの通りから一本路地に入ると一気に人通りは無くなった。
そんな場所で、ズボンの裾にワインの染みがついてはいるが、この中では一番仕立ての良い服を着た人物が積み上げられた木箱の上に座り、
袖のないシャツを着たムキムキマッチョの大男が春子の正面に立ち、
後ろには、キャスケットを深く被って俯き、背を壁に預けるようにして立っている者がいて
よく見ると少し離れたメインの通りに差し掛かる位置に3人の少年がいるのがわかった。
(ふ〜ん。見張り役兼、実行役か。)
そう春子がこの状況を確認していると、大男が詰め寄る。
「この方はなぁ、アントン伯爵家の御子息でアボーノ様だ。
そんな方の服をこんなダメにしてどう責任とるんだ、ああ??」
(ぐっ、口クッサ!!)
大男のあまりの口臭の酷さに春子は思わず下を向く。
するとそこの木箱に座っている男が〝「おい」〟と声を上げる。
「泣かせるなよ。ガキの声はうるさいからな。」
「ホントお前よかったな〜。お優しいアボーノ様だから暴力を振るわれてないんだぞ。普通ならボコボコに殴られ、その場で斬り捨てられてもおかしくないんだ、だから持ってる金、ぜ〜んぶ出して許してもらえ?」
春子は俯いたそれを〝泣く〟と捉えられたことも癪だったが口調を変えた大男の顔がこちらを向いているのも非常に不愉快で眉間に皺を寄せる。
そして何故、今こんな状況になっているのかというと。
少し前、商業ギルドに向かっていた私に後ろから来た人物が〝ドンっ〟とぶつかった。
それによってよろけて私が、いつの間にか目の前にいた人物に軽く〝トン〟と当たったのだ。
するとその人物は、持っていたワインボトルを勢いよく地面に叩きつけて割り、その人物の、さらに前方にいた人物のズボンの裾にワインが掛かった。
そして話をしようと路地裏に連れて来られたのだが、
そこにはワインが掛かった人物以外に、大男とキャスケット男がいて、私の前後に立ち進路を塞いだ。
要は、チームプレイで犯罪をする集団の、ターゲットにされた。ということだ。
そしてゲスい表情が隠しきれてない大男が、
〝お金を出して許してもらえ〟と言っている。
(ったく。お金出したら許してくれるなんて、感謝して御礼に呪い殺してやるべきか。)
そんな事を考えていると。突然、積み上げられた木箱の横にあるドアが開き、そこから看板を持った女性が出て来て男達に向かって声を荒らげる。
「ちょっとアンタら!店先で喝上げなんかヤメとくれ!迷惑なんだよ!」
それに大男が間髪入れず〝「うるせー!客なんか誰も来ねーだろーがッ!」〟と女性に向かって怒鳴り返すと、このときこの場を去ろうとした春子は簡単に肩を掴まれた。
「おっと、逃げれると____っ!」
しかし大男はそこで言葉を切るとみるみる顔色を無くし、次にはその足もとに〝ボト〟〝ボト〟とそれが落ちる。
「____っぎゃああああああああああああっっ!!!!」
瞬間、路地裏にけたたましい叫び声が響き渡ると
その声を上げた大男は、自身の両腕が無くなったことに顔面蒼白になりそのまま尻もちをつく。
春子はそんなヤツを無視すると落ちている腕を拾い上げて状態をみる。
肘から切断された腕の断面は、黒い呪いの膜が張り付き血は一滴も出ていない。
それは大男の両腕の切断面も同じで黒くなっている。
(うん、いいね。)
「っお、お前、ま、魔女か、」
その指摘に、春子は手に持った腕を〝ポイ〟と投げ捨てると、
今そう声を発した人物に視線を移す。
(ふーん。どうやらコイツは精霊魔法と一般魔法の違いがわかるらしい。名前、なんだったか...え〜っと)
「...アホノ、アントン?」
その瞬間、男は〝ガタッ!〟と木箱から降り、
ズリっと、一歩下がる...と、逆に春子は一歩近付き告げる。
「...だったら?」
すると〝「ヒッ!」〟と声を漏らしたヤツは、驚きの速さで方向転換すると、周囲の物にぶつかり蹴躓きながら一目散にメイン通りに向かって逃げた。
(...あいつ〝ヒッ〟つったな。)
春子は〝ぼぉ〜〟とヤツが走って行くのを見ていたが気付くとその場には、自分と、呆然と立ち尽くす女性、それから尻もちをついたままの大男だけになっていた。
そこで春子も移動しようとすると〝「ま、待ってくれ!」〟と呼び止められる。
「ホントに俺が悪かった!なんでもする!だから腕を元にっ」
顔を汗か涙か鼻水かでぐしゃぐしゃにした大男が懇願する。
それに春子は一つ溜め息をつくと、落ちている両腕を拾い上げ、男に近付き腕を(左右逆に)付けた。
するとその直後、大男が再び悲鳴を上げたが春子はそれを完全無視すると今度こそ商業ギルドに向かって歩き出した。
そうして時間のロスはあったが無事、商業ギルドに着くと春子は両替を済ませ、再度、最初に行ったお菓子屋に行くと死の神用の飴を選び直して購入し、最後は図書館に向かった。
しかし残念ながら休館日だったので偶然見つけた魔導具店に入ると、ランプを一つ購入し帰路についたのだった。




