散った前髪。
〝出てくる〟と言って姿を消した精霊の神はまだ戻って来ていない。
春子は布団に包まり右に左にゴロゴロ体勢を変えながら
精霊の神が言った〝やはり〟について考える。
アレは明らかにこうなる事が分かっていての発言だったと思う。
何だ?たくさん実験したからか?
でも、だったら先に言っててほしかった。
確かに、武器も使えず、身体強化もまだ使わない方がいいと言われた私が、万が一、呪い人に遭遇したときには何か対処できる術が必要だ、と考えた。
でも!実際にはそんな呪い人とか近付きたくもないし、
視界に入れるのもイヤだと思っていた。
だから呪いとは全く縁のない生活をおくるつもりだったのに...
無縁どころか、ガッツリ称号についてしまった。
(どーすんのさッ!異世界生活まだ始まってもいないのに、先にこんな物騒な称号付いて村八分なんてなったら!!)
「もーーーーーーーーっ!!!」
春子は行き場のない感情を持て余し布団を蹴り上げた。
「なんだ、前髪はまだ伸びんのか、というか今日は目の下の隈も相まっていつもの倍、酷いツラだな。」
今日の春子は円卓の席に着き世界史の本を読んでいた。
そして隣の席には死の神もいて、愛用の大鎌を磨いている。
そこにやって来て早々、そんなデリカシーのないこと平気で言い放つ時渡りの神を春子は〝キッ〟と睨みつける。
あの爆発事故で後頭部には、たんこぶができ、
創造の神の発言で異常を知った前髪は焦げてチリチリになり、おでこが全開になっていた。
ついでに言うなら、あると思った眉毛もチリチリに焼け、煤で汚れていただけで、
拭いたら〝ぱらり〟と落ちたため事故後暫くは眉毛もなかった。
なので先日の自身の鑑定書に『健康状態良好』(一部を除く)とあったのは大方この状態を指していたのだと推測した。
「髪がそんなすぐ伸びるわけないでしょ。(そして目の下の隈はほっとけよ)」
結局、朝方まで考え過ぎて寝不足なのだ。
そんな不機嫌さを隠さず春子が言い返すと時渡りの神が〝フンッ〟と鼻を鳴らす。
「死の神もそこまではしなかったか。」
それに春子の心臓が〝ドキリ〟と跳ねる。
今ので分かった。
時渡りの神様は気付いている。
死神が私の頭をひと撫でし、強制的に夢の中へと落としたあの日、あの瞬間、精霊の神様が治すのをダメだと言った後頭部のケガを死神は治してくれた。
なので翌朝起きると、ずくずくとした痛みはすっかり無くなっていた。
でも後頭部のケガは治しても見た目は分からないので誤魔化せる、しかし禿げ上がった前髪に変化があれば、流石に精霊の神様も気付いてしまうと死神も触れることはしなかった。(コレは私の勝手な考えだけど、きっと間違ってはいないはず)
なので少しずつ伸びてはきたが、私の前髪はまだまだ眉毛よりかなり上の位置にあるのだ。
ここで春子はこれ以上時渡りの神に余計なことを言われる前に話を変える。
「そう言えば、この前のあの倉庫だったか、押し入れだったかの魔法陣?アレどうやって使うんです?」
春子のその問い掛けに、時渡りの神はそこにある椅子を引き腰掛け答える。
「どうもこうも、あの魔法陣の上に物を乗せるか、被せるか、くっ付けるかすれば勝手に収納される。
あと、取り出すときは、出したいものを思い浮かべて陣に手を突っ込めばいい。」
「へ〜。」
春子は時渡りの神の話を聞きながら、奴の頭部をチラ見する。(こやつは最近、私の前ではウォーボンネットを被らない。
しかし、私は諦めていないのだ、いつか必ず取り返す。
フフフ。私は執念深いのだ。)
「おい。お前、今なんか碌でもない事を考えてるだろ。」
それに春子は両手で頬をほぐしながらシラを切る。
(あぶない。あぶない。顔に出てたようだ。)
そして春子はまた話を変える。
「と言うか、神様達って名前あったんですね。」
「あ゛?」
「ほら。時渡りの神〝ザイア〟の像は、ポロタム国の教会に祀られてるって書いてあるし、死の神〝アムー〟の像は、ノークシュア国の教会にあるって。そして他の神様のことも書いてありますよ」
春子は手にしている世界史の本を広げて見せその部分を指し示す。
「知らん。ンなもん適当にそこの世界の奴らが付けて、勝手にそう呼んでるだけだ。」
「え!そうなの?」
時渡りの神が否定したことに春子は驚きの声を上げ、隣の死の神を見ると〝コクリ。〟と頷き返される。
「大体、俺も死の神も1人しかいないのに、何で別の名が要る。〝時渡りの神〟それが俺の名だ。」
「へ〜。」
(確かにその存在が1人なら他の名なんて意味ないか?だから私も精霊の神の娘って名前なのか。)
そのあと、
『何故、俺がポロタム国の教会で祀られているのか〜』
と喋りはじめた時渡りの神を春子と死の神は完全に無視し勉強とお茶の時間を楽しんだのだった。




