そんなバカな!
数日前から再び呪い人対策を始めた春子は、今、両手を頭の後ろで組みベッドに仰向けになった格好で天井の一点を見つめ考えていた。
結局あの魔法陣は《祝福の核》を生み出してしまうので頻繁には使用できそうにない。
そして実験では呪い人一体を相手にしていたが、実際には複数出たり、魔法陣を展開するのに困難な場合があるとも限らない。
(やっぱり別の策が必要だよねぇ。)
「複数に対処できて、設置の必要がなく、呪い人に限らず応用が効く...。」
(ん〜...。この際消滅させるときに求めていた〝美〟を一旦置いとくか。どうせ呪い人や魔物なんて連中に遭遇する場面なんて大方屋外でが殆どだろうし、その場に滓が残ろうが灰が残ろうが....灰が...)
「あ?」
勢いをつけてベッドから起き上がった春子は机に向かい再び魔法陣を描き始める。
「妖精の巣立った後の花をですか?」
今、円卓の席に着いていた二人の神の元を訪れ〝『妖精の巣立った花が欲しい』〟と言った春子に精霊の神が聞き返す。
「はい。それって貰うことできますか?」
精霊の地にある妖精の花は大きく分けて3種類ある。
一つ目は、全体的に緑で、蕾も固く閉じ妖精が宿っていないもの。
二つ目は、妖精が宿り、膨らんだ蕾が七色に輝いているもの。
三つ目は、妖精が花から巣立った後、七色の輝きを失い見た目普通の白い花になったもの。
そして今、春子が言っているのは、この三つ目の、普通の白い花のことだった。
「まぁ。それは構いませんが」
精霊の神はそう言うと衣の袖口に手を入れ、両面鏡を取り出す。
それから鏡を持つ手とは逆の手でその鏡の面に触れると、手はそのまま鏡の中へ入ってゆき、次に引き戻されたとき手には春子が欲しいと言った白い花が握られていた。
「...これでは?」
(!!!)
そこで一連の動作に魅入っていた春子は呆けていた意識を戻すと目の前で怪訝な表情を浮かべ3本の白い花を差し出している精霊の神から慌てて花を受け取る。
「今度はそれを使って何か始めるのですか?」
「えっと..そうですね。前回の魔法陣は使用するのに色々問題がありそうなので、もっと場面を選ばず使用できるものを考えていて。」
「なるほど。因みに妖精が巣立った後の花は大体3日ほどで枯れます。そして、今日がその何日目かは分かりません。あと、実験は必ず私や他の神がいる時にして下さいね。」
その忠告に春子は〝「ハイ!」〟と返すと精霊の神の横に座っていた死の神も無言で頷いた。
そしてログハウスに戻った春子は再び机に向かい、受け取った妖精の花を見ながら思考を巡らす。
この妖精の花は、妖精が巣立った後はただの白い花として認識されているようだが果たして本当にそうなのだろうか。
というのも、これは妖精の母胎だったものだ。それがただの白い花であるとはどうしても思えない。
春子は机上に予め描き上げていた魔法陣を出すと、妖精の花3本のうち2本をその魔法陣の上に置いて魔力を流す。
⦅乾燥⦆
「おぉ!一瞬で粉になった」
これを一般的な精霊魔法で行った場合、火と風の生活魔法が発動し、動く魔力量も小さく時間を取られるのだが、そんなとき時渡りの神様が教えてくれた時間圧縮式は実に使い勝手が良かった。
因みに今回はこの花のポテンシャルが知りたいだけなので余計なことはせず乾燥だけにしてみたが...。
出来上がった粉末は緑と白の二色の粉が混ざった物になった。
「ハーブソルトみたいな見た目だな...。まぁいいか。それよりもどんな結果になるかだな」
春子はその粉を下に敷いていた魔法陣の紙で包むと、着ているワンピースのポケットに入れログハウスを出る。
「死神〜。今日新しい方法を試したいんだけどいいかな?」
数刻前と変わらず、まだ円卓の席についていた死の神に春子が近付きながらそう声を掛けるとコクリと頷き返される。
そして(精霊の神様は〜....。)と周囲をぐる〜と見渡したがその姿が無いのがわかると死の神に向き直った。
「じゃあ移動しよっか。」
「何度見てもこのビジュアルひくわ〜。」
円卓から少し離れたところまで来て、死の神に呪い人を出してもらった春子は思わずボヤく。
その器は仮で藁人形のはずなのだが、目の前にいる呪い人は全体を覆った濃い魔素と瘴気がまるで意思をもったようにぞわぞわウネウネ動いており藁人形の面影など何処にもない。
(こんなモノがいる世界ってどんなよ。ホラーじゃん?)
神様達に『その世界に行ってほしい』とお願いされたときは自身が核のまま消滅するよりマシだと思って了承したが...。
こんな連中が存在する世界って知らなかったんだけど...。
行った先で死んだほうがマシだと思うハメになったらどうしよ...。
(大人しく核のまま消滅しとけばよかったのでは...?)
そんな事を考えているとふと気配を感じて春子はいつの間にか俯いていた顔を上げる。
「...死神。」
死神とは直接言葉を交わした事もないしその面の下にある素顔も見た事もない。
(噂では超絶美形らしいが...マジか?)
でもこれまで毎回根気強く実験に付き合ってくれる良い神だ。
そしてこちらを見つめるその瞳は漆黒で私が知る数少ない死神のパーツだが...。
(オニキスぽいな...。)
オニキス...オニキスねぇ...厄除けやら魔除けの意味があったと思うがそれを死神が持ってるって皮肉な感じもするな。...あと他にも意志を強くするだかの意味があったな...。
「...うん。」
そうだ弱気になるな私!大丈夫!!まだ時間はあるしここで経験を積んでタダでは死なないくらいになればいい!
「(そのためには)よろしくねッ!死神先生ッ!!」
そう言うと春子は死の神の黒い衣を両手で掴んでブンブンと上下に振った。
「コレ見て。」
ワンピースのポケットから包みを取り出した春子は手のひらの上で慎重に広げ死の神に見せる。
「コレね妖精の花を乾燥させただけの物なんだけど今日はコレを呪い人に振り掛けてみようと思うんだ。でもコレで消滅しなかったら死神にお任せしてもいい?」
コクリ。
「ありがと!」
死の神の了承を得た春子は〝(では早速...。)〟と気合いを入れて一歩前に出る。
「(えっと初めてだからな〜。どれくらい振り掛けてみようかな。ここにあるのは妖精の花2本分。...とりあえず1本分で試してみるか)」
そう考えた春子は凡そ1本分の粉末を摘み、少し先にいる呪い人に向かってその手を伸ばす。
そして指先を僅かに開くと同時に精霊魔法で呼んだ風に乗せて粉末を飛ばした。
光を受けた粉末がキラキラと反射し呪い人に降り注がれる。
〝カ..タ...。〟
〝カタ...。〟
〝ガタガタガタガタタタタタ〟
(ひっ!!!)
すると次の瞬間、呪い人が激しく振動し始め春子は一歩下がる。
(ヤバい。何か間違ったかも...。)
しかし激しく揺れながらもその位置から移動する様子がない事に気づいて春子は死の神を見上げる。
「死神。行動の制限をかけてる?(もしそうならその間に何か別の策を考えて試すか?)」
だがそれに死の神は頷くことはせず何故か呪い人に指を差すと春子はその指し示す先を視線で辿り〝「ん?」〟と声を漏らす。
さっきまでは気付かなかったが呪い人の足元に何やら黒い帯状の靄が巻き付き徐々に這い上がっている。
(アレのせいで動けないのか。)
そしてそのまま黒い帯状の靄がとぐろを巻くようにして呪い人の全体に巻き付いたところで今度は何やらギチギチと不穏な音を立て始めた。
「う、わぁ〜…」
呪い人はほんの少し前まで全体に黒い帯状の靄が巻きついても、その隙間から器を維持している魔素と瘴気が漏れてぞわぞわと蠢いていた。
しかし次に黒い帯状の靄が締め始めると隙間から漏れていた魔素や瘴気が引きちぎられ空間に散開し消失していく。
そして呪い人は徐々に黒い帯状の靄の内側に押し込められ、その見えている面積が狭くなり最終的には完全に黒い帯状の靄に支配された。
(お..終わったのか?)
と、思った矢先今度はその場で回転を始め、驚いた春子の肩がビクッと跳ねる。
(なんだか洗濯機に放り込んだタオルみたいになってない?ぺらんぺらんじゃん?)
しかし次第に回転のスピードが上がりその形状が目視で判断できなくなって___________
そして動きが止まり洗濯が終わった今、はじめ呪い人がいた場所には黒いビリヤードの球のようなものがそこにあった。
「...小さく、なったね。」
変化に次ぐ変化に、頭での処理が追いついてない春子は言葉少なに呟く。
するとここでその声に気付いて春子と死の神は後ろを振り返る。
「春子ぉ〜」
(あ。創造の神様)
少し離れた場所から創造の神がにこやかに手を振って近づいて来ているのを見て春子も笑顔で手を振りかえす。
(ちょっと前に仕事に追われている風な話を聞いたけど粗方片付いたのかな...?)
「っと、その前に」
そのまま創造の神の元に向かおうとした春子だったがそこに残された球の事を思い出す。
「いいよ。死神そこにいて、回収するだけだし」
着いて来ようとした死の神にそう言うと春子はちょっと小走りで球に駆け寄る。
そして手に取ろうとした時、ビシッ!という音と共に目の前の黒い球に亀裂が入り爆風を直で受けた春子は吹っ飛ばされ___________(死んだ。)




