プロローグ(前編)
〝まったく沖のヤツめ。人のキャリーケースにアレやコレや詰め込みおって〟
昼前
ひとりの男が大学の民族・考古学研究室に訪れ、その部屋の一角にあるドアをノックすると同時に開けた。
「教授〜。頼まれた資料を____...って何してるんです?」
男に〝教授〟と呼ばれた人物は。
頭にウォーボンネットを被り
顔には主張が強めの面を着け
首に茶色の粗布を巻いてその余りをマント風に垂らし
木製の長い槍を片手に姿見の前でポージングをとっていた。
「おぉ!沖くん。資料ありがとうね。そこのデスクにでも置いといて。」
「教授。」
「ヤメてよ〜教授なんて。今まで通り〝先生〟呼びでいいよ〜」
「いや。そういう訳にはいきませんって。」
鏡越しに目が合った教授に〝「沖くん」〟と呼ばれた沖野翔太はデスクまで行くと持って来た資料を置き、次に所狭しと世界各国の骨董品・工芸品・民芸品あと動物の骨格標本etc.が飾られた部屋を見渡す。
「で?新しい部屋をもらって、もう散らかしたんですか?足の踏み場もないじゃないですか。」
沖野は溜め息混じりにそう言うと、そこにいる教授を胡乱気に見る。
この様々な国の民族衣装の寄せ集めを身につけ鏡の前で満足気にしている《森野春子》という人物は少し前に准教授から教授になり、こんななりだが民族学の他にも考古学、動物行動学の分野でそこそこ有名な人物なのだ。
(そう見えないところが残念な人なんだよな〜。)
するとここで何やら意味ありげに〝フフフ〟と笑い声を上げた教授が軽い口調で言い返す。
「散らかし?これは自宅で大事に大事に保管していた私のコレクションたちだよ〜。気分よく仕事したいじゃない?だから自宅から持って来た。」
そして教授はそのまま〝『いや〜ホント職場近くに部屋借りてよかったよ〜3往復したからさ。でも欲を言えばあともう少し持って来たかったんだけどね〜』〟と一人話を続け、いつだったかアフリカの少数民族調査に行った際手に入れた、主張が強めの面を外し丁寧にデスクに置くと沖野が持ってきた資料を手に取り逆の手には槍を持ったまま床に散乱したコレクションを器用に避けソファーに移動する。
(ったくこの人は...槍を置きなさいよ。持ってたって邪魔なだけだろうに。...ん?)
沖野が口にはせずとも呆れた気持ちで教授を眺めていると自身の足元でコツっと音があがり視線を落とす。
「.....。」
現時点でもうこの部屋には、物が置けるスペースは無いに等しい。
だのに、今、そこの床に開かれた状態で放置されたキャリーケースにはまた別の趣を持った面や陶器の人形、彩色豊かな民族アクセサリー、それから...鎌?のような形状をした何か、そんな何でこんな物まで?と言いたくなる物が他にもごちゃごちゃと、ホントにごちゃごちゃと詰まっているのが見てとれた。
「...まさかコレらを全部飾る気か?」
直後、沖野は漏れた呟きにハッとし、手で口を押さえる。
「ん〜?勿論全部飾るつもりで持って来たんだけど、でもスペースがね〜。自宅に持って帰るしかないかなぁ。」
しかし次にしっかりその呟きを拾った教授が視線は手元の資料に向けたままそう応えるとそれに沖野は小さくガッツポーズをとった。
「ま、まぁそうですね。スペースは限られてますからね。
ではコレらの大事なコレクションを誤って破損させるといけないのでキャリーケースは閉じておきますね。」
沖野はつとめて冷静にそう言うと、教授の視線が自身に向いていないのをいいことに飾られた武器やら壺、そして先程教授がデスクに置いた面にも手を伸ばし、そそくさとキャリーケースに詰め込んで蓋をし、ロックをかける...と、資料から視線を上げた教授と目が合った。
(!!!)
「沖く「先生ッ!あ、いや教授!もうお昼になりますからひとまず資料は置いて、教授はコレを一旦自宅に置いて来てはいかがですか?」
瞬間ドキリとした沖野だったが、教授の何か言い出す気配をぶった斬りお昼に促す。
「...そう?じゃあそうしようかな。」
壁に掛けられた時計を見た教授が読んでいた資料をテーブルに置き、自身のスカートのポケットから折り畳まれた一万円札を取り出す。
「沖くんさコンビニ行ったり「行きます!今日のお昼はコンビニに行くと決めてたんです!すぐ行きますから教授も今すぐ出られて下さい!」
沖野はつい被せ気味に意味不明な宣言をすると、
教授が手にしている槍とお金をむしり取るように奪い取り、変わりにキャリーケースを掴ませる。
そして気が変わってまたキャリーケースを開けられたらマズいと半ば強引に教授を立たせ、ドアの外に誘導という名の追い出しをし、自身も部屋を出て鍵をかけた。
「沖くん。」
「...何でしょう、教授。」
背後から声を掛けられた沖野は、一拍置いて振り向き様にそう答えると、思いの外近い距離にいた教授に驚き一歩後退する。
そして〝(な、なんだ?バレたか?)〟と焦る沖野に何故か至極真面目な顔をつくった教授がさらに一歩近付いて肩に手を掛け少し背伸びをして耳打ちする。
「一番くじは自腹でね。」
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「は?」
どうやら先程の〝『今日はコンビニに行く』〟宣言によって凄く思い違いされているのが分かった...が、
それを否定する前にスッと離れた教授が〝「じゃあお昼よろしく」〟と告げると沖野は多民族コーデのまま去って行く後ろ姿を見送った。