《短編版》アレクシア嬢、からくり勇者に輿入れする。~呪われた騎士の花嫁に選ばれました。が、前世の趣味()のおかげでどうにかなりそうです!
輿入れの出迎えは、大層寂しいものだった。
執事とおぼしき初老の男性、侍女頭らしきふっくらした婦人、あとは荷物を持ってくれた若い侍従と、取り次いでくれた小柄なメイドくらいなものだ。その誰もが暗い顔で、瞳に諦めをにじませている。
無理もない、と、こちらも一人でやって来たアレクシアは思う。ごく自然な発想だ、それは。
(……可哀想な勇者様。立て続けに花嫁に逃げられた挙げ句、やっと見つけたのがわたくしみたいなみそっかすだもの)
嫌みでも何でもなく、本心からそう思ってこっそり息をついた。
セリオン・エーレンシュトラール。先の魔獣大量発生にて、その核であった高位魔族を見事討ち果たし、国を救った若き騎士。まさしく名実ともに英雄、勇者の称号を受けるに相応しい人物だ。
……その折、最後のあがきで解けない呪いをかけられたりなどしなければ。世にも奇妙な姿になり果てて戻ってこなければ、褒美として斡旋された花嫁候補が全員辞退する、などという事態にはならなかったろう。
「アレクシア様、旦那様がおいでになります。酷なこととは重々承知の上で申し上げます、……何とぞ、お気を確かに持たれますよう」
重々しい執事の忠告に、かしゃんと微かな音が被さった。金属がふれあうような、重いものを床に下ろすような。そんな断続的な響きが、吹き抜けになっている二階の回廊を通って、徐々に近づいてくる。それを聞きながら淑女の礼を取って、アレクシアは思いを巡らせる。
(国王陛下や貴族の方々が送り込んだご令嬢は、軒並み逃げ出してしまった。それで困って、娘を嫁がせたものには賞金を出すことになった。……うちの義母様たちが飛びつくわけね)
毛嫌いしている先妻の子を厄介払いでき、莫大な金まで手に入る。こんなおいしい話を逃すはずがないのだ、あのがめつい二人が。
――かしゃん。
目の前で音が止まった。伏せた目線の先に現れた足先は、妙に大きい。甲冑を着ている、のか。
『――顔を上げてほしい。私にかしずく必要はない』
(……、あら? この感じは……)
耳当たりの良い滑らかな声は、やはりどこか不自然なノイズが混じっている。その響きに妙な既視感を覚えつつ、言われるままに姿勢を正し、相手を正視して――硬直した。
『アレクシア・マリエル・フォン・ローゼンブルク伯爵令嬢。……このような姿で、申し訳ない。非難と叱責は甘んじてお受けしよう』
すでにこちらが責め立てているような、翳りのある声音で言ってきた相手。まず間違いなく勇者その人だろう彼は、端的に言えば人間ではなかった。
白皙の端正な面差し、琥珀のような赤褐色の瞳。しかしそれらは生き物の温もりとは無縁の、石や鋼のような無機質さを持っていた。顔にも、そこから繋がる頭部にも、毛髪らしきものは一本もない。ただ冷たい色の地肌が連続していて、そのあちこちが無残にひび割れ欠け落ちている。
ゆったりとしたローブのようなものをまとっているのは、各々のパーツが常人より大きく、普通の服が着られないためだろう。まるで壊れかけの自動人形のような、落ちぶれたうら寂しさの漂う姿だった。
動きを止めたアレクシアに、瞼のない瞳が曇る。それでもこちらに向かって、鋼と思しき無骨な手を胸に当てて、騎士らしく礼を取ってくれる。
『私はセリオン・エーレンシュトラール。アレクシア嬢、勇敢なる貴女を歓迎する。……貴女には、不本意なことだろうが』
ひくっ、と息を呑んだ気配があった。ああまたか、と、一同が暗澹たる思いに吞まれかけたとき、
「っ、きゃ――――――――っっ!!!!」
盛大に響き渡ったのは、この場にはおよそそぐわない、どこからどう聞いても黄色い類の悲鳴だった。
居並ぶ全員がぽかんとする中、アレクシアは真っ赤になっていた。怒りでも羞恥でも、ましてや恐怖のあまり気が触れたとかでもない。ただ単純に、そして純粋にうれしかったからだ。それはもう、もんのすっごく。
(うわあああ、ロボットだー!? 呪われて姿が変わったっていうから、もっとおどろおどろしいやつ想像してたのに!! まさか生贄に出された先で前世の憧れとご対面できるなんて……ありがとうございます神様ー!!!)
実はアレクシア、いわゆる前世というやつの記憶があった。魔法はないが、高度に発展した科学技術を持つ文明――現代日本の一般市民だった頃、彼女には二つ上の兄がおり、たいそう仲が良かった。
そんな兄は多くの男の子がそうであるように、クレーン車や消防車といった働く乗り物が大好きだった。そしてそういう乗り物が悪者相手に活躍し、時にはロボットに変形して戦うようなアニメも大好きだった。その薫陶を受けた妹が、同じ趣味の道をたどったのはごく自然なことと言えよう。
ただし、そのハマり方がちょっと――いや、かなり激しかったのは、布教した当人も予想外だっただろうが。
(なんせ、お兄ちゃんより先に設定とか名前とか丸暗記しちゃってたし。高校生になってから、初バイト代はたいてブルーレイディスク揃えちゃったし。テレビ見てて、その手のアニメに出演した声優さんの声が聞こえるとすぐ気づいてたし。ぶっちゃけ初恋は某シリーズのロボットさんだったし。
虫愛ずる、もといメカ愛ずる姫君、なんてあだ名付けられたけど、何っにもおかしくなかったよね。うん)
だって、人間と人外の交流と友情なんて、めっちゃアツいしエモいじゃないですか!! ていうかわたしも混ざりたい!!!
『……あの、アレクシア嬢?』
「――、はっ!? 申し訳ございません、つい!!」
怖がっていないことだけは伝わったようだが、だからって黄色い悲鳴を上げる理由も思い当たらなかったのだろう。当のセリオンに恐る恐る、といった風情で声をかけられて、感動のあまり銀河一周の旅に出ていた魂が帰ってくる。いかんいかん、あっちに気を遣わせてどうする!
「こほん。……改めまして、ローゼンブルク家が末娘、アレクシアと申します。この度は勿体ないお話をいただきまして、感に堪えません。どうか幾久しく、このご縁が続きますよう」
『そ、そうか。これはご丁寧に……』
「とまあ前置きはこのくらいにして! いくつかご質問させていただいてもよろしいですか!?」
『は??』
しおらしくカーテシーを披露し、令嬢らしい挨拶をしたので落ち着いたかと思いきや、すぐさまさっきのテンションで飛びついてくる。そんな相手に正直ちょっと、いやかなり退いた勇者である。だめだ、この人全然落ち着いてない。
「失礼なことを伺ったらすぐ仰って下さいませね! まずはですね、随分たくさんお怪我があるようですけれど、痛みはありませんの? 治療のご予定は?」
『けが、……いや、この身体は感覚が鈍くて、ほとんど痛まない。治す予定もない、が』
「了解いたしました、では次! お身体、とても頑丈そうで頼もしい限りです! こちらは鋼ということでよろしいでしょうか、それとも何がしかの石材でしょうか!?」
『……ええと、魔導師の見立てでは鋼とオリハルコンの合金、ということらしいが……』
「なるほど!! では次、本題に参りますわね!! このお怪我、わたくしが治してもよろしいでしょうか!?」
『…………、はあ!?』
始終退き気味だったセリオンの声がとうとうひっくり返った。最後の最後でとんでもないこと言ったぞ、この子!
一方のアレクシアはというと、至って真剣だった。素材が分かっているなら話は早い、必要なのはリペアする技術と熱意がある者だ。そして心当たりならありまくる。言うまでもない、自分自身だ。
「ご安心下さい! こんなに大きな殿方を診るのは初めてですが、今まで散々やって来たことですから!」
『待て。待ってくれ』
「あ、やっぱりご不満ですの? 大丈夫です、実績なら山ほどご提示できましてよ」
『いや、そうではなくて』
「一番最近の案件は、王都六番街にお住まいのロシュフォール子爵夫人ですね! ご相談内容は長年寄り添ってくれた大切なご友人が、近頃うっかり右の脚を負傷なさったとのことで――」
『私の! 話を!! 聞いてくれないか!!!』
「は、はいっ!?」
怒濤の勢いでまくし立てる相手に、埒があかなすぎてとうとう叫んでしまった。さすがにびっくりして言葉と動きを止めたアレクシアに、大きく息を吐いてから視線を戻す。出来るだけ抑えた声で、言い聞かせるように、
『……貴女は解っているのか? この傷を治す……修復するとは、私の身体に触れるということだ。……おぞましいとは思わないのか、この風体が』
「いいえ? 全然、まったく、これっぽっちも思わなくってよ」
いともあっさりと言い切って、至って普通の仕草で距離を詰めたアレクシアは、ここだけはそうっと――相手にはしたないと思われたら嫌だなぁ、という遠慮からくる慎重さで、セリオンの右手を取った。
合金製だという大きな手は、間接ごとにパーツが分かれてごつごつしている。思った通りにひんやりと冷たいそれを持ち上げて、自分のほてった頬に当ててみた。うん、気持ちいい。
「わたくし、一度で良いからこうしてみたかったんです。皆のために命がけで戦って下さった貴方の、何がおぞましきことがありましょう? ……大きな手ですねぇ」
心を持ったロボットと触れ合うのはずうっと憧れだったし、実際に心底嬉しいのだ。むしろ今まで辞退してくれた皆さんありがとう、という気持ちでいっぱいである。それがこらえきれなくてにへっ、と、若干間の抜けた笑顔になってしまった。恥ずかしい。
しかし、相手の方はそんなものでは済まなかったようで。
ばしゅううううう!!
『――……っ!!!』
一体どういう原理なのか、金属でできているはずの面差しが真っ赤に染まった、と思った直後、頬に触れていた手を勢いよく引っこ抜いてくる。どこからともなく空気がもれるような音がする、と思ったら、セリオンの背中からものすごい勢いで蒸気が吹き出していた。……ええと、これはもしかして、
『か、寛大なお言葉感謝する! 長い距離を移動してさぞお疲れだろう、今日はゆっくり休まれるといい、あとはその、ええと』
「あのー、治療の件のお返事は?」
『ま、また後日改めて!! 失礼する!!!』
どもりまくりながらそれだけ言うと、くるりときびすを返してその場から逃げ、いや引き揚げていってしまった。がっしゃんがっしゃん、と走る一歩手前の足音が遠ざかっていき、どこかのドアが盛大に閉まる音が響き渡る。思わず声に出た。
「くっ、しまった! 喜びの余りアプローチの仕方間違えた……ッ!!」
二十歳をいくつか過ぎているという話だったし、まさかあんな恥ずかしがり屋さんだとは思わなかったのだ。この様子じゃしばらくまともに話も出来ないかもしれない。おのれ、ついうっかりハイテンションが過ぎたばかりに……!!
「…………あの、アレクシア様」
「あっすみません、勢いが良すぎたみたいで! お気を悪くなさってなければいいんですけど」
「いや、そうではなく。……本当に恐ろしくない、のですね」
「ええ、本当に。素敵な方でホッといたしました! 全身フジツボだらけとか、何だか小さな黒い蟲がいっぱいとか、そういうのを想像しておりましたので」
「そ、それは確かに恐ろしい……ごほん! これ程勇敢でご聡明な奥方に来ていただけるとは、何たる幸運でしょう。私どもも精いっぱいお支え致します、どうぞ何なりとお申し付けくださいますよう」
全身で安堵し感謝を示してくれる、執事を筆頭としたその場の全員である。良かった、ハイテンション過ぎて退かれたということはないらしい。とりあえずは安心して、ご厚意に甘えることにする。
「まあ、ありがとうございます! では早速で申し訳ないのですけれど、近場の――いえ、確実なのは王都ですね。とにかく、ツテのある錬金術師に頼んでくださいまし。大至急、あるだけのオリハルコンと鋼を精製して寄越してください、合成と成形はこっちでしますので、と」
「合成と成形!? 奥様が、でございますか!?」
「ええ。ここだけのお話ですけれど、わたくしお人形作りが趣味ですの。修理なんかも請け負っていましたから、大抵の素材は扱えますわ」
それもこれも前世、ロボット工学を志すも理系の勉強に付いていけず、ならばこっちだ! とガワを作ることに没頭したおかげである。そのおかげで継母たちからネグレクトをくらっても、貴婦人やご令嬢からの発注を請け負うことで食いつないでこれた。ちなみに先ほどの子爵夫人はお得意様の一人である。もうすでに副業を通り越してライフワークだ。
「代金はわたくし持ちでお願いいたしますね。お返事はまだ聞けていませんけど、すぐ治療に取り掛かれるように準備しておかなくては」
「いえ、是非に当家持ちで……それよりその、当のセリオン様がああでございますから、色よいお返事が聞けますかどうか……」
「大丈夫です!! 絶対に諾、の一言をいただいてみせます、わたくしの名に懸けて!!!」
「は、はい! かしこまりました、奥様……!!」
むろんのこと、前世でつけられたあだ名の方に、である。メカ愛ずる姫君として、負けられない戦いがここにある!!!
動機が何であれ、不退転の決意を固めるアレクシアの熱意は紛れもなく本物である。その熱気に中てられて、こんなにも懸命に治そうとしてくださるなんて、と、感涙にむせぶ執事と家人たちだった。
その後――
案の定、顔を合わせるのが恥ずかしすぎて引きこもったセリオンの元に、メイドさんに化けたり隣室のバルコニーから侵入したり、挙句の果てには強行突破したりしたアレクシアが押しかけ、見事に治療の許可をもぎ取るのが、一週間後。
滞りなく治療が完了し、ついでに凝り性とロマンを爆発させた若奥様が、一致団結した家人たちの協力を得てセリオンのリデザインに走るのが、半月後。
それが見事に結実し、彼女が前世で愛してやまなかった某シリーズをほうふつとさせるイケメンロボットに生まれ変わったセリオンが、奥方同伴で国王陛下の元へ帰還の挨拶に訪れるのが、一か月後。
そして――そこから諸々の騒動を経て、国を代表する名物夫婦として名を馳せ、後の世の人々にまで愛されるということを、今の二人はまだ知らない。
好きなものを遠慮なく出す話を書きたいなー、と考えていたら出来たお話です。剣と魔法の世界に、ロストテクノロジー的な感じで組み込まれてる科学技術っていいよね! というか、変形するかとかサイズ感とかは置いといて『人格と感情を持つロボット』が好き、というか。超AIも機械生命体も、宇宙からやってきた精神体が宿ってるのもみんな良き。ぶっちゃけ勇●シリーズ大好き!!
そんなわけで、ロボは良いぞ……!! というのを形にしたらこうなりました。ちなみに兄と仲良しでうんぬん、という部分がほぼ実話です。まあお互いにちびちび時代だったので、こういう話があったよね~と話を振るたびに『えっオレ覚えてないよ!?』って言われてしまいますが(泣)
一応続きというか、連載版を構想中です。ものすごく楽しく書いたものの『こういう話って皆さん的にアリなの!?』とビビりまくってもいるので、応援などいただければとても有り難いです。何とぞよろしくお願いいたします!