野良猫聖女、の、しあわせ。
黒塗りの馬車に乗る。
周囲を沢山の騎士達が取り囲み、そのまま出立した。
「アンナ。これから行くのはマギカアカメディアだ。君に悲しい記憶を思い出させてしまいそうで言い出せなかった」
「アカメディアで何があったのですか!?」
「魔獣の大量発生が起こったらしい。っとに、何をしていたんだか」
「それって……」
「言ったよね。昔は魔獣の発生なんか日常茶飯事だったって。それでも内部の者で討伐ができていた。そもそも手に負えないのだったらこうなる前に王都に救援要請を出せば良かったんだ。それなのに」
「皆さん、大丈夫でしょうか」
「どうにもならなくなってから救援要請を送ってきたらしい。連絡も途絶えた。行ってみないことには状況もわからないのが現状さ」
「あああ。だとしたら一刻を争いますね……」
「君にも、まず到着次第、アカメディアに向けて極大浄化魔法を放ってもらえるかい? エルクラからも聞いている。君の聖女のチカラは増大しているって」
「はい! 頑張ります!」
そう言って。小声で極大魔法を行使するための魔法陣を形成する為、呪文の詠唱をはじめる。
このペースであればアカメディアにはあと半刻もすれば到着できるだろう。
魔獣が大量に発生していると言うことは、そこには大きな漆黒の魔溜まりがうまれているはず。
まずそれを消し去る。
そのためにアカメディア全体を覆うほどの極大魔法を行使する。
それがアンナの仕事だった。
(レイモンドさまのお役にたつんだ!)
そんな思い、一心で、彼女は呪文の詠唱に集中していった。
アカメディア目の前に見える距離になった時。
そこはもうすでに真っ黒な霧状な魔に覆われていた。
濃すぎる魔は生き物を狂わせる。
魔に侵され魔物へと変化してしまうのだ。
あの中で、今どれくらいの人間が無事でいるのだろう。
そんな事が頭をよぎる。
ううん! あたしが彼らを助けなきゃ!
そう、決意も固めて。
「ここから放ちます!」
「だがまだ遠い」
「大丈夫です! ううん、これ以上進むと騎士様達にも被害がでます。だから」
「そうか。では頼む。アンナ」
「ええ、任せてくださいレイモンドさま!」
馬車を降りて。
純白の聖女のローブに身を包み、アンナは正面にアカメディアを見渡す。
フードからこぼれた銀髪が風に靡く。
この時のために馬車の中でずっと続けてきた詠唱。
その呪文を完成させ、両手を前に突き出した。
目の前に。魔法の威力を何倍にも増幅するための魔法陣が、二重三重と浮かび上がる。
それが真っ直ぐアカメディアに向けまるで無限に湧き出るように重なっていった。
「エターナル・キュア・ピュリフケーション!!」
彼女がその両手、指先を真っ直ぐ目の前に向ける。そして放った極大浄化のそのマギカ。
それは、無限に重なる魔法陣を抜け、威力を増加させながらアカメディアに向かってつき進んで行った。
白銀の嵐が巻き起こりアカメディアを覆う。
もしこれが攻撃魔法であったらな、マギカアカメディアはそのまま地上から消え去っていただろう。
そう、この場を見ていたものにはそう思わせるに充分な。それほどの極大魔法であった。
♢ ♢ ♢
魔溜まりを浄化霧散させてしまえばあとは今いる魔獣の駆除だけ。
流石に王宮騎士達。苦もなくそれらを蹴散らして行った。
チカラを放ちその場に倒れ込んだアンナを抱きかかえるレイモンドが自ら手を下さなくとも、その駆除は順調に進んで。
アカメディアの職員、導師、生徒達もほぼ無事で。先に意識を取り戻した導師達によって救護が進んでった。
中でも重症であったのがどうやら今回の魔溜まりの中心に居たのであろうギディオンとその側近達で、魂の奥底まで魔に侵され、アンナの極大浄化魔法でも浄化仕切れて居なかった。
騎士達によって助け出された彼ら。担架に乗せられ運ばれていく。
「ああ、ギディオン、さま?」
「彼らは王都に送る。そこで治療することになるだろう、だが……。このバカヤロウ。こんなになるまで意地を張って救援要請をよこさなかっただなんて……」
「殿下は、あなた様に助けをもとめることはできぬと意地をはっておいででした。我らがどれだけ具申しても聞く耳を持っていただけず、申し訳ございません」
導師の人がそう話す。
「いや、君らの責任じゃない。それに。間に合って良かった」
「ありがとうございます王太子殿下。それに、聖女アンナマリナ様、数々のご無礼、申し訳ございませんでした」
「ううん、ほんと、よかった、です。ギディオン様もはやく良くなってくださるのを祈っておりますわ」
そんなアンナの言葉に何度も何度も頭を下げる導師達。
少し気恥ずかしさも感じてレイモンドに擦り寄った。
でも。
(って、レイモンドさまが王太子さま? ギディオンさまのお兄様?)
こんなに一緒にいたのに気がつかなかった。
「なんで教えてくれなかったんですか? レイモンドさま?」
そう、ちょこっとだけほおを膨らませて彼を見上げるアンナ。
「はは。だって、君は私のこと、王太子じゃなくたって好きでいてくれただろう?」
そんなふうに、アンナの心を見透かすように笑う彼。
「もう、知りません!」
顔を真っ赤にして横を向く。
そんなアンナの頬に手を添えるレイモンド。
ちょっと強引に目を合わせて。
「大好きだよ。アンナ。君を離したくない」
そう耳元に唇を近づける。
「ずっと、そばに置いてくださいますか?」
もう心臓がドキドキして止まらなくなって、それでもそれだけなんとか声にした。
「ああ。神に誓うよ」
そう優しく抱きしめてくれた彼。
アンナも、彼のその大きな体に手をまわして、ぎゅっと抱きついた。
Fin
ありがとうございました。