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野良猫聖女、祈る。

 レイモンドさまは毎日お出かけして、帰るのは夜遅く。

 会えるのはおはなしできるのは朝の朝食の時間だけ。

 それはそれで少し寂しいけれど、それでも会えなかった時のことを考えると今の方がずっと幸せだとそう我慢できる。


 アンナも朝食が済んだら馬車で教会まで送ってもらい、夕方にはまたお迎えの馬車でお屋敷に帰る。

 そんな生活を続けていた。

 教会は、幼い頃に少しだけすごしたからよく知っているというわけではなくとも心が許せる場所。

 司祭さま達も優しくしてくださるし、今の大司教さまもいろいろ親切に教えてくださる。

 神に祈りを捧げるときにどんな心持ちでいるのがいいのか。

 神の加護を、権能を解放するにはどのような詠唱が良いのか。

 周囲にいる精霊と心を通わせるには、まずどのように感じればいいのか。

 本を読んでいただけだとあまり実感として理解出来なかったそうした感覚。

 それを神の間の祭壇の前で大司教さまと一緒に祈ることで、感じる事ができるようになっていった。

 習うより慣れろと、考えるより感じるようにと、そうおっしゃる大司教さま。

 最初はその意味もよくわからなかったけれど、隣にいて彼のマナの流れを感じるうちに、いつの間にか自分でもできるようになっていった。


「お疲れ様でしたアンナマリナ。もう夕方です。今日の祈りはここまでにしましょう」


 大司教エルクラにそう声をかけられてはっと顔をあげる。

 一心不乱に祈りを捧げていたからか、頬が少し上気して、ほんのり紅くなっていた。


「ありがとうございますエルクラさま。今日は神の声が少し聞こえた気がしました」


 ぱあっと笑みをこぼしそう答えるアンナ。

 かわいらしいその笑顔に、エルクラもつられて笑みを浮かべる。


「それはよかった。貴女の加護が大きくなっているのを私も感じておりますよ。この調子で頑張りましょう」


「ええ、ありがとうございます!!」


 何もしない、と、怒鳴られている頃のことを考えると今はほんと幸せだ。

 そう思えて。

 アカメディアにいた頃だって同じように毎日祭壇の前でのお祈りは欠かさなかったけれど、それでもいつも「何をやっている!」だの「何もしていない」だの文句ばかり言われていた。

 権能は人の目には見えないから。

 特に、アンナの権能清浄(アトモスフェア)は、何もしないでも周囲の空気を浄化し続けていたから。

 それでもそれを彼、ギディオンにわかってもらうようにきちんと説明することはアンナには出来なくて。


 最初、ギディオンに会った時。

 彼がなんとなくレイモンドさまに似ていたから。

 というかその綺麗な金髪碧眼の色合いも。

 そしてその顔立ちも、よく似ていたから。

 レイモンドさまが小さくなって現れた、そんな気がして嬉しくて。

 小言を言われようともどうしても嫌いになれず、ふんわりと笑顔を浮かべ誤魔化して。

 いつかわかってくれるだろう。

 彼だってアンナのことを好いていてくれるんじゃないか。

 そんなふうに勝手に思い込んでいたのが悪かったのか、結局追放されアカメディアに居られなくなってしまった。


 今でもそのことを思い出すと悲しくなる。



 今はこんなに幸せなのに。

 でも。


 ♢ ♢ ♢





 晩御飯をいただいてベッドに入ったところでレイモンドさまが帰宅したのがわかった。

 いつもよりなんだかバタバタしている?

 いつもなら、アンナが寝ている時間にこんな大きな物音は立たないのに。


 どうしたんだろうとねまきの上からガウンを羽織り、ロビーまで出てみる。

 お仕事で何かあったんだろうか。

 何か大変な事が起こったのだろうか。それが心配で。


「セバス、すまない。私は今からまたすぐ行かなければならなくなった」


「こんな夜更けにでございますか。ご用意は如何程必要でございますか?」


「ああ、数日は戻れそうにない。第一級戦闘装備で頼む。それと……」


 ロビーに着くとレイモンドさま、執事のセバスさんに色々と指示を出しているところだった。


「アンナの事を頼む。セバス」


「承知しました。旦那様、お気をつけて」


(え? どういう事? 戦闘装備? そんな、でも)


 セバスさんは詳しく尋ねる様子は無いようだった。


(嫌だ。嫌だ。嫌!)


「レイモンドさま!! 危険な場所に行かれるのですか!?」


「アンナ、起きてたのかい」


「ごめんなさい、立ち聞きするつもりじゃなかったんです。なんだか胸騒ぎがして起きてきてみたら」


「そっか。ごめんね。私はちょっとこれから出かけなきゃいけないけれど、君はここに残って待っていてくれ。なに、数日の話さ。すぐ戻ってくるから」


「嘘! 第一級戦闘装備っておっしゃったの、聞こえました。危険な所にいらっしゃるんでしょう? ダメですそんなの、レイモンドさまが危険な目に遭うのにあたし、黙ってここにいるなんてできません!」


「うーん、こう見えても私もけっこう魔力が使えるんだよ? だからね」


「ダメですダメです。行くなら、あたしも連れていってくれなきゃ嫌です! あたし、足手まといにはなりません! 絶対にレイモンドさまのお役に立ちますから!!」



 アンナの瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。

 レイモンドはハンカチを出し、彼女の涙を拭って。


「じゃぁ、一緒に行こう。君の聖女のチカラは確かに今回必要になるかもしれない。セバス! 彼女の装備も頼む!」


「承知いたしました。少々お待ちくださいませ」


 そう言うと、さっと奥に引っ込むセバス。


「レイモンドさまぁ。ごめんなさい、わがまま言って……」


「いいよ、アンナ。君は私が守るから」


 そう言って優しく頭を撫でてくれるレイモンドさまに。

(ううん、あたしが絶対にレイモンドさまを守るから)

 そう誓った。

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