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野良猫聖女、恋をする。

「なんだと言うのだ! これは!!」


 あちらの学生棟に小型の魔獣が出現した、だの。

 グランドに突如竜巻が発生しただの。

 そんな、ここ数日もたらされる不穏な報告の数々にギディオンは頭を悩ませそう吐き捨てる。


「しかし殿下。敷地内に次々と魔獣が出現しているのは事実でございます。今はまだレベルの低い魔獣ばかりで発見次第討伐できておりますが、このままだといつ何時大型魔獣が現れないとも限りません。早急に元を断つ必要があるかと」


「原因は解明できているのか!?」


「ここアカメディアはもともと魔が集まり易い地脈の上に建てられております。当初の魔力研究に於いてはそれが非常に有益でありましたから。ですがここ数年はそんな魔の流れも随分とおさまっておりました。殿下がご存じないのはそのせいかと」


「その地脈の勢いが活発化しているとでも言うのか?」


「ええ、それ以外にないでしょう。実際、いまやアカメディアの建物内においても魔の濃度が高まっておりますゆえ」


 マギカアカメディアが誇る研究者、いわゆる導師達からの説明を受けるギディオン。

 彼らが言うには、元々のアカメディアは魔獣の脅威と隣り合わせな状況だったのだと言う。

 そのため、魔力に長けたものが交代で結界をはり、そして発生した魔獣を駆除するのは当時の彼らにとっては日常であったのだという。

 また、学生等もそうした日常を過ごすことが個々の能力向上に役立っていたのだと。


「ならば今すぐアカメディア全体を覆う結界をはれば良いではないか!」


「流石にそれは無理があります。当時であっても結界には大掛かりな魔法陣の準備や力のあるもの数人がかりでの魔法詠唱が必要でありました。まして、それを継続するとなると今のアカメディアの在籍者だけでは不可能です。学生を動員するにしても、そのような能力のあるものはそこまでおりません」


「ではどうすれば良いと言うのだ!!」


「ここは、王都リベリオンに救援要請をすべきと具申致します」


「まさかこの私にあの兄に頭を下げろと申すのか」


「しかし殿下」


「他に方法は無いのか!」


「ええ。それ以外に無いかと」


「ああわかった。下がれ。しばらく一人にしてくれ」


 マギカアカメディア内にある生徒会執務室。

 その机の上に肘をたて頭を抱える。


 ——あの兄に? あんな、教会育ちの兄に頭を下げろと言うのか?

 いや、できぬ。

 亡くなったローレンス兄様であればともかく、あの兄には……。


 今、王都で病に倒れた王の代わりに政務にあたっているのはギディオンの兄王子であった。

 もともと、尊敬していた兄ローレンスが双子であり、自分にはもう一人兄が居るなどとは聞かされていなかった。

 そんな兄は自分がこのアカメディアに入る前に事故で亡くなった。

 その為、ギディオンは兄ローレンスの意志を継ぎこの国の後継者にならんとこのアカメディアでも生徒達に模範であろうと努力をしてきたのだ。

 それなのに。

 数年前父が病に倒れた際。

 教会から呼び戻され王籍に返り咲いたあの兄が。

 双子という事を忌み嫌われ、周囲に知られぬように教会預けになっていたというあの兄が。

 いきなり兄ローレンスと同じ顔をして目の前に現れて、王太子の座を奪っていったのだ。

 いくら父王アルフェルドの指名だとしても、納得できるものでは無かった。


「教会勢力からの横槍があったのでしょう。殿下がまだ未成年であるからという理由だけで、あんなこれまで王族として過ごしてこなかったものを王太子などにするなど、我々も承知できません」


 そう自分に擦り寄ってくる貴族勢力もある。

 やつから、王太子の座、次期王の座を奪還する。

 そう考え味方を増やしている所だ。

 あれの手柄を増やすような真似、できようもない。



 ——現状、王に代わり王政を取り仕切っているのはあの兄だ。

 できぬ。あれに頭を下げ救援を要請するなど、できるわけがない!


 部屋の隅には黒い霧のようなものが集まってきていた。

 しかし、そのことにギディオンが気づくことはなかった。



 ♢ ♢ ♢



「おはようアンナ。今日もかわいいね」


「ありがとうございますレイモンドさま」


 そう、にっこりと笑うアンナマリナ。

 よくわからないままお城のようなお屋敷に連れてこられ、かわいく着飾られた彼女。

 毎日侍女さんによってお風呂で磨き上げられ、肌を整えられるうちに、そのかわいさに磨きがかかっていた。


「わぁ。今朝のごはんも美味しいデス」


 ここにきてから毎日、二人で朝食がいただけることがアンナにはとても嬉しくてしかたがなかった。

 出てくる食事も美味しいものばかり。

 でももちろん、レイモンドと一緒にいただくごはんは何よりも美味しく感じた。


「それはよかった。昼間はいそがしくて一人にしてしまうから、せめてこうして朝だけでもともに摂れて私も嬉しいよ」


 そう、にこりと微笑むレイモンド。

 アンナはレイモンドの年齢を知らないけれど、初めて出会った時からもうすでに大人だったから、すくなくとも今はもう30歳に近いくらいじゃないかなぁと漠然と感じている。

 自分が今年十五歳。倍くらい年齢差があるのかなぁと。自分みたいな子供は恋愛の相手にはならないのだろうなぁと。そう少し悲しく感じて。

 幼い頃野生の猫のように育ったせいでなかなか人間の世界に馴染めなかったけれど、アカメディアで同年代の子供と接していくうちに、こどもながらに社会常識というものを学んでいった。

 皆が恋だの愛だのと騒ぐのも、なんとなくはわかるようになって。

 自分がレイモンドに持っている感情も、もしかしたらそんな「恋」というものじゃないのか、と、そう思い始めていたけれど。

 それでも。


(レイモンドさまは、あたしのことなんてそんなふうな目では見てくださらないんだろうなぁ)


 そんなふうにも感じていた。


 それ、と。


「レイモンドさま。あたし、何かレイモンドさまの役に立つ事がしたい。このまま何もしないでいるのは申し訳ないの。お願いです。何かお仕事を与えてください。なんでもいいんです!」


 ここに来てからずっと考えてきた事。

 何もしない、は、もう嫌。

 だから。



「ふむ。じゃぁ君には日中教会に行ってもらおうか。君の能力を伸ばすためにもね」


「ありがとうございます! レイモンドさま!!」


「じゃぁ教会には連絡をしておくから、行くのは明日からにしようか」


 そう優しく言って席を立つレイモンド。彼の後ろ姿を眺めながら、胸の奥がきゅうっと締め付けられるような気がするアンナ。

 せめて、役にたつ自分でありたい。

 自己満足かもしれないけど、それでも。

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