野良猫聖女、拾われる。
「ああ、こんなところにいた」
丸くなってすやすや寝ているアンナを眺め彼はクスッと笑みをこぼした。
変わらないな。そう小声で呟く。
そろそろ朝日がここまで届く。そうすれば彼女も起きるかもしれない。
心配で夜通し探してしまった挙句、ここだけ空気が違うことに気がついてきてみたら。
あどけない寝顔で丸くなって猫のように寝ているアンナを発見して。
ふうと安堵の声が漏れると同時に、その寝顔を見て意図せず笑みがこぼれ。
教会にはまだよく知るものも多かったから、こんな時のために自分への連絡手段を渡しておいてよかった、と、そう胸を撫で下ろす。
ギディオンの書簡、通達によれば、もう王家はこれ以上アンナを聖女として認めこのまま援助を継続することはかなわない、と。
馬鹿な話だ。
これほど国家にとって有用な人材はいないというのに。
この先、彼女が大聖女として覚醒した暁には、彼女に勝る聖女は存在し得ないというのに。
ここであってもそう。
こんな林の中、魔物や野獣だってその辺を歩き回っているのに。
こんなふうに無防備に寝るだなんて、普通の人間になら思いつきもできなかっただろう。
いや、もしここで寝る選択をしたとしても、こんなふうに何もせずに熟睡など出来なかっただろう。
そんな危険な真似、アンナ以外には不可能であるから。
いや、元々この地は地脈、魔の氣が通常より多くあふれる場所。
アンナが居たからこそ、この十年の間アカメディアに平穏が続いていたはずなのだ。
それを。
「無知とは恐ろしいものだな」
ギディオンのあの顔を思い出し、そう吐き捨てる。
本当はもっとそばにいてやりたかった。
でも、事情がそれを許さなかった。
彼女に何も言わず教会を離れなければならなかったのはどうしようもなかったとはいえ、もう少しだけでもちゃんと伝えてあげられればよかった、そうも後悔して。
樹々の隙間から陽光が彼女の目元に注がれる。
「う、みゅう」
眩しさに目が覚めたのか、目を擦り伸びをするアンナ。
「にゅー」
ぐぐっとえびぞってかわいらしく起き上がる。
「朝、かにゃー」
夜の方がよく見える反面、朝日には弱い。
なかなか目が開けられなくて、そのまま身体を起こして両手で顔をこする。
子猫のようなそんなあどけないかわいらしさに、彼はクスッと声を漏らした。
「え!?」
人の気配に気がついたのか、目を見開くアンナ。
「うそ、なんで、レイモンド、さま?」
「ああ、アンナ。すまなかったね。辛い思いをさせたね」
その瞳にみるみるうちに涙が湧いてくる。
「レイモンドさま、レイモンドさま、れいもんどさま!!」
泣きながら飛び上がり、目の前のレイモンドに抱きついたアンナ。
そのまま彼の胸に頭を擦り付ける。
「会えなくて、寂しかったです……」
♢
刷り込み、かもしれない。
勘違い、だったかもしれない。
でも、レイモンドの手を欲して。
離したくないと思った幼い時の気持ちは、間違いじゃない。
「捨てられたのかと、そうおもってました……」
突然連絡が取れなくなったレイモンド様。アカメディアに入った後も最初のうちは、「休みには教会に行けばレイモンドさまに会える」と、それ楽しみにすごしていたけれど、ある日突然「もうここにはレイモンド様は帰らない」そう聞かされた時の絶望感。
それが悲しくて、耐えられなくて、数日間泣き続けた。
「ああ。本当にすまなかった」
「ううん、でもどうして? どうしてここにいるんですか?」
「ここの空気が他と違った、からかなぁ」
「え?」
「すぐわかったよ。この清浄な空気。気配に。ちょうどこの林だけが浄化された空気に包まれているから」
「ああ……」
「君の加護の権能、清浄は常時顕現しているからね。何もしないでも君の周りは常に浄化され続けているから」
ぱぁっと一瞬破顔し、そしてすぐにまた目を伏せるアンナ。
「でも、ギディオン様には『何もしていない』と言われてしまいました……」
「何もしていない、か。やつは君が居ないアカメディアを知らないからな」
ギディオンとアンナは同い年であったから、たしかに彼はアンナの居ないアカメディアを知るよしもなかった、けれど。
レイモンドは自分が在籍していた頃のアカメディアを思い出して。
「昔はね、あそこは魔溜まりが発生しては魔獣が生成され大騒ぎになる、なんてことがしょっちゅうだったんだけどな。まあそれらを退治することがアカメディアの学生の実践修行にもなっていたんだけれどね」
「はう。じゃぁあたし、修行の邪魔をしていたのですか?」
「はは。君がそんなことを気にする必要はないよ。修行なら何処でもできるからね。それよりも君の能力を高める方が世の中の為になるだろう?」
「だって、あたし、ギディオンさまに怒られてばかりで……」
マギカアカメディア。
この国の魔法研究の最先端であり、個々の能力を開花させるための学習施設でもあるそこ。
そんなアカメディアで過ごした日々を思い出しながら、アンナはシュンと俯いた。
「人と話すのはまだ苦手かい? アンナ」
レイモンドは右手のひらをぽんっとあんなの頭に乗せ。
もう幼い子供じゃないのだから、と思い返して優しく撫でるように髪をすく。
そのまま、彼女の頬に溜まった涙を拭い、顎に手をあて俯いた顔をくいっとこちらにむけた。
「レイモンド、さま……」
こちらを見上げるアンナの瞳。
少し潤んで、それでも驚愕、恥じらいに揺らいで。
可愛らしいその蕾のような唇が、赤く染まる。
「一緒にくるかい? それとも、アカメディアに帰りたい?」
「アカメディアには……もう無理です。それよりも、あたし、レイモンドさまについて行ってもいいんですか?」
「ああ、これからはずっと一緒だ」
アンナの瞳からまた大粒の涙が溢れ出る。
悲しい涙じゃない。これは嬉しい涙だから。
そう言いたくて、でも声を出すこともできなくて。
アンナはそのままレイモンドの胸に縋りついた。