二ノ話・四
童子は不思議そうな顔で振り返り、お市さまの顔を見上げました。
この時、お市さまはある考えを思いついたのでございます。
「近江まではまだまだ遠かろう。
私の兄の屋敷がすぐ近くにあります。長旅で疲れたでしょうから、立ち寄って休んでいきなさい。
おまえさえよければ、ずっと居てもよいのですよ」
お市さまは優しげな笑顔を浮かべて言われると、童子の側にすっと寄り、小さな体をそっと抱きしめました。
その後、お市さまは童子の顔を覗き込みました。
お市さまのお顔は、かすかに震えておりました。
この童子の返答次第で、織田家の命運が決まるやもしれぬ。
そう思われたからでございます。
一方の童子は、まあるい目でお市さまを見ておりました。
やがて、
「おまえさんは優しくて美しいから、言うとおりにする」
童子は子どもらしい無邪気な笑みを浮かべ、何とも愛らしい声で答えました。
これを聞いたお市さまは大変安堵なされました。
それから、この童子を一緒に輿に乗せ、信長公の城へと戻って行かれました。
が、不思議なことに、城にお着きになるや、一緒にいたはずの童子の姿は見えなくなったのでございます。
織田方と今川方の戦が桶狭間において行われましたのは、それから間もなくのこと。この戦の結末がどうなりましたかは、先程申し上げた通りでございます。
これ以降、織田の家は大きく栄えることとなったのでございました。




