一ノ話・十四
それは、一匹の蛇でございました。
熱田神宮には、三種の神器の一つ、草薙の剣が収められていると云われております。
かつて、出雲の国を荒らした八つの頭を持つ大蛇、八岐大蛇。
草薙の剣は、この怪物を須佐之男命が退治した際、割かれた蛇の腹より出でしものでございます。
この時、信長公の前に現れた蛇が八岐大蛇と縁があるのか無いのか、それは定かではございませぬが、たしかに拝殿の横でその蛇はとぐろを巻いていたのでございます。
蛇は、月の無い今宵の闇のような漆黒の彩を帯びていたのでございます。
この蛇は、大蛇と呼ぶには程遠い大きさでございました。
しかし、驚いたことには口を開き、赤黒い舌を見せると、人の言葉を発したのでございます。
「そなたをこの戦に勝たせてやろう」
蛇は信長公にそう言いました。
神の使いか、あるいは地獄への案内人か。とにかく、この蛇は口を開くや、そう言ったのでございます。
信長公が呆気に取られている間に、蛇はするすると拝殿の裏へと姿を消しました。
それからどれ程の時が過ぎたでしょうか。
蛇の姿が消えてしまうと、目の前で今起きたことが夢か現か、信長公にもわからなくなりました。
一瞬の幻、まさに白昼夢のようでございました。
とにもかくにも信長さまの軍は、今川さまが陣を敷く桶狭間を目指して、熱田神宮を後にしたのでございます。




