一ノ話・十
「閻魔帳に記されてある私の命日は、天正十年六月二日ではございませぬ。
従いまして、私が明日死ぬことはなかろうと存じます」
「そんな馬鹿なことがあるか」
蘭丸が口をはさんだ。
「おぬしの命日が明日でないのなら、おぬしは明日地獄へ行き、お館さまの寿命を見てくることになる。そんなことがあるものか」
蘭丸は修羅ノ介を馬鹿にするがごとく笑った。
だが、修羅ノ介は変わらず平然としたままだった。
蘭丸は端正な顔を引きつらせた。
「きさま、今すぐ殺してくれようか。
そうか、きさまの命日は明日ではなく今宵なのだな。
ならば、明日が命日でないというのも、もっともなこと」
蘭丸は怒りを顕わにした。
「私の命日は明日ではないと申しましたが、今日でもございませぬ。
仮に、あなたが私を殺そうとしたところで、それは変わりませぬ。
あなたには、私を殺すことは出来ないのでございます」
修羅ノ介は、蘭丸を上目遣いに見た。
蘭丸は激高した。
「きさまを殺すか殺さぬか、決めるのはわしじゃ」
蘭丸は小太刀を抜き、修羅ノ介に襲いかかった。
だが、
「蘭丸、やめよ」
またしても、信長の鋭い声が飛んだ。
蘭丸の動きが止まった。
「ですが、こやつは」
蘭丸は振り返った。
不満げな顔をしていた。
「わしが明日までは生かすことにしたのじゃ。
この者には、地獄へ行き、わしの寿命を聞いてきてもらわねばならん。
もっとも、この者の御伽語りが退屈であるなら、この者は修羅ノ介ではないということになる」
「それは、つまり」
蘭丸が尋ねた。
「即刻首を刎ねるということじゃ」
信長は抑えた声で言ったが、有無を言わせぬ凄みがあった。




