本能寺の夜・四
やがて、近習の者二人が一人の男を伴い、宴が開かれている間へ入って来た。
男には縄がかけられていた。
「こやつか」
信長が問うと、
「寺の周りを不審な様子でうろついていたため、警護の者がひっ捕らえたとのことでございます」
蘭丸が答えた。
その者は修験者のような身なりをしていた。
身に着けている鈴懸はすすけ、顔も目鼻立ちは整っているものの、汚れていた。
信長も蘭丸も、この者をじいっと見た。
見ずにはいられなかった。
二人とも、ただならぬ雰囲気をこの者から感じ取っていた。
「何者じゃ?何のために忍び込んだ?どこぞの手の者か?」
信長は甲高い声で次々問うた。
まだ機嫌は損なわれておらぬ様子だった。
「私は国から国へ旅をしている者でございます。
今宵はこの寺の片隅にでも一夜の宿を借りたいと思ったしだいにございます。
どうか、お慈悲を賜り下さいませ」
言い終わると、その者は深々と頭を下げた。
澄んだ、よく通る声だった。
また、このような状況であるにもかかわらず、ひどく落ち着き払っていた。
それは、この場の者たちにとっては、まったく意外なことだった。
「旅をしているというだけでは、十分とは言えぬ。
素性を言うのじゃ。答えられぬなら、生かしてはおけぬ」
信長は、ぎろりと鋭い眼光をこの者に向けた。
見た者で震え上がらぬ者は無いと思われるほどの恐ろしい顔つきだった。
だが、この者の様子に変わるところはなかった。
「私は御伽師の修羅ノ介と申す者にございます」
修羅ノ介と名乗った男は、また頭を下げた。