5話 3.14③ おやすみ
この機材、rTMSは、現在うつ病の治療が主な用途である。しかし、もう数年でこんな使い方も実用化が解禁されるらしい。それは『トラウマの解消』。
通常脳は、記憶を不安定で消えやすい短期記憶から長期記憶に変える際『固定化』のプロセスを踏む。しかし記憶を取り出す、つまり『思い出す』ことでその記憶が再び不安定化する。これは記憶の強化・修飾をするためにこのような機構をとると言われ、最後に脳は記憶を再び『固定化』する。
この不安定な記憶をrTMSの放出する磁気で刺激することで、トラウマたる記憶を改変できるというわけだ。
お姉ちゃんに僕の作った音で無理やり思い出させ、念押しにあの絵本を見せる。大成功だった。あとは思い出しているうちに記憶をいじるだけ。きっと大丈夫。何度も何度もシミュレートしてきたじゃないか。
大台に寝かせたお姉ちゃんの顔を覗き見る。悲しそうな、まどろんだような、世界一大好きな人の顔がそこにある。
「お姉ちゃん、最近眠れてなかったでしょ? この際だから体だけでも、ちゃんと休ませてね」
rTMSの稼働を終了させる。治療を終えて数分後、僕だけの眠り姫が寝息をたてている。きっとこれで、トラウマの下に抑えられたお姉ちゃんの気持ちも、少しずつ地上に芽吹くと思う。……フラフラする。僕もすこしだけ眠りたい。なんだかすごく疲れちゃったんだ。大台で眠りこけている姉の膝に、僕は崩れ落ちるように頭を載せ、まるで子供を一日中看病した母親の様にその場で眠りに落ちる。