蒼の来店
案の定、目が覚めて鏡を見たら瞼が腫れていた。
冷たいタオルで冷やす。
蒼に送ったLINEは既読になっていたが、返事はなかった。
健吾に、好きな人がいると伝えなければ…
しかし誰と聞かれたら?なぜ好きになったのか説明しなければなのか、健吾を嫌いになったわけではないのは本心だし、かと言って説明は難しい…
頭を悩ませる。
日曜日の営業は深夜になると空いてくる。今日も午前2時を過ぎて、お客はひと組だけになった。
そこへジャージにハットを被った男が入ってくる。普通に今どきの若い男性らしい。蒼だった。
「いらっしゃいませ。」私は一瞬で笑顔になった。
蒼はカウンターに座るとビールを頼んだ。
「僕あまりお酒は飲めなくて、1杯だけ。」と言って照れているように笑った。
生ビールを用意している間に、店内にいたひと組のお客が会計しているようだ。LEVANTERのお客は蒼だけになった。
「本当は今日、行くかどうかすごく迷ったんだけど、来てしまいました。」と私の顔を見て微笑んだ。
「隣に座りませんか?ここ。」とカウンターの蒼の隣の席を指した。
「うわ、ほんとに沙也香さんだ。笑」
SNSの写真だけしか見てなかったからかしら?
「そんなことを蒼くんに言われるなんておかしい。普通は逆でしょ逆。笑」
私は少し小さめのグラスに生ビールを入れて、蒼と乾杯した。
「思っていた通りの人だよ。」と優しい目で私を見ながら蒼は言った。
私はあなたと話したり隣にいれるだけでも幸せだ。ふと夢の中の出来事を思い出す。彼が去って行った後ろ姿が目の前に浮かびボーッとしてしまった。
その時、蒼が私の手を優しく握ってきた。
「……。…沙也香さん手が小さいね。」思わずドキッとして顔が赤くなりそうだった。
「そうなの、身長も高くないし。」
「だよね、小さいもん。俺もそんなに高い方じゃないけどね。笑」と蒼はその手を握ったり自分の手と合わせたりしていた。
「あれ、めっちゃラブラブじゃないですか? 僕はこのへんであがってもいいですか?笑」店員の春山だ。時計を見たら3時を回っていた。
「あ、そうだね。ひと通り片付けたらあがっていいってチーフにも伝えて。あとは私がやるから。」
店が営業時間内であることを忘れそうになるくらい、2人だけの時間が流れていた。
「俺もそろそろ帰った方がいい?」と蒼が聞いた。
「ダメ。私が終わるまでいい子で待ってて。笑」
そう言ったらすごく嬉しそうな恥ずかしそうな顔をしていた。
リモコンを渡して好きな動画を見ててと蒼に言った。
店員たちが先にあがり、最終チェックを済ませて生ビールと一緒に蒼の隣に座った。「このビールはナイショね。」
蒼は真剣に画面を見ていた。選曲にKPOPが多かった気がする。
「すごく勉強になるし、ダンスをコピーしたりするんだ。ダンスだけの動画もあってすごいんだよ。」
かなり熱く語っている。そうか、蒼のダンスの原点はKPOPなんだ。たしかに目を引くものがある。
「ごめんね、待たせちゃって。」
「大丈夫、俺もこんな大画面で見れたのは初めてだから良かったよ。」「でも、早く隣に来て欲しかった。」
そう言って蒼は私の手をまた握り、軽くブンブンと振り回した。
私はその手を恋人繋ぎにして2人の間で握ってみた。ちょっと恥ずかしい…
「今日は来てくれてありがとう。」と繋いだ手にチュッと唇をつけた。
蒼は少し驚いたようだが、繋いだ手を嬉しそうに見て、ビールをゴクリと飲んだ。
「そろそろ帰ろっか。」
飲んでいたグラスを片付けて、店内の照明を消していたその時、蒼が急に後ろから抱きしめてきた。
「また来るからね。」
「うん。待ってる。」
夢で抱きしめられた時と同じ感覚なのか、そんなことはもうどうでもよくなった。ずっとこの腕の中にいたいと思った。
外はもう薄明るくなっている。LEVANTERの鍵閉めた。
蒼とは逆方向だけど駅まで一緒に行くことにした。この時間ならちょうどいい。蒼は黒いマスクをつけた。
2人で仲良く歩いている。
その2人を建物の物陰からジーッと見ている健吾がいた。