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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
02/Chapter:"母性の人"
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25/Sub:"マニューバ"

「教官、一つ質問よろしいでしょうか」


 ユーリはそう言いながら、咲江の乗るブラックオウルの方を見た。黒いキャノピーのスリット状センサーが冷たく空を睨みながら、ユーリの右にぴったりとつけて編隊飛行している。その動きは機械が出力しているのにその向こうのパイロットの存在を感じた。


『いいわ。質問を許可します』

「エクササイズ、とは言いましたけどルールはどうするんですか?」


 そうユーリが言うと、ふーむ、と通信の向こうで咲江が呟く。何やら考え込んでいるようだ、と思っていた次の瞬間ブラックオウルの巨体がその図体に見合わずに俊敏に、そして滑らかに動き出す。ユーリの右を編隊飛行していた咲江は操縦桿に軽く力を加えると、緩くピッチアップすると同時に左にロール。ラダーのフットペダルを踏み込み、機体を横に滑らせた。その結果、まるでユーリの周りを覆う見えない透明な球にぴったりと吸い付いているかのように、咲江の操るブラックオウルがユーリの頭上で背面飛行の位置につく。ユーリが小さく苦笑いを浮かべると、頭上で背面飛行をしていたブラックオウルがまた横に動き、ユーリを中心にしながら、常に機体の背面を向けつつユーリの周囲をロール軸に沿って動き始めた。まるで周囲からスキャンでもされているような気分だった。


『よし、決めたわ』


 咲江が通信でそう言うと、ユーリの周囲をぐるぐる回っていたブラックオウルが螺旋飛行から外れ、再びユーリの右に滑り込むようにして編隊飛行に戻った。相変わらず、自分の身体の一部の様に機体を操るものだ、とユーリは咲江の操縦技術に内心舌を巻く。


『やっぱり実践あるのみよ、基本的にあなたは基礎に関してはできてるし、まずは問題を具体的に浮き彫りにするために、一旦、貴方の飛行特性を限界まで生かす状況に入る必要があると思うの』

「それって。つまり」


 途端に、右隣を飛ぶ咲江のブラックオウルに何かが満ちるような感覚。それが『戦意』と言うものだと気付いた時には、急激にピッチアップし、翼から気流を剥離させ、盛大に減圧雲の白いドレスを翼に纏いながらブラックオウルがコブラ・マニューバでユーリの遥か後方に吹き飛んでいた。

 コブラ・マニューバで、例え幻覚とはいえ相当なGがかかっているだろう機内から咲江が平然と呼びかけてくる。


『今日のエクササイズはドッグファイト。ミサイルはなし。兵装は機銃とレールガンのみ。あなたは何をやってもいいわ。ルールはシンプル、『死人に口なし』――エンゲージ』


 ぞわりと背中が泡立つような感触。しかし、ユーリはつり上がった口の端に気付かない。翼の噴射光が煌めき、弾かれたように速度が上がる。

 後ろを取られた。武装は機銃とレールガン。この状況で後ろを取り返そうとするのは自殺行為だ。となればまずするべきことはまずは射線にとらえられないようにしながら咲江を振り回しつつ、相手をオーバーシュートさせる隙をつくこと。観察、状況判断、意思決定を速やかに行いつつ、ユーリは実行に移す。推力を最大に近い状態で加速しながら左に急旋回。速度を維持したままユーリはブラックオウルの機首方向から大きく角度をつけようとする。

 コブラ・マニューバから即座に復帰した咲江は、即座に大推力で離脱を図るユーリを捉えた。彼女はマニューバ中の高Gの中でも、常にユーリの場所を捉え続けていた。スロットルレバーを押し込み、オーグメンターを作動させる。推力偏向ノズルが大きく開き、青い炎がダイヤモンドコーンを描いて伸びる。弾かれたように加速し出すブラックオウル。強烈な加速のGが咲江の身体をシートに押し付け、速やかに機体は音の壁を貫いた。

 追ってきた。ユーリは咲江の機体を視界の端にとらえつつ、速度を維持したままピッチアップと左にロール。滑らかに曲線を描いていた彼の軌跡が歪み、空中に大きな螺旋を描くように機動。バレルロール。咲江をオーバーシュートさせようとしつつ、速度が落ちたところを狙われないようにし、大推力で引き離すことのできるブラックオウルを追いかけられるスピードを維持し続ける。

 咲江は冷静に機体を操る。ユーリは速度を維持しつつバレルロール中、このままだとオーバーシュートさせられる。あのバレルロール中のユーリを狙うのは困難、機銃も同じ。ならばすべきことは位置関係の維持。ユーリを追って左に旋回しながら機体を上昇させ、ユーリの描く螺旋の上空に躍り上がり、高度と速度を入れ替えてオーバーシュートを許させない。HMDに表示された、幅の広い定規の目盛りの様な水平指示器が視界の中で上へ横へ回転して動き回る。ハイ・ヨー・ヨー・マニューバに咲江が移ったのを確認したユーリはバレルロールを中断。横に倒れた螺旋機動の、上昇部分で旋回をやめて空に躍り上がる。途端に落ちる速度。ブラックオウルとの位置が、並ぶ。

 ブラックオウルとユーリ、両者の翼端が一斉に雲の糸を引き出した。凄まじいGに視界が薄暗くなり始めるのを感じながらユーリはブラックオウルを前に押し出そうと上昇を続ける。お互いの高度はほぼ同じ。なら速度を落とした方が後方を獲れる。ユーリは上昇を継続、ブラックオウルの上空に踊り出た。速度が高度に変換されたユーリの身体が、咲江から見て後ろに流れていく。

 ユーリの掌に小さく光が宿った。ドラゴンブレスが球形に収束しながら小さく瞬いく。掌を顔の前に持っていき、目を細めた。見据えるのは、自分の左下前方に見えるブラックオウル。

 収束したドラゴンブレスが放たれた。細いレーザーの様に一筋に空を貫いたドラゴンブレスは、発射されたというよりは剣を抜き放った様に、空に真っすぐのびる光の筋を描き出す。咲江の乗るブラックオウルに向けて放たれたが、ドラゴンブレスは機体のやや後方を貫いた。咲江はこちらに発射の兆候が見えた瞬間、急旋回して射線から逃れていた。追いかけてドラゴンブレスの発射方向を動かすものの、小さなバレルロールに移行した咲江のブラックオウルは潜り抜けるようにしてドラゴンブレスを回避する。そうしているうちにユーリの身体がぐん、と重くなる。慌ててドラゴンブレスの照射をやめるものの、小さく息があがっていた。一瞬注意が咲江から逸れる。

 その隙を咲江は見逃さない。ラダーペダルを大きく踏み込み、同時に急激にピッチアップ。急旋回は機体から急激に速度を奪い、機体が白い減圧雲のドレスを纏う。右横に滑りながらブラックオウルが弾かれたように上を向いて、その瞬間、咲江はスロットルレバーとフライトスティックについたスイッチを操作。RDY―GUN。照準はマニュアル。HMDに投影されたホログラフィックディスプレイに、2キロ先までの弾道が、ところどころ点がついた曲線で表示される。その曲線の手前に、ユーリの姿が映った。

 人差し指がかけられたトリガーが押し込まれた。ブラックオウルに搭載された口径25ミリのリヴォルヴァーカノンは即座に反応。ほぼタイムラグなしで、毎分二五〇〇発の速度で超音速の砲弾が機首横の砲口から放たれた。五発に一発の間隔で、明るく輝く曳光弾を混ぜられたそれは、ユーリのすぐ正面に、まるで光の滝の様に現れた。


「しまっ――」


 広がりのある弾幕。回避はできない。とっさに目をつぶって、視界が白に染まる。恐る恐る周囲を見渡すと、いつぞやの真っ白なブリーフィングルームだった。


「はい、まずは一キル」


 ぼふん、と頭の上に重いものが乗る感触とともに、後ろから抱きしめられる。いつぞやの霊服を着た咲江が、フライトスーツを着たユーリの後ろから手を回していた。


「――やられました」

「素直で結構。で、今回の敗因はなに?」


 後ろから咲江が聞いてくるのに、ユーリはしばし黙って、それから漏らすようにつぶやいた。


「ドラゴンブレスを当てようとするのに気を取られて、霊力切れに気付きませんでした」

「うん。その他には?」


 他にあるのか。そう言われてユーリは言葉に詰まる。そうして回答に困っていると、咲江は小さく微笑み、諭すように言う。


「あなたは攻撃位置につけた、と思った瞬間に即座に射撃を行った。だけどそれが外れた後のことを考えず、しかも攻撃を続けた。それが霊力切れの原因でしょ?」

「……確かに、そうです」


 咲江は前に抱えるように抱き着いているユーリの胸板を後ろから撫でながら言う。


「観察、状況判断、意思決定、実行。このループから外れることがあるわ。気をつけなさい。それと、ヨー方向の機動をあまりしない癖があるわね。そのせいで機動にムラがあるわ」


 咲江がしばしばやっていたサイドスリップ。目の前に機関砲の砲弾の膜が現れた時も、それができて身体を横滑りさせていれば撃墜は免れられたかもしれない。ユーリ自信あまり気にしたことはなかったが、言われてみるとそんな気もして、複雑な表情を浮かべる。そんな彼の心情を察したかのように、咲江が調子を明るくしながら言った。


「前にもあったけど、まずはヨー方向の安定を取るのを練習しましょうか。前言った通り、貴方には垂直尾翼がないから、安定性の維持は難しいはず。だけどそれは強みにもなるわ」

「強み、ですか?」

「そう。安定性が低いなら、それは機動性が高いということの裏返しでもあるわ。コントロール下にないものをコントロールする、これができれば、機動の幅は広がるはず」


 矛盾しているようで、そうでないもの。実際、今飛んでいるブラックオウルを含む現行の戦闘機は、フライトコンピューターの補助なしにはまともに飛ばすことも難しいほど安定性が低い。だが同時にそれは、機体のあらゆる方向への瞬発力を高め、マニューバ一つ一つの『切れ味』を高める結果に繋がっている。不安定を安定して行う。それだけの純粋な技量が、自分に足りなかったのだとユーリは思い知らされた。脳裏に、ストラトポーズを超えた先で制御不能になったときの記憶がよぎった。


「これからはそちらを意識しながら練習してみましょうか」

「まだまだ未熟ですか? 僕は」


 ユーリが振り返って咲江を見上げながら言うと、咲江は柔らかい微笑を浮かべながらユーリに諭すように言う。


「大丈夫よ。時間は十分にあるのだし、具体的な問題が見えたのならそれを解決すればいいだけよ」


 若いっていう特権は、そういうことよ。どこかうらやまし気な雰囲気をにじませつつ、咲江は言う。

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