表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
02/Chapter:"母性の人"
77/216

23/Sub:"予備役"

 最近、ユーリ()()()の様子がおかしい。

 そのことにアリアンナが気づいたのは、多分異変が始まってからすぐだった。最初はほんの少しの違和感だったものに、真っ先に気付いた。


「でもなぁ」


 学校の制服であるブレザーに身を包んだアリアンナは思わず漏らす。つぶやきは周囲の喧騒に紛れて消えていった。

 ここはユニオンの基地、その一角。大きな会議室の様な部屋の天井には『受付』『出口』『順番待ち』など、様々な道案内が書かれた標識のプラスチック板がぶら下がっている。周囲にずらっと並ぶベンチには、包帯の様な白く、幅広の布の様なもので様々なものをぐるぐる巻きにして持っている人や、様々な人外種族であふれかえっていた。並んだベンチに全員行儀よく座っているが、各々電子ペーパーを開いたり、端末を弄ったり、音楽を携帯音楽プレーヤーで聞いたりと様々な方法で時間をつぶしている。広い部屋の四隅には、暗灰色の装甲付きタクティカルスーツを着たユニオンの軍人が、部屋を見渡すような形で立っている。彼らの腰のベルトには拳銃が挿してあった。

 アリアンナ達も白い布――P型簡易型対霊事象固定杭、と言っていたか。――に、それぞれ銀朱に深緋、ブラッドボーン、イリスロサイトを巻いてそれぞれ抱えている。

 列になってずらりと並ぶ、一席ごとにひじ掛けで区切られているベンチ。その最前列に彼女たちは腰掛けていた。五人掛けのベンチの中央に彼女達三人が座っている。


「どうしたのです? アンナ」

「いや、なんでもない」


 そう言って、隣に座っている、同じく制服姿のアンジェリカに返すアリアンナ。口元には微笑みを浮かべてはいるが、その瞳はほぼ笑ってはいなかった。アンジェリカのもう一つ隣には、同じく制服を着たアリシアが座っていて、携帯ゲーム機にイヤホンを繋げてゲームをしている。

 正直なことを言うと、ユーリが心配であった。あの様子で一人にして大丈夫だったのだろうか。不安定な時期は抜けたと思ったら、不思議な方向へと向き始めていた。何が何だか理解できないまま、こうして家を離れることになった。問題は何も解決しておらず、実質放置しているままの状態である。

 大丈夫かなあ。

 改めて小さくため息をつく。解決できていない問題を放置したまま出かけるというのは、何とももどかしい。しかし、唯一の良い点は『様子がおかしい』のベクトルが、悪い方に向いていない状態で、ひとまずは落ち着いていたことだった。結局何がユーリを悪い方に向かせ、何がユーリを良い方に向かわせたのかはわからずじまいだったが。結局、ユーリが自分の知らないところで落ち込んで、自分の知らないところで勝手に良くなった挙句に、自分の知らない何かに取り組んでいるのが、どうも気に食わない。

 そうしてもどかしい気持ちを抱えているのは自分だけではなさそう、と言うことは、アリアンナがちらりと横目で隣のアンジェリカの様子を見てみると一目瞭然だった。平静を装ってはいるが、気を抜くとすぐに眉間に皺が寄っている。組んだ足をどこか居心地悪そうに左右たびたび入れ替えているのも、アンジェリカの心情を表していた。

 一方その先にいるアリシアはどこか落ち着いていた。熱心に彼女が見つめている携帯ゲーム機の画面には、斜めからでよく見えないが、最近発売されたRPGの新作のものらしきプレイ画面が表示されていた。

 再びアリアンナは前を向く。最前列のベンチに座っている彼女らの前に見えるものは、通路の壁に、埋め込まれるようにあるドア。その上についた有機ELディスプレイの電光掲示板には『使用中』の文字が光っていた。

 手持無沙汰にその電光掲示板を見つめる。

 電子音のチャイムが鳴る。使用中の掲示が消えて、ドアが開いて、同じように白い布のようなもので様々なものをぐるぐる巻きにした人や人外がぞろぞろと出てきた。


『お呼び出しします。番号札二四番から三五番の方は検査室の方へどうぞ』

「呼ばれましたわよ」


 アンジェリカが立ち上がる。スッと体幹をぶらさずに立ち上がって、布で巻かれた『ブラッドボーン』を持って歩き出す。後に続いて携帯ゲーム機をポーチに仕舞ったアリシアも立ち上がり、小さくため息をついて苦笑いを浮かべながらアリアンナも立ち上がる。

 立ち上がったアンジェリカに向けてアリシアが尋ねる。


「この後はなんだっけ?」

「武器自体の検査の後、講習会、医師診断、精神検査、免許更新の手続き、がやることですわね」

「うへぇ」


 アンジェリカがどこかイライラしているような口調で言うのにアリアンナがおどけたように言う。講習会までは今日中に行けるかもしれないが、その後は待ち時間も含めて次回になるだろう。

 アリアンナはちらり、と周囲を見渡した。広い部屋にずらりと並べられたベンチ。それを埋め尽くすように座る人や人外たち。そのどれもが同じ、アンジェリカ達と同じように霊的武器携帯免許の更新に来た者たちだ。この部屋に通される前にも長蛇の列であった。

 きっと、この次でも同じように待つ羽目になるだろう。そんな予勘をさせつつも、アリアンナは目の前のことに集中した。

 ユーリのことは、心の端に引っかかったままだった。




「お邪魔しまーす……」


 どこか遠慮がちな声でユーリが言う。目の前にあるのは住宅街の一角の、周囲と全く同じように立てられた一軒の住居。その開かれたドア。左右を見渡して同じ家が並んでいるのを見ると、一括して建てられたのか。コピー&ペーストの様に並ぶ一軒家の列を見ていると、どこか気分が悪くなるような感じがした。


「さ、入って入って」


 ドアの奥で咲江が言う。彼女の服装はゆったりとした白いブラウスにベージュのロングスカートと、落ち着いた雰囲気の恰好だった。対するユーリは、青いポロシャツに灰色のスラックス。今日は日差しがよく出て、暖かった。

 咲江に言われるがまま玄関を通り、彼女の後を追って二階に上がる。綺麗なままの木の階段は、手入れされているというより、あまり通っていないような、そんな印象を与えてくる。生活はしているものの、根を張ってはいない。そんな印象を受けた。


「さ、そこに座って。今お茶とお菓子を出すから」


 そう言って促されるまま二階のリビングにて、テーブルに並べられた椅子の一つを引いて、座る。咲江は台所に入っていった。台所から、戸棚から何か出す音や電気ケトルのスイッチを入れる音が響いた。

 今日こうして咲江の家にユーリが来たのは、昨日咲江と言った飛行の練習の件についてだった。次の日に学校で待ち合わせと言うことで、翌日学校で待って居たユーリに咲江が車で迎えに来て、こうして彼女の家に来たわけだ。

 てっきりすぐに夢での飛行訓練を開始するものとばかり思っていたが、どうもそうではないらしい。急く気持ちもないではなかったが、たまにはこういうのもいいか、と思う自分もいる。それともどんな形であれ来客を呼ぶうえでのマナーと言うやつなのだろうか。ユーリは咲江に関してそれはないだろうな、と言う謎の確信を得つつも、そう言う概念に対して若干のげんなりとした感情を向ける。

 台所で咲江が何かしている間にユーリはリビングの周囲を見渡す。ガラスの棚に並んでいるのは勲章の数々に、おそらく戦友か、部隊員と思われる人と一緒に映った写真。後ろに映っているのは、これはC―5ギャラクシー輸送機だな、これはブラックオウルだな、なんてぼんやりと思っていると、ユーリはその中に映っているピンク色に目が留まる。

 なんてことはない、パイロットスーツを着た咲江がそこには映っていた。


「お待たせ――あら?」


 咲江がトレーに紅茶とケーキを載せてユーリの所まで歩いてくると、ガラス棚をじっと見つめているユーリに気付く。彼女が彼に声をかけると、ゆっくりとユーリは咲江の方を向いた。


「珍しかった?」


 咲江がケーキと紅茶をテーブルに並べながら言う。近所のパン屋で売っていた、モンブランのタルト。まさか自分があそこで総菜パン以外を買う機会があるとは思わなかったが、こうして茶菓子をどうしようという問題に対して的確に解を出せたのは都合がよかった。今度また買いに行こう、と咲江は心の隅で思った。


「いえ。珍しいというか」ユーリは出された紅茶のカップを手に取って言う。「やっぱり、ファイターパイロットだったんだなって」

「あらやだ? 今更?」

「今更、ですね。確かに」


 ユーリは紅茶を啜る。熱湯ではあるが、適切な温度で淹れられ、少し蒸らしてから出された紅茶。よく香りが立っていて、美味しかった。


「先生は今は完全に退役されているんですか?」

「いいえ、あくまで予備役、って形よ。有事の際は呼び戻されるだろうけど」咲江も同じように紅茶を啜りながら言う。「まぁ、もう『有事』なんて、よっぽどのことがないだろうから、実質退役みたいなものよ。副業だって認められてるし」


 そう言う彼女の眼は、どこか遠い所を見つめていた。懐かしんでいるような、安堵したような、どこか複雑な表情を浮かべる咲江に、ユーリは思わず目が行く。


「不躾かもしれませんけど、写真はいつの時ので?」


 すると、小さく微笑んで咲江が言った。どこか遠い表情を浮かべたままだ。


「大きな作戦だったわ。三〇年前の戦争のときに、最後に大きな作戦があるから、って。全員で部隊のメンバーと写真を撮ったの」


 ユーリが黙っている中、咲江は淡々と続ける。


「世界の命運を決する作戦だー、って言われて。でも生きて帰れるかなんて保証できない作戦。しかも別に作戦の中心にいたわけでもなく、末端も末端だったけれど、みんなで生きて帰って、この世界を護るんだ、って……結局、半分くらいはこれが遺影になっちゃったけど」


 そう言う彼女の表情は、あふれ出る感情を抑えているようにも見える。

 だが、そう言う彼女の表情を見て、ユーリは思わず口から単語をこぼした。


「オペレーション・クリティクフィア……」


 ハッとした表情で咲江がユーリの方を見る。ユーリは思わずビクリと肩を震わせた。


「どこでそれを聞いたの?」


 どこか急かすように咲江が訪ねてくるのに対し、ユーリは彼女を見据えながらしっかりと言葉を紡ぐ。


「両親が、ユニオンの軍人なんです」ユーリはそこで、自分の手に書いた汗を意識した。「今でも、現役の」

「……そう」


 ほっとしたような表情で咲江が呟く。そこでユーリは気づいたのが、彼女が少しユーリの方に身を乗り出していたことだった。いつのまに。彼女はゆっくりと再び椅子の背もたれに体重を預けた。


「お互い、妙な縁があった。そう言うことなのかしら」

「……かもしれません」


 ゆっくりと紅茶を啜る。香ばしい匂いが鼻を吹き抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ