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青春と幻想のストラトポーズ  作者: 失木 各人
02/Chapter:"母性の人"
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19/Sub:"サニーサイドアップ"

 轟音が大地を叩く様子を眺めていると、ふとユーリの機動が変わる。くん、とバンク角を深くとり、高G旋回をして速度を殺しながら、高度を落としてくる。見る見るうちに手の届きそうな高さにまで降りてきたところで、旋回を終えて一旦遠ざかるように飛び去った後、一八〇度旋回して高度を下げてくる。滑らかに旋回しながら翼端から白い飛行機雲をなびかせ、翼が減圧雲の白煙を纏う。こちらに正対し、翼を大きく横に広げながら翼の迎え角をじわじわと増やして、揚力と抵抗を同時に増加させながら着陸地点にアプローチ。着地寸前で迎角を一気に増して失速。地面から数十センチの所でふわりと空中に静止し、その後重力に引かれて幻の地面に降り立った。


「アンジーに、ふたりとも。いつのまに来てたの?」

「だいぶ前から入ってたわよ。なに? 通知切ってるの?」

「いや、ごめん、気づかなかった」


 ユーリはウィンドウを展開すると、通知を開く。するとそこには確かにアンジェリカ達がログインしたことを知らせる通知が並んでいた。飛ぶのに集中しすぎていて見落としたらしい。

 その様子を見ていたアリアンナが、彼にしなだれかかりながら言う。


「ユーリにぃ、最近随分空に『お熱』じゃん? 何か楽しいことでもあったの?」


 すると、ユーリは、いや、と息を吸った後空を見上げて、言った。


「ちょっと、思うところがあった、それだけだよ」


 そんな彼を、アンジェリカは静かに見つめていた。


「にしても、あんだけいろいろ文句言ってたユーリが、自分からこのゲームやるとはねぇ」


 アリシアがからかう様に言うと、彼は肩をすくめて言う。


「結局のところ、超音速下での空戦機動なんて、現実じゃ練習できる空域ないからね」

「で、このVRゲームって訳ね。確かにゲーム内で超音速出しても怒られないわね」

「いや、一回怒られたよ。高度限界と、速度限界」


 ユーリが苦笑いして言うと、つられてアリシアも苦笑いを浮かべた。その様子に小さくため息をついた後、どこか嬉しそうな、それでいてそれ以外の様々な感情がごったになったような笑みを浮かべてアンジェリカが言う。


「あきれた。一体どれだけ飛ばせば、そんなお叱りを食らいますの?」

「高度は50,000フィート、速度は3,000ノットだから……大体マッハ5くらいかな」

「そりゃそうなるわけですわ」


 アリシアは相変わらずの自分の義弟のスペックに苦笑いを深くしながら考える。一応現在はこのゲームは現実通りの動きができる、いわばある種の『メタバース』に近い物として作られているが、これが実際に『ゲーム』としてリリースされるならそれは売り物にならない。きっと装備品か魔法かで空を飛ぶことになるだろう。

 ユーリはそれに果たして興味を示すのだろうか? 『一緒に遊びたい』という理由でこのゲームを勧めた身としては、少し不安を覚えるような遊び方をユーリはしているが、まあ楽しんでいるなら大丈夫だろう、とアリシアは無理矢理納得することにした。『その時はその時』だ。

 あっ、とアリアンナが言う。彼女は目の前にウィンドウを展開して操作していた。全員の視線が彼女に向くと、彼女はウィンドウの端をつまんでこちらに見せてきた。


「もうこんな時間になっちゃった。朝ごはん、ボクの担当だった」


 時刻を見ると、朝にしてはやや遅い時間帯。どうやら全員で、VRで遊んでいるうちにあっという間に時間が過ぎていたらしい。今からとなると簡単なものしかできないだろう。


「しっかりしてくださいまし、アリアンナ。みんなで決めた当番ですのよ?」

「ごめんごめん。ベーコンエッグでいい?」


 アリアンナがログアウトの操作をしながら皆に問う。その質問に対し、全員頷いて返答した。ユーリがあ、と声をあげる。


「アンナ、僕はベーコン厚め、卵二つでお願い。片面焼き(サニーサイドアップ)で」

「うぃるこ。姉さんたちは?」

「わたくしは普通の厚さ、卵は二つでお願いしますわ。サニーサイドアップ」

「私も普通の厚さ、卵は……一個で。両面焼き(ターンオーバー)でお願い」


 アンジェリカとアリシアが言うと、アリアンナは『いつものね、オッケー』と片手をひらひらと振ってログアウトする。そんな彼女の好みは薄めのベーコン、黄身が半熟(オーバーイージー)のターンオーバーだ。


「わたくしたちも出ますわよ、ほら、ユーリ」


 そう言ってユーリを促すアンジェリカ。彼の表情はまだ飛びた気であったが、アンジェリカの顔を見て、大人しくウィンドウを開いてログアウトのボタンを押す。

 視界に映っていた景色の質感が一気になくなっていく。色合いが失せ、真っ白なロビー空間に戻ってきて、それから、目の前に浮かんだウィンドウに『電源を切りますか?』の表示。ユーリは『はい』を選択した。

 すう、と視界が暗くなった。身体の感覚が一気に戻ってくる。朧げな、夢の中のようだった感覚が戻ってきて、だんだんと背中に柔らかいベッドの感触が戻ってきた。真っ白から真っ暗になった視界の真ん中に、VR機器のホーム画面がデジタル表示されている。しかし、そこで両脇に何やら温かいものがあるのに気づく。おまけに体勢も変だ。両腕が重くて、なおかつ温かい。何とか腕を動かそうとして、片腕の方が若干軽いことに気付く。そちらをなんとかして引き抜くと、自分のVRゴーグルを外す。


「……おっと」

「ようやく起きましたのね」


 動かなかった方の腕。そちらを見ると、ユーリの腕を腕枕にしてこちらを見ているアンジェリカの姿。こちらのことをじっとりとした目で見ていて、なんだか居心地が悪かった。


「おはよう」

「おはようございますわ」


 ユーリが無言の圧力に負けて言うと、表情を一切変えずに返してくるアンジェリカ。どうやら機嫌がいいわけではないらしい。ユーリが困った表情を浮かべてアンジェリカの方を向いていると、後ろからにゅっと手が伸びてきて彼の目元を覆う。彼の視界は真っ暗になった。


「おはよ、寝坊助さん」

「あ、おはようアリシア姉さん」


 体温が高めのアリシアの掌。目元を覆っていると、じんわりと温かく、時折彼女の匂いが漂ってきて鼻腔をくすぐる。アンジェリカの様な高貴な薔薇の香りではなく、どこか安心する匂い。例えるような使い慣れた枕の様な、そんな匂い。

 そっと手をどけて上を向くと、アリシアがユーリの上に四つん這いになって見下ろしていた。いつものツインテールから解かれた髪の毛が彼の顔に時折触れ、くすぐったかった。

 にしし、と少し悪戯が成功した子供の様な、そんな表情を浮かべたアリシアはそのままユーリの額に口づけをすると、ベッドから降りた。


「ほら、朝ごはん目玉焼きだからすぐ出来ちゃうわよ。早く行きましょ?」


 そう言って部屋から出ていくアリシア。その背をユーリは見つめる。


「アンジー。僕らも行こう」

「……そうですわね、でも」


 でも? その言葉にユーリが振り向いた瞬間、彼女の手がするりと彼の後頭部に回り、視界がアンジェリカの顔でいっぱいになる。鼻腔に流れ込んでくる、薔薇の、アンジェリカの香り。唇に触れる、熱く、柔らかい感触。押し付ける様にしてされたキスは、アンジェリカがまるで枕に顔を押し付ける様にして、ぐにゅぐにゅと唇の感触を押し付ける。

 ユーリが目を白黒させていると、アンジェリカがそっと唇を放す。彼の上唇を、どこか名残惜しそうに小さく吸って、離れた。


「ユーリ、行きますわよ」


 そう言って彼女はベッドから軽やかに降りると、紅いガウンを羽織ってテーブルの上の端末を取り、そのまま部屋を出ていった。彼はベッドの上に一人取り残される。自分の唇に触れると、わずかに湿っている。

 小さく首をかしげて、ユーリはベッドから降りた。部屋の出口に向かって廊下に出ると、一階の食堂へ向けて歩き出した。廊下に出て鼻から息を吸うと、廊下の木の香りに混じって、焼けた香ばしいベーコンの香りが漂っている。空腹を刺激するその香りに、彼の身体は朝のフライト後のVR練習を経て、即座に空腹を訴え始めた。小さく苦笑いを浮かべながら、ユーリは階段を下る。

 食堂の扉を開けると、座席に座ったアンジェリカは端末をテーブルの上に置いてニュースを眺めていた。向かいにはアリシアが座って、テーブルに肘をつき、頬に手をついてアンジェリカの方をぼう、と見つめている。ユーリはそれを一瞥すると、台所へ向かった。

 台所ではアリアンナが目玉焼きを焼いていた。彼女は寝間着にしている白いワイシャツの袖をまくり、ジーンズを履いてその上に深紅のエプロンを付けていた。台所のテーブルの上に置かれている二枚の皿を見ると、今焼いているのがアンジェリカとユーリの分らしい。台所に入ってきたユーリを見ると、アリアンナは彼に声をかける。


「あ、ユーリにぃ、ご飯よそって」

「わかった」


 そう言ってユーリは炊飯器の前に歩いていくと、蓋を開ける。白銀に輝く炊き立ての米が、まるで雪原の様に広がっていた。ユーリはそれを取り出した茶碗によそっていく。四人分をよそったところで、アリアンナの背中に声をかける。


「先に持ってくよ?」

「うん、お願い」


 盆に乗せて全員分の米と箸を運んでいく。食堂のテーブルに並べていると、アリアンナが目玉焼きの乗った皿を器用に四つ、腕と手に持ちながら台所から現れた。彼女はユーリが並べた食器の間にそれを並べていく。並べ終わった後で、彼女が残りの全員に尋ねる。


「目玉焼き醤油がいい人ー」

「僕も」

「私も」

「わたくしも」

「おっけ。全員醤油ね」


 そう言って台所に消えていくアリアンナ。ユーリも盆を持って後に続くと、彼女が冷蔵庫から醤油を取り出していたところだった。彼女は後に入ってきたユーリに言う。


「ユーリにぃ、味噌汁はインスタントだから、味噌汁茶碗お願い」

「わかった」


 ユーリが味噌汁茶碗を戸棚から出している傍ら、アリアンナはインスタント味噌汁のパックを四つ、取り出していた。ユーリが並べた味噌汁茶碗に中身をひねり出し、湯を沸かしていた電気ケトルからきっちり同じ量を注いでいく。香ばしい味噌の香りが立ち上る。彼女はユーリから盆を受け取ると、上に味噌汁茶碗を並べて食堂へ向かった。食堂ではアンジェリカとアリシアが待ちかねた、と言った様子でアリアンナとユーリの方を見てくる。手早く味噌汁を並べると、二人も席に着く。ユーリがアンジェリカの隣、アリアンナはその向かいだ。


「おまたせ、じゃあ」


 いただきます。

 四人の声が重なった。


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